札幌中央署の三階、階段を上った正面の廊下を真っ直ぐあるいていくと殺人課がある。俺と梓は、その隣にある別々の取調室で数時間に渡り様々な事を訊かれた。時間が虚しく過ぎていく。俺は、永峰という刑事に取り調べを受けていた。 「此処に来た目的は何だ」 永峰は、俺をこの事件の関係者と睨んでいるようだ。関係あると言えば関係あるのかも知れないが、そんなことを此処で口走ってしまっては、よけいややこしくなる。そう思い、俺は、口を閉ざしていた。 「ただの観光です。たまたま、事件があった駐車場が見えたので興味本意で見に行っただけです」 はたして、この永峰という刑事は俺の言うことをどこまで信じているのだろう。もしかしたら、全く信じていないかもしれない。取り調べが始まり恐らく3時間程過ぎた頃、永峰が口を開いた。 「判った。今日は帰ってもいいだろう。だが、俺はお前の事件との関係は必ずあると思っているぞ」部屋を出ると、取調室の奥にある「DRINK ROOM」と書かれた部屋に置かれた長いすに腰掛けていた。訊くと、俺より30分程早く取り調べを終えたという。
「一体どうなっているのかしら」 梓が俺に缶コーヒーを渡しながら言った。 「俺にも判らない。少なくともあの永峰という刑事は俺のことは疑っているようだ」 俺は、今日のことを新宿中央署の夏目警部に連絡することにした。梓の取り調べを担当していた、永峰より年長の藤井という刑事に無理を言い、電話を掛けた。藤井は、永峰と対照的ながっちりした体つきをしており、黒い縁の眼鏡を掛けている。 永峰が、電話で話す俺の方を見ていた。 「夏目さん、実はお願いがあるのですが」 俺が、事情を説明すると札幌にいることに驚いたが、「担当者に代わってくれ」と言ったので、藤井に受話器を渡した。数分間話し込み、藤井が再び俺に受話器を渡した。 「戸升さん、こういうことはもっと早めに連絡下さい。お願いしますよ」 夏目のあきれた、と言わんばかりの声が聞こえてきた。 「判りました。どうも」 俺は、そう言って受話器を置いた。 「永峰、新宿中央署の夏目さんが言っていた。此方の二人には、柴田殺しに関しては、東京にいた、という完璧なアリバイがある。疑うだけ時間の無駄だったな」 藤井が永峰の方を向いて言った。だが、永峰はどこか納得いかないというような表情をしている。 時間を確認すると、午後2時となっていた。外へ出ると、昼食をすることにした。永い時間の拘束に二人とも疲れきっていた。警察署の直ぐ近くにファーストフードの店が見えたので、其処に入ろうと、梓が提案したので俺も従った。雨は、降り続いていたが、歩き始め、店に着いた頃には止んでいた。 店の中は、混んでおり、レジまで暫く並んだ。メニューを見、注文を済ませると俺は、梓に席をとっておいてくれ、と指示した。二階の窓側の席に座っている梓を見つけた俺は、彼女の隣に座り、窓の外の札幌の街並みを眺めた。 「朝、桑原さんから連絡があったのだけれど、篠崎温子の今の居所が判ったらしい。俺は、これから会いに行って来る」 梓の横顔を眺めながら言った。 「それで、何処にいるの」 梓が訊いた。 「東京の病院だ。入院しているそうだ。今は、車椅子での生活らしい」 「じゃあ、貴方のお父さんや他の二人を殺すことは、無理なのね」 梓が、俺の気持ちと同じことを言った。 「そうだな。こうなると宇佐美享一が容疑者と考えるのがいいだろうな」 「東京へ戻るのね」 梓が訊いた。 「ああ、そのつもりだ。あの、永峰という刑事も俺たちのことを諦めていると思うからその点は問題ないだろうな」 俺は、梓の質問に答えた。
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