小峰さおりは現在では、57歳になっているはずだ。海を見下ろすことが出来る小高い丘の上に「太陽学園」がある。俺が、此処へ来た時は、17名の子供たちが暮らしていた。太陽学園はけして裕福とは言えず、あの頃は、学園の出身であった熊谷と言う男が多額の寄付をしていてその金でどうにか成り立っていたようだ。学園の校庭から、元気に遊ぶ子供たちの声が響いてきた。あまりの懐かしさに思わず顔がほころんだ。門をすり抜け中へ入ろうとした時一人の女が声を掛けてきた。 「何か御用ですか」 どこかで聞き覚えのある声だった。振り返ると其処に立っているのはマリア・・・村月玲子だった。意外な所で再会した。 「あなた、確か刑事さんたちと来た人」 「なぜ、こんなところに」 俺は、玲子にそのものズバリの質問を投げかけた。 「ボランティアです。今日は土曜日ですから仕事も午後からで・・・そういう日は来るようにしているの。ここの園長にはお世話になりましたから。そういう貴方こそどんな用事かしら」 まるで皮肉のような口調だ。 「世話になったって・・・あんたここの出身かい」 「そうじゃないけど、それよりまだ質問の答え聞いてないわ」 明らかに彼女の表情が怒っているように俺の目には映った。 「ああ、俺は此処の出身でな・・・園長にどうしても聞きたいことがあったからね。こうして尋ねてきたのさ。中はいってもいいかい」 玲子は暫く口を開こうとしなかった。初対面ではないといえ、たった一度会っただけの男の話を真に受けるべきか、そんな考えが彼女の頭のなかを巡っているのかもしれない。 「園長先生に聞いてきます」 玲子が俺に背を向け歩き出した時懐かしい声が聞こえた。 「裕君お久しぶりね。元気だった」 其処には、すっかり老けたように見える小峰さおりが立っていた。 「園長先生、どうも。実は聞きたいことがあって」 小峰さおりのその笑顔は、あの頃と全く変わらず優しさに満ち溢れていた。 「どうぞ、とりあえず園長室へ」 園長は、俺を引き連れるように建物の中へ進んだ。太陽学園は、すっかり老朽化が進み、それでもあのころの面影も見え隠れしていた。建物へ入る直前、振り返り玲子の方を見ると、子供たちが「遊ぼう、遊ぼう」という風に近寄ってきていた。
「お父さんのこと、ニュースで見たわ。折角会えたのにね」 園長が俺にソファーに座るよう促し口を開けた。 「親父が俺を此処へ連れてきた後なのですが、何か連絡みたいなことってありましたか」 俺は、園長に問いかけた。 「そうね、一回だけあったわ。たしか、8年くらい前になるかしら。私ね、何処にいるのか聞いたの。そしたら、札幌にいるって、それだけで直ぐに電話は切れたの」 園長は、一言一言を思い出すように話した。何せ8年も前のことなのだから。 「札幌ですか・・・。それだけでしたか」 「ええ、それとあなたのことをよろしくって・・・それだけよ」 また、考えた表情を作り、核心ありげに答えた。 「分かりました。また、そのうち来ます」 俺は、席を立ち部屋を出て行った。 「じゃあね。元気で・・・。弦太君や真奈美ちゃんにもたまには顔出すように言っておいてね」 「ええ、それじゃあ」
出口の方へ向かって歩く俺を玲子が引きとめた。 「ねえ、お父さんのことと此処に来たことに何か関係あるの」 思いもよらない質問だった。 「まあな。でも、それはあんたには無関係じゃないのか」 俺は、振り向かずに歩き出した。後ろで、玲子が此方をきっと睨んでいる表情が想像できた。
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