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堕天使の街 作者:yasu

第3回   3

 警察から、連絡がきたのは二日後のことだった。
「聞き込みの結果、事件当夜、不審人物を目撃した、という情報を得ました。村月玲子、22歳。現場になった、ホテルの裏手にある「ミーナ」という、ストリップ劇場のダンサーの証言です。死亡推定時刻は、27日の午後11時から翌28日の深夜2時の間なのですが、深夜の1時頃、裏の非常階段から、走り去る人影を見た、ということです。残念ながら、その人物が男か女かまでは暗がりでしたので、判断できなかったそうです。これから、もう少し詳しい話を聞きに行くところですが、ご同行しませんか」
 夏目の意外とも言える申し出に俺は、正直とまどった。暫く考え答えた。
「はい。お願いします・・・。ホテルの部屋も見たいのですが、良いでしょうか」
「わかりました。では、 ニューオリエンタルホテル前に午後2時の待ち合わせで良いでしょうか」
 断られるか、とも思ったが、夏目はその申し出を承知した。受話器を置き、時計を見ると午前11時。約束したまで3時間はある。ベッドを兼ねたソファーに腰掛け、外の景色を眺めて見た。
時間が止め処なく進んでいることをこの街では、よく実感できる。例の数字とアルファベットの羅列を眺めていた。もう、何度目だろう。煙草を銜え、ライターで火を点けようとしたが、なかなか、点火しない。煙草を左手で、持ち替え引き出しの中からマッチを探した。「3A1C2G2B5H3A2D」手帳の暗号が、頭の中でグルグル回っている。ふと、昔何かの本で読んだ暗号について思い出した。そう、何て単純な暗号だったのだろう。五十音を数字とアルファベットで表しているのだ。すると、この暗号は「ウサミキヨウイチ?」つまり「ウサミキョウイチ」男の名前・・・。誰なのだろう。
 俺が、ニューオリエンタルホテルに着いたのは2時までまだ、15分もあった頃だった。新宿駅から、歩いて僅かに15分程の場所にある。中へ入ってみると、ビジネスホテルらしい、と言うよりも高級マンションのエントランスのように俺の目には映った。フロントには、きっちりとした、制服に身を包んだ従業員が、3人立ち、仕事をしている。そのうち、1人が受話器を取り、何やら話している。フロントの正面にエレベーターが2基設置されている。いかにも高級そうな、革張りの2,3人が掛けられるソファーが3つ並んでいる。俺はそれに腰を下ろし、煙草を取り出した。煙草を銜えそれに火を点けようとした時フロントにいた、ボーイが此方に歩み寄ってきた。
「申し訳ありませんが、此方のスペースは禁煙となっております。お煙草は、あちらの喫煙コーナーでお願いいたします」
 「一色」というネームプレートを付けたボーイが、エントランスの奥の方に手を伸ばしながら、言った。
「どうも、わかりました」
 立ち上がり、俺は促されるまま喫煙コーナーへ向かい歩き出した。一色もフロントへ帰ろうとしていた。少し考え、俺は、一色を呼び止めた。
「訊きたいことが、あるのですが」
「はい、何でしょうか」
歩みを止めた一色が、振り返った。
「27日、貴方は勤務に出ていましたか?」
「27日・・・。いえ、その日、私は休みでしたが、その日は事件のあった日ですよね。警察の方?」
 逆に一色から、質問が返ってきた。
「そうじゃありません。事件の被害者の男性の知り合いの者です」
 何故、息子だと正直に名乗らなかったのだろう。
「ああ、そうでしたか」
 一色は、一瞬言葉に詰まり言った。
「その日、勤務に出ていた方は今いらっしゃいますか?」
「27日でしたら、梶が勤務に出ているはずです。フロントにいる彼がそうですが」
 一色が手で指した先には、中年の小太りの男がいた。
「呼んできましょうか」
 一色が訊いた。
「いえ、結構です」
 俺は、フロントの方へ歩き出した。
 一色は、俺の後に続いた。
「梶さんですか?」
「はい、そうですが。何か」
 中年のその男が頷きながら答えた。鷲っ鼻が目立つ。
「例の事件があった日、被害者の戸升宗一を誰か訪ねて来ませんでしたか」
「刑事さんですか。先日お話した通り、誰も訪ねてはいません」
 刑事か?と訊かれて俺は、慌てて否定した。 
「此方の方は、被害者のお知り合いの方だそうです」
 隣で様子を窺っていた、一色が梶に対して簡単な説明をした。
「フロントによっていないだけで、部屋に直接出向いたということは」
「刑事さんにも説明しましたが、そこまでは正直わかりません。たしか、事件の日には、外から泊まりのお客様の部屋へ訪ねていらした方は5人いましたが、そのうち2人が、フロントへ部屋番号の確認にいらっしゃいました」
 梶は、その夜のことを淡々と説明した。

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Novel Editor