そのまま、「エルム」へ向かった俺は、再びあの日と同じ尾行の影に気付いた。サングラス、茶色い逆立てた髪、今日は、スカジャンを着ている。同一人物だ。一体誰の差し金だろう。何のための尾行だろう。いつから尾行されていたのだろう。疑問が山積みだ。やつは、前回の尾行の失敗から教訓を受けたのか、かなり慎重だ。横浜から、新宿までは地下鉄を使うのが恐らく一番尾行を撒きやすいだろう。俺は、迷わず駅に向かった。途中で、あの男を捕まえようか、そんな考えも浮かんだが、敵の正体を知らずに迂闊に動くことほど危険だ、と咄嗟に思い尾行を撒くことにした。尾行を撒くために老朽化が進んだ一つのビルの陰へ駆け込んだが、それが逆に俺の運命を大きく動かすことになってしまった。仲間がいたのだ。尾行していた男より大柄だ。サングラスを掛け、革のジャンパーを着ている。身体をぐっと押され、肩が壁にぶつかり一瞬の痛みが走った。尾行していた男も蹲った俺の前に立ち塞がった。 「あんたら、何者だ」 大柄な方が、俺の方を睨みつけた。 「そんなことは、どうだっていい。これ以上下手に首を突っ込むと命はない」 尾行をしていた、少し小柄な方が、隠し持っていた拳銃をこめかみ辺りに押し当てた。ガチッと撃鉄をひき、シリンダーの廻る音が聞こえた。銃口が光るのが見えた。5連発のM36だ。俺が、軽く頷くと男たちは立ち去った。
何やら、巨大な組織が背後で動いている。親父が殺されたことと明らかに関連がある二つの事件。俺は、札幌へ行かなければならない、と強く心に思った。すぐに、家へ舞い戻ると旅支度を素早く始めた。と、言っても出来るだけ身軽になるように小さなボストンバッグに数日分の着替えなどをつめこんだだけだった。身近な人物、一人ぐらいには連絡しておこうと市井に札幌行きを伝えた。 俺が、乗ることにしたのは、15:00羽田発JAS115便、新千歳到着予定は16:30。僅かに1時間半の旅だ。これ程にまで二つの都市の時間的な距離は縮まったのである。 機内でも、あの恐怖心が残っていたのか、周りに尾行者がいないのかじっくりと眺めていたが、その心配はないようだった。客室乗務員が「お飲み物は」と訊いたのでブラックコーヒーを注文した。短い眠りならば、その前にコーヒーを一杯飲めば目覚めがよくなると訊いたのを思い出した。コーヒーを飲み干すと、1時間の仮眠を取るのが賢明だと思ったのだ。ここ数日間は、あまりぐっすりと寝付いた記憶はない。
新千歳空港へ到着したのは、予定時刻より遅れて16時43分だった。札幌までの行き方を空港のフロントで聞くと、17時4分発の札幌駅へ向かって走るエアポート171号の存在を教えてくれた。20分程暇がある。俺は、昼飯も食っていなかったことを思い出し、空港のロビーにあるレストランに入ると、軽く済ませるつもりで、サンドウィッチのセットと、アイスティーを注文した。7分ばかりで注文した品が運ばれてきた。ハムサンド、卵サンド、野菜サンド、かつサンドのセットだ。アイスティーにガムシロップを注ぎ一口飲んだ。 次は、野菜サンドを口に運び食べ尽くした。ウェイターに喫煙が大丈夫であるかと確認すると全席禁煙で、外にある喫煙室を使用するよう言われたので、出しかけた煙草を内ポケットへ戻した。続いて、かつサンド、ハムサンドを食いアイスティーで飲み込むようなかたちになった。卵サンドを口の中へ押し込むと残りのアイスティーも飲み干した。そそくさと席を立つと、伝票を手に取り会計へ向かった。 ウェイターの話によると、ロビーの一番奥が喫煙室になっているという。俺は、場所を探して歩き始めた。喫煙スペースと書かれた札が立ち、ちょっとした囲いになっている。数人の使用者が椅子に座り、煙草を吸っていた。 俺は、其処へ入り込むと煙草を銜えそれに火を点けた。一息吐き、横浜で俺を尾行し、襲った男たちのことを考えた。何者なのか、裏に大きな組織が付いているのか、それともフリーで雇われたただの街のチンピラなのか、だとすれば雇ったのは誰なのか・・・そもそもただのチンピラがM36など手に入れることは可能なのだろうか。日本でチンピラ連中の間で流通しているのはその殆どが、ロシアや香港からの密輸トカチェフやそうでなければ、モデルガンの改造拳銃だと聞いたことがある。それに、あの新宿では風見組が殆どの場所に目を光らせている。だから、あの男たちは新宿では襲わず横浜で襲ったのだ。ふと、もう一つ疑問が生まれた。あの男たちが言っていたのは、俺が、親父が殺された事件を調べるのを止めさせるための言葉だったのか。
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