ミーナを出て、西の方角に200メートル程進んだところに、マリアが指定した喫茶店の「カルメン」があった。老朽化が著しいアパートの一階部分にある。道路に面した、南側に大きな窓があり、店内は、日の光が一杯に差し込んでいる。中の様子もよく見える。数人の客が入っている。スーツを着た、サラリーマンらしき男が、新聞を広げ読みながら、コーヒーを啜っている。 白髪をわざとらしく黒く染めた、初老のマスターがカウンターの向こう側から声を掛けた。30代後半といった位のウェイトレスが入り口の付近に立っていた。俺たちは、窓際の席に陣取り、座った。 「いらっしゃいませ。ご注文お決まりですか?」 たった一人のウェイトレスが、テーブルの上に水の入ったコップを三つ並べ訊いた。 「コーヒーで良かったですか?」 夏目が、確認するように訊いた。 「はい」 「コーヒー三つお願いします」 夏目に代わって、黒澤が答えた。 ちょうど、コーヒーが運ばれてきた時、マリアが到着した。マリアは、俺の隣に腰を掛け、恐らく顔見知りのウェイトレスに「私もコーヒーを」と言った。 「それで、何から話せばいいかしら」 マリアは、確認するように夏目と、俺の方を交互に顔を覗いた。 「早速ですが、ホテルの裏の非常階段から何者かが、走り去るのを目撃したということですが」 夏目が訊き、黒澤はその隣で手帳にメモを取るポーズをした。 「ええ、27日の・・・正確には28日の深夜1時頃ですが確かに走り去る人影を見ました。前にも言いましたけど、周りは、暗かったですから、男か女かはわかりません」 マリアは、思い出すように、確りと言葉にした。 「念のためお聞きしますが、どんな格好をしていたかも分からなかったのですよね」 「ええ、そうです。ただ・・・サングラスぐらいですね。それは、掛けているのを見ましたけど」 マリアはそこまで話すと、ウェイトレスが運んできたコーヒーを飲んだ。 そのあとも、夏目は、目撃された人物がどのような特徴があったか、訊ねた。15分程過ぎたときに、 「知っていることは、この位です。休み時間30分しかないのでもういいかしら」 時計で時間を確認し、言った。 「そうですか。どうも、お忙しい中有難うございました。何か思い出したことがありましたら、何時でもよろしいので、ご連絡下さい」 夏目が名刺を渡しながら、言った。 マリアは、立ち上がると伝票を持ち、レジの方へ歩き始めた。 「『ミーナ』のつけにしておいて」 そう言って、店から出て行った。 俺も夏目達と別れた。 家に着くと、夕方まで、少し睡眠を取った。目が覚めたのは、午後6時を廻っていた頃だ。数日振りに仕事へ出かけることにした。俺の仕事は、殴られ屋だ。客は、30分間ひたすら俺に向かって、拳を繰り出す。俺は、それを避けるだけだ。食事を軽く取り、部屋を後にした。いつも通りのポジションに陣取ると、『殴られ屋 30分5000円』と、書いた手作りの看板を出す。1時間も過ぎれば、サラリーマンや、学生、色々な人々が、集まるようになる。時計のアラームが鳴って、今日の仕事を終えることにした。時間は、午後11時になっていた。
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