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堕天使の街 作者:yasu

第14回   14
 俺たちは、大通り公園近くにあるビジネスホテル「札幌ニュープリンス」に宿泊することにした。フロントで、二部屋取ろうとしたが、フロント係が「ダブルの部屋しか空いていない」と言った。俺は、梓に他にホテルを探そうかと提案したが、彼女がそれでも全く構わないと言ったので、其の部屋に泊まることにした。梓は、俺と同じ部屋に泊まることを然程気にする様子は見せなかった。
すすきのの暴力団員殺人事件のニュースの続報が、丁度テレビのスイッチを入れたところで流れていた。ニュースキャスターが、これまでの詳しい事件の背後関係などのテレビ局の取材から判明したことを話していた。俺は、新型麻薬「ヘヴン」が、1年ほど前から、突然札幌を中心に出回り始めていたことを其のニュースの内容から知った。殺された柴田という男は、暴力団「加瀬組」構成員として報道されていたが、実際のところ幹部どころか下っ端の下っ端なのだ。そのため、他の暴力団が「加瀬組」に圧力を掛けるために殺したとは、考えにくかった。そんな時に親父との関係があった男・川上篤志が殺された現場に残された第三の指紋が、柴田が殺害された現場にも残っていた。何も繋がりがないと考える方が無理である。確か、8年前の銀行強盗の犯行グループは、5人だった。犯人は、宇佐美享一、いや本名は海崎要一、俺の親父、つまり戸升宗一、篠崎温子、川上篤志、そして、5人目が今回殺された柴田朋宏という可能性が出てきた。犯人は、海崎か篠崎。このどちらかが親父を殺した・・・・。
 犯行動機は、何か。一番考えられることは強奪した金を巡るトラブル。そうでなければ、痴情の縺れ、だが今回の場合は金のトラブルが当てはまるだろう。
 テレビのスイッチを切り、電話の受話器を取ると、フロントに繋がった。俺は、係の男に東京への外線電話を掛けたい、と申し出た。俺が、電話を掛けた先は、桑原だ。梓を札幌まで寄越してくれたことの礼を言うつもりでいたが、外出中と言われたので、伝言と其のついでにあることを調べておいて欲しいと頼み、宿泊しているホテルと部屋番号を伝えた。受話器を置き時計の方に目を向けると、針は、午後9時20分を差していた。丁度数分前にシャワーに入った梓が、バスタオル一枚だけの姿で部屋に入ってきた。俺は思わず、顔を伏せ煙草を銜えて冷静を装った。其れに比べ、梓は全くと言っても良いほどに気にする様子は見せなかった。
俺は、二つあるうちの窓側のベッドに腰掛けていたが、梓は何の躊躇もなく、俺の隣に座った。思わず、梓の顔をじっと見つめてしまった。煙草を灰皿に置くと、梓に訊いた。
「あんたは、何故こんな面倒な仕事を引き受けた。桑原さんに借りでもあるのか」
 初めに訊いた時は、梓は何も答えようとしなかったので、もう一度改めてその理由が知りたかった。
「ええ、まあ。借りと言うか色々お世話になっていますから。実は、本職は探偵なの。父の後を継いだのですよ。父は、私が小さい時に亡くなって、それから桑原さんのところで暮らしていたの。だから、桑原さんに頼まれたと言うよりも私の方からこの仕事を受けたいと言い出したの」
 梓は、俺の顔を見ずに話をした。
「私も同じです。小さい頃にお父さんを亡くして、寂しい思いをしました。でも、貴方みたいにお父さんが死んだことを小さい時に知ったので、少しは良かったのかな」
 俺は、ただ、梓の話に耳を傾け続けた。
 突然梓が、俺の身体を抱き締めた。梓が俺と同じような思いを子ども時代にしたという事実は、それ程俺を、動揺させたわけではなかった。しかし、心の片隅の方で誰かに慰めて欲しい、と思ったのかもしれない。俺は、梓を抱き締め返し、梓の唇に軽く口付けをした。
 俺は、ベッドに横になると、梓と身体を重ね合わせた。たった、一夜の関係になるとお互いに知っていたが、それでもそうせずにはいられない、という感情が二人に湧き上がっていた。梓が、どのような思いで俺と身体を重ね合ったのかは、俺には、正直それ程重要な問題ではなかったのかもしれない。服を纏っている時は、目立たなかったが、梓の美しいその乳房が俺の目に映った。札幌の夜に雨が降り始めた。永い夜だ。俺と、梓にとって最初で最後の夜となるのだろう。

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Novel Editor