翌日には、早くも桑原から連絡が来た。 「8年前に起きた、東部銀行の強盗事件は知っているか?」 「ああ、確か横浜の東部銀行港支店に5人組の強盗が押入って、現金で5000万円奪った事件でしたね」 確認するように訊き返した。 「そうだ、その事件だ。その事件の首謀者とされて、神奈川県警から全国氏名手配されている男が、海崎要一という男だ」 「それが、なにか関係あるのですか」 「ウサミキョウイチを並べ替えると、『ウミサキヨウイチ』、となる」 桑原の言葉に愕然とした。 「では、宇佐美享一は8年前の強盗事件の犯人である、海崎要一と同一人物であり、しかもその男と、何らかの関係があったと思われる俺の親父・・・つまり、戸升宗一と川上篤志が強盗事件にも関わっている可能性があると」 桑原は、その答えを直ぐには出そうとはしなかった。 「否定は出来ないが、その可能性がどの位あるかは一概には言えない」 「そうですか。ありがとうございました」 「犯人一味の1人が、女であることが人質になった従業員の証言で判明している」 俺は、再び桑原に礼を言い、受話器を置き、新宿中央署の夏目に連絡を入れることにした。 「はい、捜査一課」 若い女性の声が聞こえた。 「戸升ですが、夏目警部さんはいらっしゃいますか」 「戸升さん・・・新宿の事件の被害者の息子さん?」 「はい、そうです。ちょっと、夏目さんにお知らせしたいことが」 「夏目警部は、合同捜査本部が置かれている渋谷署の方へ行っていますが」 若い声のおそらく婦人警官だろうその女性が答えた。 「そうですか」 「折り返し、連絡するようお伝えしますが」 俺は、考える時間もなく直ぐに答えた。 「いえ、それは結構です。直接渋谷署の方を訪ねてみます」 「それでしたら、戸升さんがいらっしゃることを此方の方で連絡しておきます」 「おねがいします」 そう言って、俺は受話器を置いた。 渋谷警察署の3階にある、第二会議室に合同捜査本部が置かれていた。第二会議室は、渋谷署の階段を上り、廊下の突き当たりを右に曲がった奥にある。入り口の直ぐ横に「新宿ホテル・渋谷アパート殺人事件合同捜査本部」の文字が見える。 俺は、開いたままになっているドアをノックし中に入った。間もなく、若い男性の刑事が近づいてきた。 「戸升さんですね、お話は伺っています。渋谷署の鎌田です。2分程で、夏目警部は戻られると思いますのであちらでお待ちください」 俺は、鎌田に会議室から扉一つで繋がっている応接室に案内された。3分程待って部屋には、夏目ではなく白髪交じりの中年の男が入ってきた。夏目より、年上に見える。53か、54・・・いや、もうすこし上かもしれない。 「どうも。渋谷署捜査一課の菅原です」 「親父の事件と川上という男が殺されたことに関係があるとか」 「ええ、それでこうして合同捜査本部が設置されたわけですが」 「川上の死亡推定時刻等は判明しているのですか?」 菅原は、暫く答えるべきか迷っているような表情をつくっていたが、口を開いた。 「司法解剖の結果によると、9月30日の午後8時から11時の間です。遺体が発見されたのは翌10月1日の午前7時30分頃で、隣の住人がゴミだしのため外へ出たところ、川上の部屋のドアが半分程開いていた。不審に思い中を覗くと胸にナイフを突き立てられ血だらけで倒れている川上を発見した、ということです」 俺は、そこまでの菅原の説明を黙って聞いていた。暫くしてドアをノックする音がすると、夏目が入ってきた。 「お待たせしました。何か新しい情報ですか」 「例の宇佐美享一のことですが」 「どのような?」 「8年前の横浜の銀行強盗事件に関係あるようなのです。その首謀者は、確か海崎要一でしたよね」 「ええ、その事件は我々も覚えていますが」 菅原の隣に腰を下ろした、夏目が言い、菅原も頷いた。 「宇佐美享一の名を並べ替えると、海崎要一となります。僕は、このウサミキョウイチという男が海崎の正体では、と思っているのですが」 「なるほど。一向に宇佐美の実像が見えてこないのは、其のせいかも知れませんね」 夏目が言った。 「しかし、たとえそうだとしてそれが今度の事件にどういった関係がありますかね」 菅原が訊いた。 「宇佐美の通帳の3000万円がもしかしたら、その強盗事件の5000万円の一部だというのですね。まさか、戸升さんは、殺されたお父さんや、川上がその一味と考えているのですか?」 夏目の表情が、みるみる険しくなっていった。 「俺は・・・信じたくありませんがその可能性は絶対なし、とは言えないと思います」 「横浜署からその事件の調書を取り寄せる必要がありますね」 話を暫く聞いていた鎌田が言った。 「そうだな。早速連絡してくれ」 菅原が鎌田に指示を出すと、鎌田は頷いて電話のある方へ向かって歩き出した。 俺は、菅原や夏目、鎌田に礼を言い渋谷署を後にした。
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