ぐいぐい俺の腕を引っ張っていく、ちとせ。 俺も強いて抵抗などはしていないが、何と言うか・・・・・怒っている気がする・・・。
「ちとせ!待て、まだ話が---「うるさい!!おにー様なんて大っっっ嫌い!!!」
「ちとせ、落ち着きなさい。ほら、まだお父様も見えていないのだし・・・・」
妹に平手打ちされたショックで、反応が鈍ったちとせ兄が手を伸ばすが ぺし!と振り払われる。 ・・・・・ガキか・・・・イヤ、コイツはガキだ。 確か自分で十代後半だと言っていた気がする。十代後半はまだガキと言える。 やべぇ、完璧に俺は未成年と同居していたのか・・・・。 母親がかろうじて諌めようとしているが、コイツは聞かないだろうな。
「おとー様には会わない!おにー様がこんなのじゃ、おとー様だって対して変らないじゃない!!」
自分の身内を、これでもかと言うほどの感情を込めて怒鳴りつけた後 俺の腕に強くしがみついてきた。
「・・・・・・・・・帰るか。」
泣いているか顔を見ていないから判らない、けれど落ち込んでいるのは判る。 何となく慰めより、俺は自分の意見を押し通す事の方が、今はいい気がしたのでポツリと呟いてみた。 コイツはこくりと頷いて、俺の背をぐいぐい押した。 けれど、俺は進む事ができなかった。
「まだ帰ってもらっては困るのだが。」
「おとー様」 「父さん」 「貴方」 「げ・・」
四人声が重なる。 扉を開けて立っていたのは、ちとせと性悪男(ちとせ兄)の父親であり 榊崎の最高責任者 榊崎 彰光 ----とガードマンであろう、黒服の男たち数名。
「君が、・・・・・」
「初めまして。早乙女獅朔です。」
相手が何か言う前に、さっさと自己紹介をしておいた。 一応は、初めてなのだし。 俺は、しがみつくちとせを自分の背に庇いながら、ちとせ父--榊崎彰光と向かい合った。
「初めまして・・・・・と、いえるのかな?」
「お会いするのは初めてかと記憶していますが?」
一言で言い切る俺。 相手は、食えない笑みを口元に刻んでいる。 俺の苦手な人種だ。
「娘が世話になったそうですね。」
「世話と言う程の事ではありません。」
やばいな。 自分の声が、どんどん抑揚を欠いていくのが判る。 昔に戻りつつある。
「今、二人きりでお話をしませんか。そんなに長くはないので。」
榊崎彰光の一言で、室内がざわめく。 もっぱら、騒いでいるのはちとせ兄なのだが、皆控えめに批難している。 ガードマンの中に秘書が居るのか、そいつが「時間などありません」といっているのが聞こえる。 ただの一般人に榊崎最高責任者が時間を割くものか----と。
「客人の前でそう喚くな頌護、見苦しい。 早乙女君、平気ですかな。」
コレは問いかけで聞いているのではないな。 俺に否定権はないんだろう。 答える代わりに、ちとせの頭を軽く撫でた。
「しざくぅ?」
不安そうに俺を見上げてくる。 一応、心配ないと言っておくべきか・・・・
「すぐ、終わる。向こうがそう言っているんだ、心配するな。」
「此方の部屋で話しましょう。」
そう言って、反対の扉に俺を促す。 ガードマン達も付いて行こうとするが、榊崎彰光に制止される。 雇い主の命令に逆らえるほど強い立場のヤツはいないらしい。
「シザク・・・・・待ってるからね。」
ちとせがポツリと呟いた。 俺は、肩をすくめて判ったと合図する。 それから、扉をくぐってもう一つの部屋に入った。
「さて・・・・何から話そうか、早乙女君、いや、S と言った方がいいかな。」
高価なソファーに座り、何を話されるのかと思えば 第一声がそれかよ。
「なに・・・「調べはついている。自分の娘の身を案じない父親がいると思うかね?」
俺の言葉を遮りながら、相手は自分の胸元から鈍い光沢のあるエモノを取り出した。 小型のそれでも人一人ぐらいちゃんと当てれば殺せるソレ。 日本ではお目にかかることはないだろう、銃刀法違反で捕まる。 ソレを俺に向けながら、更に話しつづける。
「本当ならば、お前のような者に娘を近付かせることは無いと思っていたが・・・ よりにもよって、 殺し屋 の傍で生活をしているとはな。何度連れ戻そうとした事か。」
汚いモノを吐き捨てるように言い切った。
「しかも、以前私を殺そうとした者の傍に・・・・・。」
カチャリとセーフティーを解除した音が響く。 ゆっくりと銃口を俺に向けてきた。 これはいわゆる、『正直にはかないと痛い目に合うぞ』という脅しだ。
「目的は何だね?」
「平穏な生活、安穏な老後。」
暫らくの沈黙。 あーあー。 だから言いたくなかったんだよなぁ。 でも言わないと、撃たれそうだし・・・。
「ふざけているのか」
「正直に答えただけだ。」
銃を握る手に力が入っていくのが判る。 コイツ・・・・裏では汚い事をやっているくせに、人を殺した事は無いな。 ココで一つ、脅しでも掛けておくか・・・・保険のために。
「アンタは、俺が丸腰でココに居ると思っているのか?それとも ココの部屋には監視カメラがあり、すぐに駆けつけてくれるガードマンが居るから平気だ 自分には武器があるこの距離なら外さない、例え『元』殺し屋でも少なからず怯む筈だ。」
密かに肩が揺れる・・・・・ おい・・・・マジでそんな事思ってたのか、このヤロー。
「その浅はかな考えは自分の身を滅ぼすだけだ。
武器があろうと、使えなければ意味が無い。
実戦も踏まえず、経験を補えるものなど無い。
有利であろうと、判断を誤れば自滅を招く。
怪我をする前にやめる事だ。特に、アンタみたいなのが一番ボロいんだぜ。」
抑揚を欠く声で淡々と述べてやる。 最後に、皮肉った笑みを添えれば、相手は萎縮した。 その隙を狙って、銃を蹴り落とす。その拍子にソファーから相手がずり落ちた。 これまた保険のため、落ちた銃を拾い上げ、セーフティーをする。
「私を・・・今度こそ殺すか・・・・・。」
「・・・・・・・はぁ?」
諦めきったような声で、何をほざいている?
「殺し損ねたのだ、屈辱だろう。今度こそころ」
「待て待て待て待て、ちょっと待て!!」
俺は大声で相手の声を制止する。 相手の言い分なんてきかん。不愉快だ!!
「俺はもう一般人なんだぞ!!?殺し屋家業はもう辞めたんだ!! 屈辱?殺しにプライドなんてかけてねーよ!!金を手っ取り早く稼ぐためにした事だ!!」
「しかし、私は他の者を雇ってお前の邪魔をし、依頼主を・・・だから、報復のために娘を傷物に・・」
「待て!本気で待て!!落ち着け!!」
いや、まず自分を落ち着かせよう、うん。そうしないと始まらん気がする。 一先ず俺は、ちとせ父にソファーへ座り直すように勧めた。 そして、色々な誤解を解くことを決心した。
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