ミハルの家でゼンとクマがカズマたちの帰りを待ちわびていた。クマの部下たちはカワゴエのホテルに待機したので、ここにいるのは二人だけだ。 深夜になりバイクのエンジン音が聞こえると、二人は外に飛び出した 「おかえり。無事か」 ゼンがカズマに声を掛けた。 「ああ、俺たちは大丈夫だ。しかし、ミハルが」 カズマは腕の中で昏睡しているミハルを見ながら言葉を濁した。 「まあ、とにかく中に。クマがメシを作ってくれた。食いながら話そう」 ハラダはカズマからミハルを受け取ると、ベッドに寝かせた。 「この娘はどうしたんじゃ」 ゼンじいが心配そうに覗き込む。 「カトーの奴、洗脳剤を注射しました。24時間以内に解毒しなければ、奴が刷り込んだ記憶が定着してしまう」 ハラダはミハルに毛布をかけた。 クマはその巨体に、似あわず細やかな動きで手際よくシチューの皿をテーブルに並べていく。 「どんな記憶を埋め込んだのじゃ」 「私への憎しみです。私がこの娘の父親を殺したと思い込ませたようです」 ゼンは絶句した。 「奴は解毒アンプルと引き換えにあの遺跡への案内を要求してきました。シナノに使われている技術を見て、遺跡の秘密を手中にすれば天下が取れるとでも考えたのでしょう」 「ワシにも、しつこく聞いてきた」 「シナノを沈められ、軍での地位は大きく低下した。軍法会議にかけられれば、過去の不正が暴かれ、死刑は間違いない。だから奴は必死です。最後の頼みのツナがあの遺跡、ピラミッドの秘密なのです」 ゼンが重い口をようやく開いた。 「実はハラダ、ワシはそろそろ封印を解こうかと思っていたんじゃ」 「そうですか」 ハラダはやはりといった表情で頷いた。 「ワシも年じゃ。前々からもう決着をつける時期に来ていると考えていた。だから、君のところにカズマを送ったんだ」 「カズマの名を聞いた時、そう思いました。封印を解きましょう」 「封印を解くって?」 カズマが不思議そうに口を挟む。 「明日になれば分かる。さあ、クマ軍曹の懐かしい手料理をいただくとするか」
広大な砂漠をホバークラフトが砂塵を巻き上げ猛スピードで走っていく。その後をコンバットロボとバイクが追った。 クマが操縦するホバークラフトの助手席にゼンが座り、後部座席にミハルを寝かせた。ミハルはドレスを着たまま毛布の中で眠っている。 ポイントまで2時間。 『禁断の地』には、かつて2千万人が居住する大都市があった。しかし、今は廃墟となった遺跡が点在する荒地にすぎない。 ここが『禁断の地』と呼ばれるゆえんは核兵器や生物化学兵器による汚染が深刻なためだ。連邦政府は一帯を封鎖したが、オアシスや少しでも人が住めそうな場所には通達を無視して住み着く者が後を断たなかった。しかし、彼らは数ヶ月で原因不明の病に冒され砂漠の塵となった。幾千もの白骨を残し、この地に住む者はいなくなった。 ホバークラフトのナビゲーションがポイントに到達したことを知らせた。カズマはロボットを降り、ぜんじいに聞いた。 「ここかい。その遺跡は」 「そうじゃ」 「見渡すかぎり砂漠だな」 「22世紀まで、ここが世界の真ん中だったとは、誰も信じないじゃろうな」 太陽が刺すように照り付けている。地表から立ち上がる放射熱は陽炎となって、砂漠の空気を歪ませている。突如揺らめく空間を切り裂いて銀色に輝く高級なホバークラフトが出現した。 「ここか?」 軍服に身を包んだカトーが姿を見せる。 「そうじゃ。この下じゃ」 ドクターゼンは携帯端末のモニターを見ながらカズマに指示する。 「遺跡はピラミッド型をしているらしい。らしいというのは全体を調査する前に、ここを封印したからじゃ。ここから垂直に20メートル掘ると、頂点に到達する。それから北斜面に沿って10メートル掘れば、前回ワシたちが進入した入り口が見つかるはずじゃ」 カズマは、すぐにコンバットロボのアームを掘削モードに切り替えて砂を掘り始めた。 「おい、解毒アンプルをよこせ」 カトーににじり寄ったハラダの怒号が響く。 「まだだ。本当にここが封印された遺跡なのか確認してからだ」 カズマが砂を掘ると水が染み出し、やがて泥になった。それからしばらくコンクリートの瓦礫の層が続く。1時間ほど掘り続け、ようやく指先が何かに突き当たった。 「ゼンじい、硬いものに当たった」 「よし。その斜面にそって2メートル掘るんじゃ」 その斜面はピラミッド型の遺跡の側面に違いなかった。側面は暗黒色の合金セラミックでできており、腐食も痛みも見えない。やがて側面に鉄板の蓋が現れた。蓋を持ち上げると中に階段が見えた。 「侵入口を発見した」 カズマは上から見下ろしているゼンに向かって叫んだ。入り口の発見を知り、ハラダはカトーに詰め寄った。 「もういいだろう、アンプルをよこせ」 「いやまだだ、全員で中に入る」 「一人で行け」 「そうはいかない。罠かもしれないからな。それに、私が入った後、蓋を閉められる恐れもある。全員、武器を捨てろ。もし誰かが武器を隠し持っていたらこのアンプルはその場で叩き割る。いいな」 ハラダはマグナムを腰ベルトと一緒に外し、砂の上に置いた。クマとカズマも続いた。 懐中電灯を持ったカズマを先頭に、ゼン、クマ、ミハルを抱いたハラダ、そしてカトーが続いた。暗闇の中、階段を降りた。しばらく行くと踊り場があり、そこで逆方向に折り返し、再び階段を下りた。 「どこまで続くんだこの階段は」 カズマが誰に言うでもなく呟いた。ゼンじいは端末のモニターを見ながら案内する。 「あと20メートルほどで、広間に出るはずじゃ」 間もなく先頭を歩くカズマが突き当たった。壁を探る。 「何か扉がある」 「そこじゃ。カズマ、扉を開けて光を周囲に向けて見ろ、人類の悪意の歴史がある」 カズマは階段の天井や壁を懐中電灯で照らした。そこには、様々な武器が整然と並んでいた。 「武器庫か」 「そうだ、武器庫を兼ねた資料室みたいなものだろう。こうして眺めると人類の歴史は殺人狂の歴史じゃな」 ゼンジイが静かに言った。カトーが弾んだ声を上げた。 「これはすごいコレクションだ」 カトーはガラスケースを開くと銃を取り出し、 「これはレーザーガンか。初めて見る形だな」 と安全装置を外した。グリップにある表示がブルーになった。 「素晴らしいエネルギーが充填されている」 レーザーガンを構えたカトーにハラダが驚いて叫んだ。 「カトー、ここで撃つな」 ハラダが叫んだ。カトーは鼻で笑い、壁に向けて、引き金を引いた。レーザーが照射され、はピンボールのように部屋中を跳ね回った。 「危ない、伏せろ」 ハラダの絶叫に全員が慌てて床に伏せた。レーザービームはやがて消滅した。カトーの狂ったような笑いが、暗闇にこだました。 暗闇の中、ゼンじいの顔だけが液晶モニターの光でぼんやり浮かび上がっている。端末には遺跡の内部構造が3次元図に映し出されており、今いる地点を赤い点滅で表示している。 「18年前の調査を元に作った構造図じゃ、6割がワシの想像で描かれた怪しい地図だ。次の部屋に行こう。突き当たりにドアがある。壁にスイッチがあるはずじゃ」 カズマが壁を探ると確かにスイッチがあった。 「そうじゃ、それを押せ」 スイッチを押すと、それまで壁と見分けがつかなかった部分が、スライドして開いた。 暗闇の中に広間が見えた。 カズマが一歩、部屋に踏み込むと室内が明るくなった。そして、遺跡全体が微かなうなりを上げ、室内のすべてのマシンにスイッチが入った。次々に計器類が点灯し、遺跡は永い眠りから覚めた。 「人の気配を感じて、スイッチが入る」 ゼンじいは明るくなった室内を見回しながら言った。 「カズマ、昨夜、わしとハラダが言っていた封印を解くというのは、このことじゃ」 室内には制御装置がついた巨大な試験管がずらり並んでいる。その内部は濁った液体で満たされていた。 「何か浮いているぞ」 カズマはチューブに顔を寄せて見た。 カズマが猿という動物を見たことがあれば、その生き物を猿の死体だと思ったかもしれない。しかし、ふわふわと水中に浮かんでいるのは猿ではなく人間の胎児だった。胎児は長い臍の緒でチューブの底に繋がっていた。 「人工子宮だ」 ゼンが説明した。 「ここはコンピュータ制御による体外受精で試験管ベイビィーを育てるのが目的だった」 ゼンじいはガラスが割れて、中身が空になっているチューブを指差し、 「カズマ、おまえは18年前にここで生まれたのだ」 と、言った。 カズマはゼンじいが自分をからかっているとは思わなかった。しかし、予想もしていない言葉に戸惑った。 「おまえの親はこの世界の人間ではない。この遺跡はおよそ300年前に造られたものだ。おまえは300年前の人類の子孫なのだ」 カズマは複雑な顔をして何やら考えていた。 「そうか、俺はゼンじいより年上だったのか。なんか変な気分だ」 ゼンは当時を思い出すように、ゆっくり話しを始めた。 「この遺跡にはワシが求めていたすべてがあった。ワシにとっては一生求めても得られないような素晴らしい宝物に見えた。欲望に駆られたワシは馬鹿なことを考えた。この技術を自分だけの物にしたいと思ったのじゃ」 「馬鹿なことではない。それは人間の本能です」 カトーがいらだたしげに言ったが、ゼンは無視して続けた。 「幸いこの場所を知っているのは、ハラダとタケだけだった。私は二人に調査の内容を外に漏らさぬよう口止めをして、ここに通い、様々な技術を発掘した。この遺跡には、人類が忘れてしまった素晴らしい技術が山積みされていた。始めのうちこそ素晴らしい発見に興奮したが、ワシは次第にこの遺跡発掘に危険を感じ始めた。もし、これらの技術を平和的に利用できれば人類は過去の栄華を取り戻すことができるかもしれない。しかし、平和的に使えなかった場合、悪夢を繰り返すかもしれん。今の人類にこの技術を使いこなすことができるじゃろうか?そう自問自答しながらワシは研究を続けた」 「シナノもここで発掘したのだな」 カトーが問い詰めるように言った。 「そうじゃ。ここのマザーコンピュータのデーターを使い、開発を行なったものじゃ」 カトーは満足げに頷いたが、ゼンは無視して話しを続けた。 「そんなある日、ふと信じられぬものを見てしまった。このチューブの中に胎児が発生していたのじゃ。いつどのように発生したのか研究に没頭していたワシは気がつかなかったが、試験管の中で小さな生命が微かに動いていた」 「それが俺という訳か」 カズマが神妙な顔で尋ねた。 「そうじゃ。この装置は人間の侵入を感知すると起動し、自動的に胎児を育て始めるようにプログラムされているらしい。100本あるチューブすべてに胎児が育ち始めていた。一度に100人もの赤ん坊が生まれる。結婚もしていないワシが100人の子持ちになる。悪い冗談じゃと思ったよ」 ゼンは自嘲気味に笑ったが、誰も表情を変えなかった。 「育てるのも困るがそれ以上に心配したのが軍のことじゃ。100人の新生児を持ち帰れば、たちまち遺跡の詳細は公になり、軍は本格的に遺跡発掘を始めるだろう。そうなればワシの手には負えなくなる。この人工授精装置をはじめ、ありとあらゆる未知の技術が軍の手に渡ることになるのじゃ。これは恐ろしい事態になるとワシは思った」 ドクターゼンは目を閉じた。 「そして、もう一つ別な心配事もあった。今育ちつつある胎児たちは、本当に人類の子供なのかという疑問だった。まさか、エイリアンとは思わなかったが、400年前に空前の進歩を遂げた遺伝子工学は様々なミュータントを産んだと聞いている」 「ミュータント?」 カズマが尋ねた。 「ある種の能力を遺伝子操作で活性化させた特殊人間じゃ。最初、宇宙空間や深海など特殊な場所で働くために開発されたらしい。人類は特殊能力を持つミュータントが優位に立たないよう、様々な差別的制限を遺伝子に加えた。最たるものが生殖機能の削除とわずか10年という短い寿命じゃ。ミュータントは試験管の中で成人させられ、生まれてから僅か10年で死ぬ運命を持たされていた。このミュータント差別をきっかけに大きな戦争が起きた。以来ミュータントの開発は禁止されたと歴史に記されている」 「俺はそのミュータントなのか」 カズマが聞いた。、 「いや、育ててみて分かった。断じてミュータントではない。おまえは人間じゃ」 ゼンは強い口調できっぱりと否定した。 「しかし、当時のワシは最悪の事態を想定した。ワシは一つのチューブを選び、他のチューブのスイッチを切った。ひとつだけ残したのは、科学者として見届けたかったからじゃ。それに、もし、その子が人類に災厄をもたらすような兆しがあった時、一人ならワシの手でなんとかなる。それから10ヵ月、胎児はこの中で無事育ち、誕生の日を迎えた。ワシはカズマ、おまえをここから取り出したのじゃ。その時点で遺跡の調査も中止し、ここを封印することにした」 話を終えると、ゼンは小さくため息をついた。それから、カズマの前にひざまづいた。 「カズマ、すまん。ワシはおまえを観察するつもりで、おまえを育てたのじゃ。おまえが普通の人類であり、健康に育てば育つほど、殺した他の胎児たちに申し訳なく感じていた。許してくれ」 カズマは自分が生まれたという人工子宮を黙って眺めていたが、慌ててひざまづいたゼンの手を取って言った。 「ゼンじい、立ってくれ。別に俺は気にしないぜ。ゼンじいが俺を大切に育ててくれた事実は変わらない」 「そうか、ありがとう」 ゼンじいは長年の心のつかえがとれ涙が溢れた。 「でも、ゼンじい、誰がどうして、こんなもの作ったのだろう」 「古代エジプトでは、ピラミッドは復活を信じる古代王朝の王の墳墓だったと言われている。そのことから考えると、王族の血脈を残すのが目的だったのかもしれない」 「それなら、俺は王子ということかい」 「そうだな。そういことだ。おまえはこの遺跡を受け継ぐ正統な末裔かもしれんな」 「フン、正統な末裔だと、笑わすな。さあ、私を遺跡の中心に案内しろ」 カトーがイライラしながら、ゼンじいの話を断ち切った。 「カトー、俺たちが案内できるのはここまでだ。この先には侵入していない。行きたければ一人で行け。俺たちはここで引き返す。約束通りアンプルを渡せ」 ハラダはカトーを諭すように言った。 「ウソを言うな。タケはこの先に行った」 「そうだ、そして帰って来なかった」 「貴様がタケを射殺したからだ。貴様はフジムラが欲しくてタケを射殺した。この先に行くのが怖いか?タケの遺体はどうした?どこに埋めたんだ?」 「分かった。案内してやろう、ただしアンプルが先だ」 「自分の本当の父親がどんな最後を遂げたのか、その娘にも見せてやる。催眠が解けても、貴様を殺そうとするに違いない」 カトーは含み笑いをしながらハラダに解毒アンプルを投げつけた。 すぐにハラダは鞄から注射器を取り出し、ミハルの腕に針を刺した。ミハルの様子に変化はない。 「心配ない。10分もすれば目が覚める。早く案内しろ」 カトーはカズマの背中に銃口を押し付けた。 「ハラダ、入り口はどこだ」 カズマが聞いた。 「まっすぐ10歩行け」 カズマは頷くと、注意深く10歩、歩いた。 「その辺りに色が変わっている小さなタイルがあるはずだ」 「あった、これだな」 「そこに片足を乗せてみろ」 カズマは言われるまま片足を乗せた。床がスライドして階段が現れた。階段は暗闇に向かってまっすぐ伸びている。 「小僧、まずおまえが入れ」 カトーはカズマを銃口で突き飛ばした。
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