おかしい・・・・・・何がおかしいって
寒いんだよ!
ココは日本の都会で、超高層ビルのとあるフロアーの一室のはず。 冷房のつけすぎか?なんて生易しいもんじゃない。 極寒の地に居るような氷点下幾つだよってツッコミができるコノ部屋は・・・
コノ部屋には、俺を含め七人の人間が居る。
一人はコイツ、榊崎のご令嬢こと俺の彼女。 俺の隣に陣取り、向のソファーに座る母親と兄に、にこやかに微笑んでいる。 淡い紫色の生地に金糸の刺繍が施されている着物を着て、口元に柔らかな笑い皺を刻む壮年の女性 コイツの母親だろう、多分。がしかし、口元とは反対に目が笑っていない。 そして母親と思しき女性の隣に静かに座っている、ダークグレイで良質のスーツを完璧に着こなす男は まず間違いなく、コイツの兄貴であろう。 ヤツが醸し出す殺気は生半可なものじゃない。 その証拠に、残りの三人の黒服の男たち---これも間違いなくボディーガードの連中だろう--は 怯えたように口元が引きつり、微動だにしない、できない。
「ちとせ、そちらの方とは、いったいどういう関係なんだ?」
そして、この極寒の気温を作り出している張本人が、切り出してきた。 ゆっくりと吐き捨てるように、低い、とても低い声でだ。
・・・にしても・・・・・。 榊崎ちとせ・・・か、初めて知った。案外普通の名前だな。 感心している俺を余所に、二人の話し合いともつかない言い合いが始まる。
「おにー様に答える義務があるのかしら?」
「兄として、お前の身を案じているから聞いているんだ。」
にこやかに答えるコイツとは裏腹に、憮然としてコイツの兄貴が答える。 嫌なやり取りだ。 兄妹の仲が悪いのか?
「おにー様に案じられるほど、私は落ちぶれていないわ。」
貶してんなー。そんなに不甲斐無い兄貴なのか? 何気なくそちらに視線を向ければ「うわぁ」と言いたくなる程 額に青筋の浮かんだ怒り顔を拝見できました。 そーとー頭にきてんな。
「何処の馬の骨ともわからん、金目当ての愚図以下の存在に、お前の隣は似合わない。」
言ってくれるじゃねーかこの世間知らずのお坊ちゃまが。 自分の頬が引くついているのが判る、怒りの矛先は俺かよ。 以前の俺なら、まず間違いなく相手の顎を砕いていたかもしれないが、ココはまだ耐えておこう。 相手は自分よりも年下だ、ガキを相手にするなんて大人気ないと、自分に言い聞かせていた。 自分の短気さが、こういう時嫌になるぜ。
「少なくともおにー様の連れてきた女なんかより、知性があって立派な人よ。」
変らず微笑んでいるが、言っている事は失礼千万。 コイツの兄貴の女は俺よりも劣るのか・・・・想像つかねーな・・・・。 いや、待て待て。その口ぶりからすると、知り合いなのか?
「今は、俺の女の事はどうでもいい。」
「私の男だって、今回は関係ないはずでえしょ。」
ああ言えばこう言う。 不毛な遣り取りだと見て取れるのは、俺だけではないと信じたい。 いつ頃に口をはさもうかと試行錯誤していたら、同じ考えを持ていた人が居たようだ。
「おやめなさい。見苦しい、場所をわきまえなさい。」
鶴の一声よろしく、母親の一言で二人の口論、と言えば聞こえはイイが たんなる兄妹喧嘩がぴたりと止まった。
「すみません。礼儀を知らない子達で・・・。 初めまして。ちとせの母の、榊崎のばらと申します。お名前を伺ってもよろしいですか?」
ここで名乗らないやつは、はっきりいって無礼者だろう。 一般常識に欠ける以前の問題だ。
「初めまして、早乙女獅朔といいます。」
名乗ると共に軽く頭を下げてみた。 いや、なんか他にする事が思いつかなかっただけなんだけど・・・ いつものヤツなら、『獅朔』って変な名前だよなって笑いながら言われるが、今回は違った。
「早乙女・・・・・・・聞いた事がありませんね。」
早乙女・・・苗字の方に気を取られたのか、イヤ、うん。深く考える必要はないと思うが・・・
「事業とかを営んではいませんから、知らなくて当然かと思います。」
訝しがんでくれるな・・・・俺は本当につい最近、堅気になって気ままな暮らしをしていたんだから。 チョー金持ちのお嬢様と付き合っているからといって 相手も金持ちとは限らないだろ。いや、この言い方は語弊があるな。 金はある。昔に稼いだヤツが、けれど真っ当な稼ぎ方じゃなかったし・・・今は手を付けていないし。
「職業は何をしていらっしゃるんですか?」
質問攻めかヨ。 やはり娘が連れてきたから、気になるのか? 確かに、『私の男』発言は俺もちょっと驚いたけどさ、別に嫌な気はしないし・・・・
「とある小説出版会社の編集部に勤めています。」
「ふん。問題外だな。」
横から茶々いれるなよ。性悪男め。 ちらりと、鼻先で笑ってきた男を見やるが、ガキの戯言と軽く受け流そう。 一々反応するのは面倒だ。 もう一度、正面に座っている、ちとせ母に視線を戻した。
「娘とは何処でお知り会いになられたんですか?」
俺って、嫌われてる・・・・・。 母親の方も、俺のことを敵視している節があるな。 まず第一に、眼が笑っていない。第二に、お客様と呼んでいるくせにお茶が出ていない。 第三に、俺を指す言葉を省略している。・・・・そんなに嫌いか・・・。
「それは・・「シザクが私を助けてくれたのよ。」
俺の言葉を遮って、コイツ--ちとせがこともなげに言った。 最初っから名前を呼び捨てかよ・・・ うん、別にいいけどさ・・・・俺は年上なんだよな?って聞いてみたくなるぜ。 ちとせの言葉に、ちとせ母と性悪男(ちとせ兄)が眼に見て取れるほど反応した。
「どう言う事だ?」
「そのままのとおり。シザクが偶然通りかかって、助けてくれたのよ何の見返りも期待せずにね。」
勝ち誇った顔で、ちとせは自分の家族に笑いかけた。 そして俺の腕をとり、腕を絡めてきた。
「だから!?助けられる前、お前は何をされていた!!?」
ちとせ兄が怒鳴る。見もしない相手に向かって殺意を向けているのが判る。 それに加えて、俺への殺気も倍増する。 ・・・・妹とくっつかれるのがそんなにイヤか、シスコンめ。 この場合は、俺からくっついた訳じゃないから、そっちの逆切れってやつだぞ。 ちとせ母も気になっているのか、息子を叱る気配がない。
「さぁ?何かをされる前に助けて貰ったから。ね、シザク。」
甘えた声で擦り寄ってくる。猫みたいだ、俺は猫好きだからイイけど。 ・・・・ここが俺の家とかなら別に気にしないんだが・・・・ 目の前にはコイツの母親と、殺気満々の兄貴が居るんだ、勘弁して欲しい。
「あー・・・・・あれは成り行きだったと思うぞ・・・」
ちとせを見ながら困ったように笑うしかできない、事実困っているのだから。
「どう言う事か、説明してくださる?」
静かにけれど有無を言わさぬ物言いで、ちとせ母が俺に言ってきた。 自分の娘が真面目に話す気がないと判断したんだろう。 さすが母親。 よく判っている、こいつの性格を熟知しているんだなと感心していた。
「仕事に行く途中、柄の悪い人たちに追われていたお嬢さんを見つけたので・・・・。」
「声を掛けたのですか?」
正確に言えば、『声を掛けられた』だ。 電車に乗り遅れ焦ってる時、会社への近道を使おうと考えていた矢先 ちとせが『いかにも』な連中に追いかけられているのを発見してしまった。 素通りし様としたんだが、ちとせのヤツがいきなり抱きついてきたから、それが叶わず。
「ええ・・・・まぁ・・・そんな感じです。」
引っぺがして、俺は関係ないと主張したんだが、相手は聞き入れてくれず 俺にボコられましたとさ・・・・・なんて言えねぇ・・・・。 しかも、なし崩しにちとせが『家になんて帰りたくない』とか言うものだから 俺の家に居候中だし・・・・・・ 未成年誘拐犯になりかねない行動をあの時はとったんだよな・・・・会社は遅刻したし・・・・ ああ・・・。気分がめいる
「お前が襲わせたんじゃないか。」
は? この性悪男は今なんと言ったんだ? 非常に聞き捨てならない言葉を吐かれたような・・・・・
「お前が、ちとせを榊崎の娘と知って、襲わせたんじゃないか!!?」
もし俺が以前のままの俺だったなら、まず間違いなく、目の前のこいつの頭に俺愛用の銃を突きつけ そして厭味の一つでも添えてぶっ放すんだろうなぁ。
「何とか言ったらどうだ!?やはり、お前がちとせに近付くために一芝居したんじゃないのか!!?」
ばちん!
「シザク、帰ろう」
唖然とする俺。そしてちとせ母。 左頬に赤い紅葉型を頬に残すのはちとせ兄。
「もう帰ります。 それではおかー様。ああ、ご結婚オメデトウゴザイマスおにー様。」
まだ、思考が現実についていけない俺の腕を取り、俺たちは部屋の出口へむかった。
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