17時4分発、札幌駅行き、エアポート171号。俺は、この列車に乗るため煙草を灰皿へ入れると、ホームへ向かって歩いた。飛行機と違い、列車は定刻通りに新千歳空港に到着したようだった。札幌駅地到着予定は、17時40分だ。ホームへ着くと丁度改札の最中だった。切符を買い、席に着いた。中は、殆どが空席状態となっていた。出発する数分前になり、一人の女が駆け込んできた。女は、なんの躊躇もなく俺の隣の席に着いた。何気なく女の顔を見ると、俺には全く見覚えがない顔だが、女の方はそれを気にする様子もない。 「何処かで会いましたか」 俺が女に訊くと、女は少し笑みを浮かべた。 「中島梓といいます。実は、桑原さんに言われて貴方の札幌での行動を手助けして欲しいと」 梓は、それだけ言うと俺の顔を見つめなおした。 「桑原さんが。でも、何故あんたは引き受けた。こんな面倒な仕事を」 俺の素直な感想だ。だが、梓は何も言わなかった。
エアポート171号は、定刻通りに札幌駅に着いた。17時40分である。これから、何処へ行って何を調べるべきか俺には、何の見当もつかないまま、親父が15年前に此処に来ていたというだけで、訪れたのだ。少し、考えが甘かったかもしれない。 「桑原さんが色々調べておいてくれていたのだけれど、貴方のお父さんが15年前に、貴方を置いて消えてしまった時に一緒にいた女性はたしか篠崎温子ですよね」 突然の梓の質問に俺は戸惑ってしまった。 「ああ、確かに親父はあの女のことを『温子』と呼んでいたよ。それがどうした」 俺は、梓の方を振り向いた。歩きながら話をしていたが、俺の方が1歩先を行く形になっていた。 「すすきのにある『京』という居酒屋で8年前に此処に来てから半年程働いていたことがあるらしいの。だからね、其処に行けば手掛かりがあるかもしれないわ」 梓がふっと、笑顔になって見せた。 俺と梓は、タクシーを使いその場所へ向かった。決して立派な造りとは言えないその建物が「居酒屋・京」だ。恐らく8年前から、いやもっと前から変わらずにあるのだろう。然程目立たない看板を掲げている。暖簾は出ておらずまだ準備中のようだ。それでも、俺は構わずに中へ入った。 「お客さん御免なさい。まだ準備中で」 和服を着た、品のよさそうな女が言った。この店の女将のようだ。 「客ってわけじゃなくて」 俺が言うと、女の顔が一瞬曇った。が、すぐに営業用の笑顔を見せた 「篠崎温子、それと戸升宗一って二人のこと知っていますよね」 俺が訊くと、 「温子は8年くらい前にこの店で働いていたわ。戸升さんは、温子の恋人だったかしら」 と、思い出すように答えた。 「あなた、誰」 女将が言った。 「戸升裕と言います。戸升宗一は俺の親父です」 俺は、素直に正体を明かした。下手に隠しても後々面倒が増えるだけだと思ったからだ。 「そう・・・」 女将は、それだけ言うと、 「殺されたってニュース見たわ。それで、何か私に聞きたかったのでしょ」 と、俺の気持ちを当てて見せた。 「半年間だけ働いていたって聞きましたけど、其の後何処に行ったかわかりますかね」 「さあね、でもかなり借金があるらしかったわ。此処にも借金取りが押しかけたことがあったわ。それで、温子もいい娘だったのだけど辞めてもらったの・・・・あっ、そうそう、お客さんで確か宇佐美さんと言ったかしら、その人が割りの良い仕事を紹介してくれたって此処に連絡があったわ」 まさか、こんな処で宇佐美の名が出てくるとは以外だった。8年前にすでに3人は出会っていたようだ。 「仕事の内容については聞いていないのですか」 俺が訊くと女将はすんなり答えた。 「ええ、そこまでは聞いてないわ」 其の言葉に俺と梓は、顔を見合わせ暫く黙っていた。俺たちは、女将に礼を言い、「京」を後にした。店から、大通りまで歩いた。 途中で、食事をしようということになり、近くのラーメン屋へ入ることにした。二人とも、本場の札幌ラーメンを口にするのは、これが、初めてになる。俺は、味噌味を注文し、梓は、塩味を注文した。予想以上の味に一時の安らぎを覚えたような気がした。食事を終え、店を出ると、歩きながら、俺は考えていた。此処まで来たのは良いが、結局親父たちの足取りは、消えてしまった。唯一、宇佐美の中ではもう、この時から親父たちを横浜で起きた事件に引っ張り込むつもりでいたのだろうか。
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