暖かな夜。 星達はどこまでも遠く高く、その眼下に広がる 暗い森の中の、一人の魔術師を見守っていた 彼は暗い森の中にそびえる古城を目指した
「凍えそう・・・」
暗く広く寒い室内は、小さな姫から温もりを奪っていく 頬を伝うのは哀しみの涙 故郷を思い家族を思い、己の未来を思い 涙は止め処無く溢れる
「わたしは、わたしは・・・」
嗚咽が漏れる 震えながら、それでもその場に蹲る事無く 冷たい壁に寄りかかりながら、声を殺し泣いていた
「今晩和」
「!!---だれ?」
驚きと恐怖と、そして自分以外の人間が この古城に居る事への小さな安堵が姫の心を掠めた 涙を拭う事もせず、ただじっと声の主を見つめた
「恐がらないで」
「・・・あなたは、だれ?」
小さな姫が、震える声で問う 声の主は暗がりで見えない けれど、微笑んだようにみえたきがした
「とても、温かい夜なのです。外に出てみませんか?」
声の主は姫の小さな手をとり 城外へと導いていく
「ダメ!・・・わたしは、ここを、出てはダメ・・・ダメなの・・・」
外へと続く暗い庭に、姫の高い声が響く それは泣いているようで、助けを求めるような声で
握っている手に少し、力を込めた
「何故?」
出て行きたいのだろう?だから、泣いていたのだろう? と優しい声で姫に問う 強制ではないのに、答えなくてはいけない衝動に駆られ そして姫の心の枷が外れていく
「わたしは、悪魔に見初められたの・・・この城の悪魔に」
「悪魔?」
「不思議な力で、それこそ魔術師が何人いても敵わない力で 国に不幸をもたらした悪魔が・・・わたしを花嫁にしたいと言ってきたの」
姫の国に突然現れた黒衣の悪魔 人間の形をし国王の前で姫を見初めたとのたまった 姫が己の手に委ねられねば、この国を滅ぼすと脅され 国王とその家族は悲しみ、国民からは感謝と同情を受けた
「次の新月に古城で一晩過さなければならない その次の夜に私を迎えに来る・・・悪魔が、そう言ってきた」
また、姫の頬を涙が伝う
「だから、わたしは・・・」
「国に帰りたいと、強く望みなさい」
「ダメ、ダメよ!そんなことはダメ!!もし強く望んで、わたしが ・・・わたしがココから逃げ出してしまったら、国の人はどうなるの!?」
繋いでいた手を振り払い声を荒げた 叫んだ、叫んで泣いた、声を上げて泣いた 塞き止めていたモノが、繋ぎ止めていたモノが 音を立てて崩れたいった
「・・・悪魔なんていません。」
「ウソよ!だって悪魔がわたしをここへ連れて来たの わたしは、悪魔を見ている。悪魔の声を聞いたのよ・・・」
「悪魔の存在を信じてはいけない。それは彼らの力になる 否定なさい。貴女が否定すれば彼は存在しないのです。否定なさい」
優しく諭す声は、どこか哀愁を帯びるものだった
「できない・・・だってあく--」
「ほら、あなたの迎えがやってきた」
小さな姫の小さな背を軽く押し 光の見える方を指し示す
「あ・・・・」
暗い森を懸命に歩いてくる若い男、利き手には魔術師の証である杖が 魔術師の周りには魔術で作り出した光が、彼の足元を照らしていた
「ああ・・・」
姫の口から声が漏れる 不安と喜びと、そして愛しさと
「彼が迎えの者でしょう。」
---お行きなさい
優しく姫の背をおした
姫は、その力に逆らわず歩みを進める けれどふと、気になった
「あなたは、だれ?」
振り返り、今まで導いてくれた人物を見た
ささやかな光の中で
それはとても悲しい目をした
それはとても慈しむ目をした
「・あ・・・く・・ま・・・」
小さな姫を故郷から遠い地へと誘ってきた 小さな姫を哀しみの海に浸らせていた
黒衣の悪魔
「さようなら、愛しい姫君。」
泣きそうな程顔を歪ませながら それでも声は優しく、小さな姫を送り出した
二度と、姫が振り返る事は無かった
若い魔術師の下へ、懸命に駆け寄る小さな姫 小さな姫を見つけ、その腕に抱く若い魔術師 その光景を星達は見守った
その光景を古城の塔から、黒衣の悪魔は見守った
「貴女の国に、優しさが降り続かんことを
貴女の目覚めが陽の光の祝福を受けんことを 貴女の眠りが月の光の祝福を受けんことを---」
黒衣の悪魔は、一筋の涙で頬をぬらした
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