カズマはコンバットロボを崖上の砂に伏せ、ミサイル発射機を構えながらハラダを待った。ロボットは砂色の迷彩塗料をほどこしてある。遠目には砂か岩にしか見えないはずだ。 天頂に差し掛かった太陽が容赦なく肌を焼いた。 カズマは何度も水筒の水をなめるように飲み、水分を補給して待った。 崖の高さは20メートル。ルート16を遥か遠くまで見渡せる格好のポイントだ。 ここにきて20時間が経過したが、ハラダの姿は現れなかった。 10キロ先に軍の機甲師団が潜んでいるのが、かすかに見える。 「軍が動かないということは、ハラダも動いてない、と言うことか」 カズマは何度も自分に言い聞かせ、焦りを鎮めた。 ルート16は閑散としていた。 我慢が限界に達するころ、軍が潜んでいる辺りから黒煙が上がった。カズマは照準器を向ける。照準器の動きに連動して砲身が自動的に動く。 黒煙の下で迷彩を施された連邦軍の装甲車が爆発し、次々に火を噴いているのが見える。 ハラダの姿は、距離があるため確認できないが、近くにいる筈だ。 「来る、ハラダが」 カズマは頭の中がカッキリ冴えていくのを感じた。 コンバットロボのエンジンをかけ、ハラダが真下の街道を通過するのを待った。 数分後、エンジン音が聞こえた。 照準器の中に砂煙を上げながら大型バイクが向かって来るのが見えた。 「ハラダだ」 カズマは照準器の左右についているコントロール・ノブを使い、ハラダの姿を中央部に補足、クロスヘアをハラダに重ねた。 アーミングレバーを上げ、自動追尾装置をロックするとスコープ内の表示が赤く点滅した。 「まだ、射程の外だ」 発射機の筒はハラダを追尾しながら動く。 ターゲット表示がレッドからイエローに、さらにブルーに変わった。 ミサイルの射程に入ったが、カズマは我慢した。ストロークが長ければ到達時間が延び、その分、敵に時間を与えることになる。 「まだだ、まだ、まだ」 カズマは保護カバーを上げてトリガーを押した。 ミサイルが白煙を引きながら飛んだ。 「どんぴしゃだぜ」 カズマはミサイル砲を外し、トマホークを片手に崖からジャンプした。 ハラダは接近するミサイルをちらりと見たが、慌てる素振りもなく、スロットルを開いた。後輪が激しく回転し、砂煙をもうもうと立ち上げながら、バイクは急加速して正面の岩の壁に向かって突進した。 衝突する直前、ハラダはバイクを倒し急旋回させ、右手の砂丘を駆け上り、大きくジャンプした。 ミサイルは大きく弧を描いてハラダを追尾したが、曲がりきれず岩にぶつかり炎上した。 着地しながらカズマはミサイルが壁に激突するのを見た。 「やるな。こいつの性能を読みきってやがる。それも、一瞬で読んだ」 カズマはハラダの判断力の的確さに感心し、同時に全身が痺れるような快感を感じた。 「さすがだ。だが、これは挨拶。一発目を避けることは、計算済みだ」 砂丘ではバイクよりロボットのほうがスピードが出る。カズマはバイクを追って、砂丘を駆け上がり、頂上からジャンプした。 上空でこちらに向かってハラダのバイクが猛進して来るのが見えた。 「勝負だ」 カズマは着地と同時にトマホークを構えた。 しかし、バイクは無人だった。 「飛び降りたのか?」 カズマは眼をこらしてハラダの姿を捜すが、どこにも姿が見えない。 「なんだあの火は・・・ダイナマイトか?」 ガソリンタンクにくくり付けられたダイナマイトの導火線に火花が散っているのが見える。 「なんだと。バイクごとぶつけるつもりか。奴はどこだ」 カズマはバイクに向かって走った。爆発のポイントから逃れるには、すれ違うのが一番だと咄嗟に判断したのだ。 ジャンプしてバイクを交わし、着地した瞬間、カズマは至近距離で銃声が響くのを聞いた。 同時に、コンバットロボの右脚が吹き飛んだ。 「やられた」 カズマは倒れながら銃声の方角にトマホークを投げつけた。反動でコンバットロボは地面に仰向けに転倒した。 カズマは素早くコックピットを脱出しようとするが、目の前にショットガンを構えたハラダがいた。 「やばい!」 カズマは、慌ててコックピットを脱出し、目に付いたブッシュに隠れた。 ハラダはカズマに少しも関心を示さず、コンバットロボに向けてショットガンを連射し、蜂の巣にした。燃料タンクが火を噴き、座席の下に置いた予備燃料に引火したのだろう、ボンと鈍い音を立ててコンバットロボは爆発炎上した。 ハラダはカズマを黙殺し、腕につけたリモコンを操作してバイクを呼び寄せた。 バイクのダイナマイトは爆発しなかった。ダミーだったのだ。 ハラダはライフルをバイクのホルダーに戻すと、おもむろに腰のベルトからマグナムを取り出し、カズマの隠れているブッシュを見た。 カズマは身を伏せ、ブーツからナイフを出した。 ハラダはマグナムの銃口をカズマに向けると、 「立ちな」と、命じた。 その声には逆らうことのできない重々しさがあった。 カズマに恐怖心はなかった。だが、できるだけ怯えたような素振りでゆっくりと手をあげ、おずおずと立ち上がった。 「小僧、その程度の腕で俺の首を狙うのは10年早いな」 カズマは内心でニヤリと笑い、右腕の筋肉に力を込めようとした。が、マグナムの銃口がその右腕に向けてかすかに動いたのを感じ、動きを止めた。 サングラスの奥から鋭い眼光を感じた。 「いいか、間違ってもその右手に隠したナイフで、俺を倒せるとは思うなよ」 ハラダの投げかけた言葉に、カズマは心の奥底がヒンヤリした。 カズマが観念してナイフを捨てた時、ハラダは引き金を引いた。 轟音が響き、弾丸がカズマの足元を通り過ぎていった。 足元を見ると体長2メートルの砂ヘビが頭を吹き飛ばされて横たわった。 「砂ヘビだ。知っているか」 カズマはうなずいた。 「噛まれれば苦しまずに死ねる。ここらの砂丘はこいつらがとくに多い」 ハラダが砂ヘビを見た瞬間、カズマは左腕に隠していた飛び出しナイフを投げつけた。 ハラダは避けなかった。 カズマのナイフはハラダの足元で砂ヘビの頭を貫いていた。 ハラダは、マグナムを腰のホルダーに戻すとヘビからナイフを抜き取り、カズマに投げて返した。 「小僧、名前は?」 「カズマ」 「ほうカズマというのか」 ハラダは、何やら一瞬考えたが、すぐに続けた。 「いいか、カズマ。俺はガキは殺さない。だが、おまえが俺の首を狙うなら、いつでも相手になる。次は手加減しない。いいな」 ハラダはバイクに跨り、何事も無かったように去って行った。 カズマはゼンじいのことを伝えるべきかと考えたが、雰囲気に飲まれ、言いそびれてしまった。言えば、全てが言い訳じみているように思えたからだ。 「ゼンじい、ハラダに会ったが、ざまあないぜ」 一人でぼやき、ようやく全身の筋肉が緊張で強張っているのに気がついた。 「世の中は広いや。あんな凄いおっさんがいるなんてな。俺はまだまだだよ」 カズマは敗北したが、屈辱感はない。逆に爽快ですらあった。 「いつか奴を越えてやる」 そんな事を思いながらハラダが消えた地平線をしばらく眺めていた。 コンバットロボはぶすぶすと燃えていた。残骸の脇にマイの花柄の水筒が落ちていた。 「脱出した時に落ちたんだな。燃えなくて良かった」 カズマはルート16をカワゴエに向かって歩き始めた。 途中、軍の機甲部隊を見かけた。オイルの焼けた匂いが漂う中、救護用トラックが死傷者を収容して去っていくところだった。 「あのおっさん、たった一人で10台の装甲車をやったのか」 カズマは改めて自分が立ち向かった相手のとてつもない力量を思い知らされた。コンバットロボを使っても、10台の武装装甲車輌を一気に叩くのは不可能だ。ましてハラダはバイク1台でやるのだ。 砂漠の街道を20キロ歩き、スクラップ置き場に着いたのは深夜だった。 テントに入り、ランタンを点けると見覚えのない水と食料が置いてあった。その脇に手紙が添えてある。 「『カズマ、お疲れ!これ食べて』か、チビども、どこかでかっぱらったな」 カズマは黙ってほうばり、パタリと横になる。 「そうだ、協会に連絡をしなくては」 カガリの顔が浮かんだが、もはや気力は残っておらず、すぐに深い眠りに落ちた。
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