■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

Aspiration 作者:isaku

最終回   Destin
わたしの主人は人間だ。
急性悪性の病に冒され余命一年も満たない人間の少女だ。
歳はまだ14、5才だったと思う。
少女は子供だと思う。喜怒哀楽が激しいとわたしは感じるが
何故断定的に言わないか、それはわたしが生まれて間もないからだ。

我々は世間一般には存在を知られていない。
否。人間達は我々のことを架空の生き物として捉えているからだ。
我々はグリム。
死を運ぶ犬、死神の使いである。
死期が近い人間の元で産まれ、やがてその人間が死ぬ時に成長しきるのだ。
彼らの死を呼ぶ気配が我々の糧となる。

さて、話を戻そう。
彼女は病室から殆ど出る事が無い。窓から見える景色をただ眺めるだけだ。
僅かな時間しか残されていないにもかかわらず、彼女は何も行動を起こさない。

生きることに執着している訳ではない。
もしそうならば、わたしではなく死神自身が赴くだろう。
生きる事を諦めている訳でもない。
もしそうならば、わたしはとっくに彼女を飲み込んでいるはずだ。

では…何故?

夏が訪れ、夏が過ぎ。
秋が吹かれて遣って来る。
変った事はただ一つ、彼女の元へ誰もこなくなった。
最初こそ見舞い客が煩いぐらい押しかけてきたのに
彼女がたった一言「誰にも遺産は渡しません」と言ったら誰もこなくなった。
人間とはとても飽きっぽい生き物なのだろうか?
彼女を見ていれば飽きる事など無いのに・…

そして変らない事がある。
わたしが彼女の元へ死を運んでいないのだ。

秋が吹かれて過ぎていく。
冬が舞降り、町が灰色に染まってゆく。
彼女はわたしに気付かない。
当り前の事だが、しかし思わずにはいられない。
わたしは成長できていない。彼女から放たれる死の気配を喰らえないのだ。
まるで彼女が意図的にわたしへの拒絶を測っているようだった。

そんなある日のこと。

真夜中にもかかわらず、病室の扉を開ける気配がした。
さして成長していないわたしの体を、ベットの横へと移動させ様子を窺った。
医師が巡回する時間ではないのに、いったい誰が来たと言うのか。
入ってきたのは男だ。
真っ黒な服を上から下まですっぽりと着ている体躯のいい男だ。
病院には似つかわしくない、そんな男だ。
わたしは鼻を引くつかせ、顔を顰める。
血の匂いである。人間には理解でき無いであろう程の匂いが男から薫ってくる。
少し死の匂いに近いかもしれない。

男は懐からケースを取り出した。
暗い中で間違える事無くケースの中身を組み立てゆく。
アレは、注射と言う物ではなかったか?
彼女がよく採血される時に使われている道具だったはず
この男は、こんな時間にそんな事の為に果たして来たのだろうか。

わたしの本能が告げる。
それと同時に体が成長し出した。

彼女が死ぬ

わたしは目の前の光景を何故か苛立ちながら見ていた。
男は彼女の脈に注射器を当て、液体を彼女の体内へと流し込む。
音も無く流れ込む液体、それに反しわたしの喉からは搾り出したような唸り声が零れる。

判らない。何故苛立つのか…

男は事を終えた後、辺りの気配を探ってから病室を出て行った。
腹立たしい。いったい何をしたのか、否、何をしたのか理解できた。
男が立ち去る時に、その喉笛へと噛み付いてやろうとも思ったが
それはわたしの役目ではない。
あの男の足元に、小さいながらもわたしの同胞が生まれたいた。
男を殺すのは、死を与えるのは同胞であるグリムだ。
しかしわたしの怒りは収まらない。

彼女の元へ死を運ぶのはわたしの役目。
彼女の最期を看取るのがわたしの役目。
彼女の傍に、彼女の為にわたしが存在するのに…

暫くして、また別の気配が病室の前に現れる。
どこか死神にも似ている気配だ。
またしても彼女を穢すのか、わたしから彼女を奪うのか。

いつの間にか彼女よりも大きくなった体を扉の前で身構えていた。
彼女の呼吸が段々弱くなっていく。
彼女の表情が段々消えていく。
わたしの中にまた、怒りにも似た悲しみが産まれてくる。


「・…でかい犬だ」

扉を開け入ってきたのはまたも黒ずくめの男。
死神の気配にも似たけれど人間の男。
そしてわたしを見つめていったのだ。


わたしの姿が見えるのか?

「ああ、黒くて在り得ない位でかいな。しかも喋っている…?」

わたしの声が聞こえるのか。

「辺に反響したような声で聞こえる」

わたしが何であるか知っているのか?

「いや、知らない。お前はなんだ?」

我々はグリム。死を運ぶ犬、死神の使い。
お前こそ何なのだ?

「おれは人間だ。人間で殺し屋だ。」

彼女を殺すのか、わたしから彼女を奪うのか
わたしの役目を奪うのか

「お前は死を運ぶ犬なんだろう?その子供が死ぬきっかけが
偶然オレであっただけだろう。何を怒ってるんだ?」

わたしの役目を奪われるのが憎い。奪われたのが憎い。

「奪われた?もう死んでるのか…」

お前と同じように人間が来た。
彼女の体を穢して去っていった。

「ああ、先を越されたか。」

これ以上彼女を穢すことはわたしが許さない。

「死んだ者を嬲るほど、オレは変態じゃない。」


男はそのまま立っていた。何故この場に留まるのか
わたしは彼女に向き直り、彼女の頬に鼻を寄せた。
彼女はもう動いていない。
わたしは彼女へ死を運んでやれたのだろうか?

「お前、これからどうするんだ?」

・…判らない。
わたしは役目を果たしていない。
わたしはわたしの役目を終えるまで、この世界に留まらねばならない。

「その子は死んだのに?」

わたしは彼女の元に死を運んではいない。





「オレと一緒に来るか?」



この人間は異常ではなかろうか?
わたしの姿を見て、私が何であるかも知った上で
そんな事をいうなど、人間は何処か可笑しい。


わたしの方が可笑しいのだろうか…


彼女の死に対し、怒りを表すなど、悲しいと感じるなど
わたしの方が可笑しいのかもしれない。


「どうする?」


人間は、この殺し屋は可笑しい
いいだろう。
お前が言い出したことだ。


「付いて来るか・・・いや、憑いて来るか?」


ああ、共に行こう。
お前の為に死を運んでやろう。
彼女にできなかった事をお前にしてやろう。

「ああ、いいさ。知らない死神に殺されるよりも
知っているお前に殺された方が、至極簡単で気分がいい。」



わたしはグリム。
死を運ぶ犬、死神の使いである。
わたしの主人は人間だ。
年齢不詳の男であり、何処か死神に似た気配を持つ人間の殺し屋だ。
喜怒哀楽をめったに表さない、無愛想な殺し屋だ。
そして、わたしに存在する理由を与えた
彼女とは違う憧れを抱かせた、わたしの主人だ。

■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections