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堕天使の街 作者:yasu

第20回   20
 翌日は、昨夜の眠りが深かったためかいつもよりも早くに目が覚めた。窓を開け、外を眺めると眩しすぎる日差しが差し込んできた。思わず俺は、目を細め、その先にある見慣れた新宿の街を眺めた。窓際に立ったままで、煙草に手を伸ばしそれを銜えた。火を点けた煙草を大きく吸い込んだ。煙が風に靡いてゆらゆらとなり、真っ直ぐ上には上がらなかった。
テレビのスイッチを入れ、玄関を出ると、一階まで階段で下りポストから朝刊を引き抜いた。部屋に戻り、新聞を広げた。事件について書かれた記事を見たが内容は、「進展がない」というものだった。テレビのニュースでもやはり同じようなことしか言われていなかった。それどころか、日に日に事件の報道に割く時間は少なくなってきていた。次々と新たな事件が発生し、すでに親父の事件は過去のものとなっているようだ。
突然の電話は、梓からのものだった。篠崎温子の病院へ行くなら、同行したいと言うのだ。俺は、これ以上巻き込めないと思い断ったが、それでも一緒に行くことを強く望んだので、承諾した。11時頃に、梓のマンションに向かえに行くと言うと、今日は事務所に来て欲しいと言ったので、梓の探偵事務所へ行くことになった。
「中島秋生探偵事務所」の看板が掲げられたその場所は、同じ新宿内にありながら俺は、長らく知ることがなかった。看板に書かれている中島秋生の名前は、恐らく彼女の父の名なのだろう。亡くなった父親の後を継ぎ探偵になったと梓が、札幌で言っていたのを思い出した。その建物は、一階に床屋が入っており、その上が梓の探偵事務所となっている。
床屋の回転塔が目立つ。その直ぐ近くにドアの付いた階段があった。ドアのところにも「中島秋生探偵事務所」の文字がある。階段を上がると、そこは思いのほか暗がりとなっていた。直ぐに、入り口と思われる扉が目に飛び込んできた。ノックをすると、程なくして梓の返事が聞こえてきた。梓は、札幌の時と変わらない表情をして俺を迎え入れた。
部屋の中には、処狭しと本が山のように積み上げられている。壁前面に本棚があり、その中は、びっしりと本で埋まっている。その本棚にも入りきらない本が床や机の上に積まれているのだ。何やら難しい内容の本が多く見受けられる。法律に関係する本や、外国人作家の全集、他にも科学関連の本がある。
「全部君のかい」
 俺は、梓に訊いた。
「いいえ。全部父の本よ。父は、読書が趣味だったから。この本は形見よ。これ位しか形見と呼べる物は、残っていなくて。だから、どうしても捨てられないの」
 梓は、しっかりと俺の方を見据えて答えた。
「行こうか」
 俺は、梓の話に耳を傾けながら、彼女が着替えの済んだことを確認し、声をかけた。梓も頷いた。

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Novel Editor