カズマはコンバットロボでカワゴエに向かった。 帰る場所と言えば、チビ達が待っているスクラップ置き場しか思いつかなかった。 せっかくの仕事が台無しになったばかりでなく、賞金稼ぎのつもりが賞金首になってしまった。ますます借金を返すあてもなくなり、足取りは重かった。とは言うものの、カズマは少しも後悔していなかった。 しかし、気になることが一つあった。 それは、ミハルと呼ばれていた盗賊の頭のことだ。 「なんで女が山賊をやっているんだろう」 ミハルとの殴り合い、胸の膨らみ、華奢な肩、カズマを睨んだ瞳が蘇った。忘れようとしても、すぐに顔が浮かんでくる。まるで脳みそに焼き付けられたように残像が消えない。 「もし彼女が敵として再び俺の目の前に現れたら、俺はあの子を撃てるだろうか」 カズマはミハルのことを振り払うため、囚われの身になっているゼンじいやその帰りを待つ仲間のことを思い浮かべた。 「今度こそハラダに会い、ゼンじいのことを相談しよう・・・それにカワゴエに行けば、チビたちもいる」 そう思いながら、家路を急いだ。 関東平野を目前に控え、最後の峠を越えるころ夕日が落ちた。 峠の頂からは関東平野が一望できた。 夕焼けが残る黄昏の砂の海に点在する城砦都市が星雲のように輝いて見える。 うっすらと浮かぶ地平線の向こうには青白い光星が瞬いている。 夜の闇は近い。砂漠の夜の旅は危険が多く神経を使う。軽い疲労感を覚えたカズマは夜の旅を中止して野営することにした。 「ここまで来ればカワゴエまではもう一息だ。明日の朝早くでれば午後には着くだろう」 すでにファルコン号での一件は賞金首協会に連絡が入っているだろう。 「このまま関東を離れてしまえば、面倒なことから逃げられるかもしれない」 そんな悪魔の囁きにカズマは耳を貸さなかった。 カガリには今回のいきさつをきちんと報告しておきたいと思ったからだ。それにチビ達との約束を裏切りたくなかった。 カズマは湧き水のある草原を見つけると、コンバットロボを降りて見回ってみた。辺りには背の低い潅木が茂っており、小さなオアシスのような場所だった。 「誰も居ないし、天気は良いし、よし、決めた。今夜の野営地はここだ」 コンバットロボのシートの下からサバイバルキットを取り出し、潅木の下に罠をしかけた。 火をおこし、湯を沸かしてから、罠を見に行くと砂トカゲが3匹かかっていた。 「こんなに肉付きのいい砂トカゲは珍しいな」 カズマは2匹を放し、一匹を絞めて火で炙った。 炎であたりの緑が仄かに照らされた。枯れた小枝を折って焚き火に入れる。 こんなに穏やかな気分になったのは久しぶりだった。 カズマはどうしてこの辺りに、これ程自然が残っているのか、不思議には思ったが特に危険は感じなかった。 「ここはよいところだな。今度チビたちを連れて来てやろう。きっと喜ぶぞ」 独り言を言いながら、砂トカゲが焼けるのを待った。 砂トカゲは発掘作業現場ではお馴染みの料理だった。香ばしい肉の香りをかぐと、遺跡発掘屋ののどかな夕飯を思い出した。 「あれから1週間か」 カズマには戦艦シナノの攻撃から今日までの数日が数ヶ月にも感じられ、飯場生活が遥か遠い昔のことのように懐かしく思えた。 「ゼンじい、待っていてくれよ。必ず助けに行くからな」 カズマはポケットからハラダの写真を引っ張り出して、改めて眺めた。望遠レンズで撮影したものだろう。黒いサングラスをかけ不敵な笑みを浮かべている。 「とにかくハラダに会い、ゼンじいの話しをするしか方法がない。しかし、あの男、俺の話を聞いてくれるだろうか」 カズマはハラダとの戦いを思い浮かべながら、どうすればハラダにコンタクトできるか考えた。 「クソ、どうも俺の頭は難しいことを考えるようにはできていないらしい」 カズマはポスターをポケットに押し込むと、焼き上がった砂トカゲを掴んだ。 「腹ペコのときに難しいこと考えるのは無理だ」 そう思い直し、砂トカゲにかぶりつこうと大口を開いたとき、トカゲの肉が手元から吹っ飛んだ。 「ライフルで狙われている」 カズマはとっさに焚き火に水を掛けて、暗闇に潜んだ。耳と目に神経を集中して,敵の姿を捜す。 「敵は一人か?二人か?」 周辺の茂みを見渡したが、辺りに姿も気配さえもなかった。 「まさか、もう賞金首協会から追っ手が来たというのか」 雲に隠れていた月が現れ、にわかに明るくなった。 「いかん、ここでは丸見えだ」 カズマは立ち上がり、地を転がりながらコンバットロボに向かった。 コックピットに駆け込み、これで反撃できると思ったとき、背後から後頭部を強打された。視界が暗くなる中、振り向くと、脳裏に焼きついた顔があった。ミハルだった。 「どうして・・・ここに・・」 そんな疑問を口に出す間もなく、カズマは崩れ落ちた。
カズマは薄汚れた天井を見ながら目を覚ました。窓から日が差し込んでいた。 「俺は一晩中眠っていたのか」 自分が今、どこにいるか想像もつかなかった。カズマは記憶の断片を拾い集めた。 「昨夜、野営地で砂トカゲを食おうとしたら、狙撃された。そうだ、あの時ミハルの姿を確かに見たぞ」 そう思い、立ち上がろうとしたが、両手両足がベッドにがっちり縛られており、身動きができない。 「ここはどこだ」 カズマは頭を上げ、もう一度冷静に室内を見回した。 部屋は清潔で窓にはキチンとカーテンがかけられ、隅々まで小奇麗に片付いている。 「ここはミハルの家か?」 カズマはふと机の上に飾られた若い男女の写真にふと目を止めた。ミハル・・・ではない。幸せそうに笑っている。その顔に見覚えは無かった。 「誰だ?」 気配を感じ背骨を反らせて頭上に視線を送った。 離れたところに少女が座っていた。 うつむいて前髪が垂れているので見えないが、それがミハルだということはすぐに分かった。ショートパンツから伸びた細く長い足を軽く組み、ライフルを抱えながら、うたた寝をしている。 「無防備な奴だ」 呼吸に合わせ小さな肩が揺れた。 朝の光の中で眠る少女をカズマは美しく、眺めているだけで胸が締め付けられるような気がする。 ミハルが目を覚ました。 自分のことを凝視するカズマに気付くと組んだ足を降ろし、 「何を見ている」 赤く染まった頬の色を隠すように強い語調で言った。 「きれいだな、あんた。今まで見た女の中で一番きれいだ」 カズマは素直に本心を口にした。 からかって言っているのではないということは、少女にもすぐに分かった。 ミハルは言葉を失い、ますます頬を紅くしてうつむいた。カズマはこのあどけない少女には似つかわしくないライフルに一瞬視線を落としてから言った。 「どうして俺を縛る」 「敵だからよ」 「どうして、俺が敵なんだ」 「おまえのために、仲間が3人も死んだ」 ミハルは立ち上がり銃口をカズマに向けた。 「そうか。それは気の毒だったな。しかし、俺は自分の仕事をしたまでだ。山賊が来たから戦う。それだけだ。あんたにも死んだあんたの仲間にも恨みは無い。戦闘で死んだんだから、おあいこだろ」 「軽々しく言わないで!」 ミハルは怒鳴った。カズマを睨む目に涙が溜まった。 「とにかく仲間が殺された。おまえは、私たちを逃がしたことで全てが許されると考えているのかもしれない。だが、それは思い違いだ。私たちはおまえに1日だけ、反省の時間をやる」 「わかった。しかし、反省はいいのだが。その前にトイレに行かせてくれ。逃げはしない。約束する」 ミハルはカズマのロープを解き腰紐をつけてトイレに案内した。 「こんな紐いらないって。俺は逃げない」 「ダメ。捕虜の言うことまともに信じるほど私はバカじゃないわ」 カズマは仕方なく腰紐をぶら下げて用を足した。 トイレから出るとカズマは再びベットに縛られた。 逃亡のチャンスはいくらでもあったが、逃げなかった。ミハルのことをもっと知りたいと思ったからだ。カズマは自分の感情が理解できなかった。もし、ゼンが近くにいたら「カズマ、それは恋というやつじゃ」と笑ったかもしれない。 1時間後、ミハルは再びカズマの縄を解くと、手錠をかけ、頭巾を被せた。頭巾には小さな穴が二つ開いており、そこから外の様子が見えるようになっている。 「いいか、頭巾をとったら命の保障はしない、気をつけろ」 ミハルはカズマを連れて、外に出た。 小さなオアシスの村だった。カズマは頭巾の下から、貧しい村人たちの生活の様子をつぶさに見た。そこはカワゴエのスラムよりも貧しかった。 「この村は、農業と小さな廃品修理工業で生活している。昔はそれでも村の鉱山から資源化できる工業系廃棄物が取れて、それなりに繁盛したらしいけど、今は見ての通りの貧しい村だ。子供と老人、それに戦争でケガをして働けなくなった男たちが肩を寄せ合って生きている」 「今の時代、別に珍しくはないな」 道行く人はミハルを見ると、会釈してすれちがう。ミハルも愛想よく会釈を返す。腰の曲がった老婆が、 「ミハルさん、この前は薬ありがとう。楽になったわ」 「そう、おばあちゃん、よかったね。また、手に入ったら、持っていくわ」 「そうかい、ありがとう。そうだ、これ持ってってよ、おいしいよ。今朝、作ったんだ」 老婆は手に持った包みの中から団子を二つ取ると、紙に包んでミハルに渡した。 「サンキュ。おばあちゃんのお団子大好き」 ミハルは老婆から笑顔で受け取り、一つを自分で食べ、もう一つを頭巾の下のカズマの口に押し込んだ。カズマは昨夜、砂トカゲのバーベキューを食い損なって以来何も喰っていない。空腹だった。 「うまい」 思わずカズマは大声で言った。 「静かに」 「すまん。それにしてもあんた、俺と話すときと、声のトーンが違うな。どこかのお嬢様みたいだった」 「うるさい。黙らないと、ここで処刑するよ」 ミハルはカズマを村はずれの墓地に連れて行った。 ビルの残骸から切り取ったコンクリートブロックの墓石に3人の名前が刻まれている。 墓の前に3つの小さな棺が並び、その前に泣いている女が数人。 やがて人々が集まり墓前は参列者であふれた。 一人一人が花やお供えを棺桶の前に置き、頭をたれる。 その中の何人かは戦闘中に目撃した顔だ。 ミハルの姿を見ると、参列者は黙って頭を下げた。 最後に宗教家の案内で死者の魂を鎮める歌が歌われ、棺は墓に埋められた。 ミハルが勇敢な3人の兵士を讃える言葉を送ると、参列した兵士たちは、拳銃やマシンガンを空に向けて乱射した。 そのとき、興奮した男が、何やら喚きながらカズマに飛び掛った。 「おい、頭巾を取って死者の霊を送るのが礼儀だぞ」 ミハルは慌てて叫んだ。 「止めろ。この男は顔にひどい火傷をしているんだ」 「火傷だと・・誇るべき勇者の証を誰に隠す必要がある。頭巾を取って死者を送れ」 男はミハルの制止を振り切り、カズマの頭巾をひっぺがした。 カズマは黙って男を睨む。どよめきが止まり、視線がカズマに集まった。 「どこに火傷がある。こいつは誰だ」 「こいつ、見たことある」 数人の男がはやし立てるように言った。 「そうだ、昨日の敵の一人だ。ボクを殴った傭兵だ、ロボットの奴だ」 群集の中から少年の声がした。 「ミハル。どういうことだ」 「昨日、私が捕虜にした。敵の情報を聞き出してから裁判にかける。手出しするな」 ミハルが怒鳴った。 「弟の敵だ、オレが首を獲る」 怒号とともに例の男が飛び出した。 「止めろ。勝手なまねは許さない」 「肉親を殺された気持ちが、孤児のあんたになんか分かるか」 『孤児』の言葉にミハルの顔が青ざめ、身体が硬直したのをカズマは見た。 「殺させろ。邪魔をするならミハル、おまえだって許さん」 憎しみの渦が広がり、群集は血を望んでいた。良識ある者が必死になだめようとするが、群集心理は燃え盛るばかりだった。 男はナイフを片手に、カズマに飛び掛ってきた。 両手が使えないカズマは男の脚を払い、地面に転がした。 男は起き上がり再びカズマに襲いかかろうとする。 「止めろ。殺るなら、私をやってからにしなさい。ただじゃやられない」 我に返ったミハルが立ちはだかった。 「ミハル、邪魔をするな、仇を撃たせてやれ」 兵士たちは、ミハルを押さえつけようと飛びかかる。 ミハルは敏捷に動いてこれをかわす。もはや収拾が付かない。 暴動さえ起きかねない険悪な雰囲気が群集を支配した。
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