弦太は、未だ起き上がることが出来なくなっていた。 「女を殺せ」 倒れたままの永峰が、大柄な男に指示した。俺の居る場所からも二人が感じている恐怖感が伝わるような思いがした。男が梓の眉間辺りに拳銃を突きつけた。永峰も武本も倒れているのを知り、俺は二人の方へ全力で駆け出し男に体当たりした。男は、少しよろめいたが、バランスを崩すことはなくその場に踏みとどまった。だが、拳銃を遠くへ弾き飛ばすことには、成功した。男の右の拳が俺の肩に当たり、痛みが走った。左から来る拳をどうにか、かわすことに成功した。俺は、思いっきり男の顔面目掛けて拳を繰り出したが、男には余り効き目があるようには、見えなかった。 俺は、男に首を掴まれ2メートル程投げ飛ばされた。ダンボールが積み込まれた倉庫の端の方へ飛び、ダンボールが崩れ落ちてきた。男が近づいたことに気付き、俺は立ち上がると男の肩を壁にぶつけた。今度は効き目があったようだった。 弦太は、痛みを堪えながら立ち上がったが、同時に武本も立ち上がった。永峰は、足のダメージが強く未だ立ち上がることは出来ずにいた。 咄嗟に弦太が、ホルスターからH&Kを抜き、武本の腰の辺り目掛け発砲した。再び武本がその場に倒れこんだ。 永峰が、這いずるように弦太の方へ進み始めた時、一発の銃声が響いた。音の方を振り返ると一人の男が先ほど飛んだ茶髪の男のM36を掲げていた。
最悪なことに俺の勘は当たっていた。弦太には、何故この男が居るのか理解できない様子で、男の顔を見ていた。 「マスター」 弦太が市井の方を見て言った。 「市井泰三、いや海崎要一、それとも宇佐美享一か。どれがあんたの本当の名前だ」 俺は市井に訊いたが何も答えようとしなかった。 「何故、俺だと判った」 逆に市井から質問が返ってきた。 「首の後ろの火傷痕。それを知ったときあんたの顔が何より先に浮かび上がった。疑いたくはなかったが」 俺が答えると弦太が、 「裕、まさか」 と信じられないと言いたげな声だった。 俺は弦太と市井、いや海崎というこの男の二人を交互に見た。 「顔は整形手術でどうにでもなる。だが、火傷痕は無理だったようだな。それに、指紋も」 海崎の顔が笑っているように見えた。 「親父を殺した理由は」 俺は、市井に訊いた。 「あの男は邪魔だった。今になり金が必要になったから貸してくれ、などと言ってきた。それに、俺の周りはウロウロされては困るからな。金を渡すと言ってホテルに呼び出し、川上に殺させた。その後、用済みの川上も殺したのさ」 「俺の親父だと知っていて殺したのか」 「いや、お前が、親父が死んだという話をしただろう。それで、初めて知った」 海崎は倒れている武本に近づいた。武本は、海崎の顔に対し、恐怖で一杯になっていた。海崎は、武本の頭の辺りを力の限りに蹴り上げた。続いて、足で身体を自分の方へ向かせた。 「へましたな」 海崎は短く言った。 「すまない、しかし・・・」 武本は、言葉の途中で海崎に胸を撃ち抜かれた。 「言い訳はなしだ」 俺も弦太も、この男の真の部分を間近で見てしまった。 「仲間を簡単に殺すのか」 弦太が言った。 「仲間じゃないさ。利用できるものは利用する。それが、俺のやり方だ」 「篠崎温子を2年前にひき逃げで殺そうとしたのは」 俺は訊いた。 「安心しろ。お前の親父は何もしてないぞ。俺が命じて柴田にやらせた」 「口封じに柴田を殺したのか」 「そうだ」 「この二人は」 俺は武本とすでに虫の息となっている永峰を見た。武本も何も言えない状態だった。 「永峰は借金で首が廻らなくなっていた。金のことをちらつかせたら簡単に協力すると言った。札幌でお前たちを犯人に仕立て上げようとこの男が提案したが、無理だった。武本は、ヘヴンを精製するための組の資金が必要だった。丁度、柴田がヘヴンを外に持ち出していて、上から始末するよう命令が出ていたからな。俺が、北海道まで行って奴の息の根を止めた」
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