「黒澤です。警部はお忙しいので、代わりに連絡させて頂きました」 「何か新しい情報ですか」 「ええ、川上の部屋を捜索したところ、探偵事務所の封筒がありまして、その中は貴方に関する調査報告書が入っていました。それと、部屋の中に川上以外にもう二つ指紋が検出されたのですが、一つはお父さんの物でした。もう一つの指紋は今は判明していません。川上がお父さんと顔見知りだったのは、まず間違いありません」 「親父が川上という男に探偵に調査してもらうよう依頼したのでしょうか」 俺は、黒澤に訊くと、暫く電話の向こうで黒澤が自分の意見を纏めようと、している様だった。 「おそらく、そうなりますね」 「宇佐美享一についてはどうなりましたか」 「その男が、二つの事件に関わっていることは今や明白です。ただ、その実態がいまいち掴めていないのですよ」 黒澤は、何か新たな動きがあれば連絡する、と言うと受話器を置いた。 その日の午後、昼食のため、俺はエルムへ向かった。サラリーマンらしき3人の男性がマスター自慢のサンドウィッチをほおばっていた。カウンターには弦太と恋人の井関真奈美が座り、コーヒーを飲んでいた。真奈美も俺や弦太と同じ「太陽学園」の出身であり、俺たち3人は、幼馴染だ。真奈美は、歌舞伎町のクラブ「エリオ」のホステスだ。俺は、臆することなく真奈美の隣に座った。 「久し振りだな」 「あっ、ゆー君。色々大変だったね」 3週間振りに会った真奈美は、相変わらずの笑顔を俺に向けた。 「まあな。いい加減その呼び方やめてくれよ」 真奈美は、何も言わずただ笑ってコーヒーを飲んだ。 「捜査の方は、進展しているのか」 市井が他の客にだすためのスパゲティミートソースを作りながら訊いた。 「それが、今朝方、川上という男が渋谷のアパートから他殺体で発見されたのは知っているか」 市井、弦太、それに真奈美が黙って頷いた。 「その男のアパートに、親父が出入りしていた形跡があったらしい。それから・・・例の暗号覚えているか」 俺はポケットから、手帳を取り出しメモの書かれたページを捲って見せた。 「これ、どういう意味なの」 「実は、これ五十音を数字とアルファベットで表したもので、その意味は宇佐美享一という男の名前になるんだ」 「その男どういう男なんだ」 暫く無言だった弦太が、訊いた。 「宇佐美享一名義の預金通帳が、殺された川上の部屋で発見されたらしい」 「宇佐美享一。調べてみるか。これから事務所に来てくれ。桑原さんなら情報を持っているかもしれない」 「桑原さんか。そうだな」 「悪いな、真奈美。また今度」 俺は、サンドウィッチを食べ尽くすと、立ち上がった。弦太も残ったコーヒーを飲み干した。 弦太は、広域指定暴力団「風見組」の用心棒をしている。ただ、最近の風見組は暴力団というよりも、歌舞伎町の治安を守っているというような言い方が正しいだろう。三代目に当たる風見竜哉は、争いを嫌っているため暴力団という名前だけだ。俺と弦太はある事件をきっかけに風見竜哉と出会い、何かと協力してくれている。 桑原大地は、先代から風見組に仕えている男で、組長の竜哉の右腕だ。あらゆる歌舞伎町の情報は、桑原の下に集まる、と言っても過言ではないのだ。エルムの入っているこのビルも「第二風見ビル」の看板を掲げている。このビルから、2ブロック先の交差点の角に立つ「風見組総合ビル」が、実質的な風見組の本拠地と言える。俺は、弦太の後を追うような風に、ビルの3階へ上がって行った。「風見総合ビル」は、白い壁が印象的で美しい姿をしている。この街には不釣合いと言える。 3階には、社長室がある。その社長室へ続く廊下は長い。桑原は、今は外出中らしいが、すでに風見竜哉には、話は通じている。弦太が、社長室の扉をノックすると、程なく返事が返ってきた。 「弦太です」 「入りなさい」 風見のいる社長室は、20畳程の部屋でその窓際に彼専用の机がありほぼ中央には、応接セットが置かれている。社長室の窓からは、歌舞伎町の風景が一望できるようになっている。壁には、先代からかわらない「仁義」の文字が掲げられている。 「裕、話は聞いている。宇佐美享一について知れるだけのことを調べるよう桑原さんには、伝えるよ」 「ありがたいです」 風見竜哉の目は、暴力団の組長という看板を背負っていながら、温かみがあり、澄んでいる。桑原大地という男は、先代から、組を支えている。そのためか、風見よりも暴力団の匂いが強い男だ。彼が言うには、「三代目は甘い」だそうだ。たしかにそうかもしれない。弦太はそのまま事務所に残り、俺は帰宅することにした。
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