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堕天使の街 作者:yasu

第23回   23
「一体どうなった」
 俺が、此処へ来るのを待ち構えていたかのように直ぐに弦太が訊いてきた。
「色々判ったことがあったぞ。だが、核心部分がまだ見えてこない」
 と、俺は言った。
 市井の方へ何気なく目を移すと、何も言わずにコーヒーを二杯用意していた。
 梓は、差し出されたコーヒーを口に運び、それを啜っていた。
「それはそうと、その美人は誰だい」
 弦太が思いも寄らぬ質問をした。桑原からは、何も聞いていないようだ。
「探偵をしている中島梓さんだ。桑原さんの知り合いだそうだ。お前、聞いていないのか」
 俺は、今までの事情を説明した。勿論、札幌のあの夜のことは言っていない。

 俺の頭の中に途轍もない考えが浮かんできてしまった。それは、エルムを出て梓を彼女のマンションへ送り、自宅へ戻った時だった。俺は、あえて市井と会話をしようとしなかった。「まさか」という思いが強いからだが、それでも会話が出来なかった。そのことを市井も何も指摘しなかった。
 夏目が言っていた海崎の特徴、首の後ろの火傷跡。身近に一人いる・・・。そんなはずはない、そうであって欲しくない。前者の思いの方が当然強い。だが・・・そんな思いの堂々巡りが暫く続いた。決して疑ってはならない人物の顔。
 受話器を取ると、新宿中央署へ連絡した。
「夏目さん。お願いがあります。明日、そちらへお伺いします」
「どうしましたか。突然」
 その声は、俺の申し出に驚いていたが、当然の反応である。電話口で、簡単な説明をした。夏目は、まだ少し事情が飲み込めていないような反応だった。
 翌日、約束通り俺は昼1時に夏目を訪ね、新宿中央署へ足を向けた。出来ることなら早めがよかったのだが、「捜査会議などで忙しいため、この時間にしてくれ」という夏目からの申し出だった。
 応接室には、夏目と黒澤、そしてもう一人が待っていた。
「鑑識課の久遠です。似顔絵ということですが」
 久遠と名乗ったその刑事が言った。
「はい、必ず三件の殺人事件に繋がることになると思います」
 俺は、札幌で会ったあの男のことがどうしても気になっていた。一瞬のすれ違いだったはずなのに、脳裏にしっかりと焼き付いている。
 三人とも、俺のその自信に少し呆れているようにも見えたが、俺はそんなこと一向に構わないと思った。見ると、久遠がスケッチブックを用意している。
「額はもう少し広く、頬の辺りは痩せていました。目はもっと切れ長です。輪郭はもっと面長にして下さい・・・」
 こんなやりとりが、20分ほど続いた。こんなにも正確に頭にあの男の顔が残っていたのは、自分でも信じられなかった。
「どうですか」
 久遠が完成した似顔絵を見せ、訊いた。
「はい、完璧と言えます」
 久遠が、似顔絵を夏目に手渡した。黒澤も横から覗き込んだ。
 この男は、確かに柴田が殺されたあの駐車場から出てきた。単なる利用者という印象ではなかった。そう、今思えばのことだ。
「とりあえず、札幌の警察へファックスを送ってみます。何か反応があるかですがね」
 黒澤は、夏目から似顔絵を受け取ると隣の刑事部屋へ移動した。30分で、返事が戻ってきた。
「警部、似顔絵の男は柴田と同じ加瀬組の構成員です。ただし、こっちの方は柴田とは違い、幹部クラスの男です。名前は武本将成、年齢41歳です」
 加瀬組の幹部・・・。正直そこまで考えていなかった。では、あの柴田が所持していたという「ヘヴン」の意味とは。もしかすると、あの二人を差し向けたのも加瀬組なのか。

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Novel Editor