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彼女の動機 彼の事情 作者:isaku

第6回   彼女の説得
「ちとせ、ほら帰るんだ。」

「私はシザクを待っているの、帰りたかったらおにー様達だけで帰って。」

自分の父と想い人が入っていった扉の横に、ちとせは膝を抱えていた。
自分の兄とは目も合わさず、想い人達の話し声でも聞けないものかと考えたが
ここは、防音されていた事を思い出した。

「こういう時に防音室って、イヤ。」

無意識のうちに悪態をつく。
心配で仕様が無いのだ。
初めて自分を一個人として扱ってくれて人。
超一流と言われる企業の最高責任者の娘としてではなく
榊崎ちとせ、として扱ってくれた人にいつ頃からか、惹かれていった。
でも、それは自分のことを何も知らない人だったから。

「ちとせ!父さんがアイツを引き付けている内に帰るんだ!!」

「私はシザクと帰るの!シザクを悪者みたいに言わないでよ!
 おにー様の方こそさっさと、あの性悪女のところに帰ればいいでしょ!!」

自分のことを知って欲しい反面、知られてしまえば態度が変ってしまう事に恐れを抱いた。
何も聞いてこない彼を利用していた自分に腹を立てる反面
このままの時が続けばいいと切実に願った。
甘えた自分がそこにいた。
恐れるばかりで、肝心の一歩を踏み出そうとしなかった。

「おまえ・・・お前の姉になる人に対して、その言い方はないだろう!」

「姉!?ええ、そうね。紙の上ででしょう!
 私はあの女が嫌い!シザクを悪く言うおにー様なんて大嫌い!!」

ちとせは、「もう話し合わない」と俯く態度で示した。
兄の頌護は、嫌いと言われやはりショックを隠し切れない。
二人兄妹で育ったが故に、これでもかと言うくらいの愛情を妹に捧げていた男だ
世間的にはシスターコンプレクス言う種類の人間に当てはまるだろう。
そんな兄が最愛の妹に『大嫌い』を二回も言われれば、へこむ。

「ちとせ、家に帰る気は無いのね?」

今まで黙っていた、母のばらが聞いてくる。
のろのろと顔を上げ、母を見つめるちとせ。
母の問いかけにこくりと頷く。
頌護は更にショックを受け、今は見えぬ敵(獅朔)に殺意を放っていた。

「ここで一緒に帰らなければ、二度と榊崎家の敷居は跨がせませんよ。」

「え!?そんなのは、酷いです!!」

「酷い?コレくらいの事を言っておかねば示しがつきません。
 ちとせはこの榊崎の娘である事をもっと自覚して貰わねば困ります。
 いいですか、金輪際早乙女さんと会うことは許しません。このことを破れば、親子の縁を切ります。」

母の言葉に驚いたのは、ちとせの方ではなく頌護だった。
淀みなく言い放つ様は氷のように冷たい雰囲気を放ち、ちとせをまっすぐに見つめていた。


「いいです、別に。ココで親子の縁とかも切ってくれていいです。」


「「え?」」

母を一点の迷いも無く見つめ返し、自分から「今後、関るな。」と切り返した。
そんな反応を返されるとは微塵も思っていなかった母親は、間の抜けた声を出す。
加えて重なったのは、頌護の声だった。まだ呆然とする母に代わり頌護が慌ててちとせを呼ぶ。

「ち、ちとせ??」

「お金目当ての、私を私と見てくれない人達と結婚させられるくらいなら、勘当された方がまし。

 シザクは、私を一人の人間として見ていてくれるの。

 何の見返りも期待せず、傍にいてもいいと、傍にいてくれると言ったの。

 シザクの事をまだよくは知らないけれど、おにー様達よりはどういう人かを知っている

 勝手にシザクを悪い人みたいに言わないで!
 
 シザクと会うのに、おかー様達の許可なんていりません!!!」


きっぱりと言い切るちとせに、今度こそ本当に、母親も兄である頌護も言葉を失った。


「これはまた・・・・・愛されているね、早乙女君。」

「あはははははははは・・・・・・」

感心した声と、乾いた笑い声が響いた。

「笑って誤魔化すのは関心せんな。」

「他に出てくる言葉がなかったので・・・・・」

「シザク!」

「うおっ?」

ちとせ父と話していた獅朔にちとせが飛びついた。
獅朔達は、三人が言い合っている時にそっと、此方の部屋に戻ってきたらしい。

「・・・・・お腹すいたから、帰ろう・・・。」

獅朔の胸に顔をうめてポツリと、ちとせが言った。

「・・・・・いいのか?」

「いいもん。親子の縁切ったから。」

言った後、またしても顔を強くこすりつけてくる。
ちとせの外見を一言で済ませるなら幼いだ。
ちとせの取る行動が、尚の事幼く見せる。
どうしたものかと困り果てていたが、一応人として挨拶くらいはすべきと獅朔は判断した。

「・・・・それでも、挨拶ってのはしていくものだろう?ほら。」



「・・・・というか、私はちとせと親子の縁を切った覚えがないのだがね?」



「「え?」」

渋っていたちとせに、思いがけずちとせ父が言って来た。
驚いたのは頌護も同じだった。

「と、父さん。じゃぁ、ちとせは家に連れて帰っても!?」

いったいいつ頃から居たのか気付かなかったが
父の許しが出れば、ちとせを連れて帰れると本気で喜んだ頌護に
父親は止めを刺した。

「それは、ちとせの意志が関ってくるだろう?」

我が息子ながら情けない、と溜め息をつきだす父親に
頌護は食って掛かろうとしたが、父親は、敵(獅朔)に向かって微笑み



「ところで早乙女君、私は娘に似た孫が欲しいのだ。」


爆弾を投下した。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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