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笑顔の訳 作者:たかとよし

第2回   第二章
正直ショックだった。臨時教師ではなく、生徒だったのだ。まるでものが普通に見えるように、
会話してる時もちゃんと目を見て話すのに・・・それは先入観が先に来たものだった。
俺は目が見えない人は外観ですぐ分かるものだと思っていた。少し見当違いの所を見て、
目の玉が動かないなどの偏見があったのだ。立木さんはその偏見をもののみごとに打ち砕いた。
もうその後は俺の興味爆発、ずっと彼女としゃべりっぱなし。

立木雪、18歳。中学1年の時に先天的の病気が発病し、視力が急激に低下。
中学2年の夏休み前に完全に視力を失う。詳しい病名は知らないが100万人に一人の割合で発症する難病だった。
現段階では日本に治療法はなく、ただただ病に身を預けるしかないらしい。
今の所進行はしていなくて安定してるらしい。でも、進行が始まると目の筋肉が活動を止め、
いずれ体中の筋肉が活動しなくなるらしい。心臓や肺でさえも。発症する最初の場所は人それぞれなんだそうだ。
こんなとんでもない話しを立木さんは笑って話ししていた。聞けばやっぱりある程度コンプレックスがあるらしく、
会話している人の口元を見る心がけをしてるらしい。
なるほど、見れば見るほど目が見えないなんて感じさせない。
しかし完全には視力を失わないらしい。明るい、暗いはわかるそうだ。
ただ、眼球の中の筋肉はもうだめらしく、色、形はまったくわからないらしい。
失明した人たちの情報収集の一つである点字は嫌いらしい。わけがわからないと笑っていたが、
たぶんそれも目が見えない事を他人に知られたくないコンプレックスから来てるのだろう。
すっかり俺は立木さんに興味を抱いてしまった。それは目が見えないことに対してではなく、
そんなハンデを笑いながら話すことの出来る性格に対してだった。
でもどこか影があり、強がってるようにも見えたが。
やがて終わりの会になり、さっそく立木さんの話題を提案した。
「立木さんが不便なくここでの活動を支援するにはどうすればいいか」
するとやはり建設的でない子たちが叫んだり歌を歌ったりする中、章太が
「手すりを壁一面につけたらいいんじゃない?」
といい、最終的にその意見が通り、明日からその作業をしようという事になった。
帰りになりどうしても彼女に対しての興味から逃れられなくなった俺は、
立木さんの家までついていって話す事にした。
その日は車が多く、1週間以上も雨が降っていないせいもあり空気が少し濃く、
薄く靄がかかったようになっていた。
杖を左右に振りながら、しっかり前を見て歩いている所をみたら、
もしこの杖がなければ本当に目が見えないなんて気付かないだろうと思った。
学校から歩いて30分くらいの所に少し大きめの2階建ての家が彼女の家だった。
赤いレンガ造りの一戸建ての、裏に庭が少しある立派な家だった。
話しを聞いてると家庭環境がすごく俺の所と似てる事を知った。父親がアルコール好きで、
それがもとで小学生の時に親が離婚したが、彼女の発病がきっかけでまた一緒に暮らしてるという。
今は父親もアルコールを断ち、今は仲良くしてるらしい。家の前に着いたとき
「あがっていく?」
といわれ、じゃあ少しだけ、といい玄関をくぐった。彼女の母親が玄関にいた。
一目見ただけでやさしそうだとわかる雰囲気を醸し出していて好感の持てる人だった。
「あの学校の臨時教師さん、年下だけど」
といいながらくすくす笑った。
「じゃあ、お世話になってるんだね、これからもよろしくお願いしますね。
どうしても一人で行くって聞かないものだから少し心配で・・助かります」
と深々とお辞儀をして言った。
「ささ、あがってあがって」
という彼女について行き彼女の部屋に着いた。彼女の部屋は女の子の部屋というより、
きれいずきの男の部屋という感じ。アルミのパイプベットにテレビ、ステレオ、タンスだけだった。
ポスターや、ぬいぐるみ一つない部屋だった。
「かざってもしかたないでしょ、見えないんだから」
とやっぱり笑いながらいった。しばらく話しをしてから俺は家に戻った。
家に戻ってからしばらく、彼女の事を考えていた。目が見えない事と、
気持ちが沈むこととを分けて考えるようになったと言った一言を考えながら、
強いよな、俺ならそんな気持ちになれるかな、などと考えていた。

次の日もよく晴れていて、前にいつ雨が降ったのかわからなくなるような天気で、
すこし懐かしさと死を感じさせるような生暖かい風が建物の間を通り抜け、俺の側を駆け抜けていった。
やはりその日も高校にはいかずに、その教室に行き、
立木さんの為にみんなで手すりを付けるためホームセンターに行った。
材料を買い、教室に戻り、みんなで取り付ける作業にかかった。その日、
いつのまにか立木さんは俺のことを「たか」と呼び、
俺も立木さんのことを「ゆき」と呼ぶようになった。
その日も終わりの会が終わった後、ゆきの家まで一緒について行き、
色々話しながら、ふと、ゆきが本を読めないことに気付き、読みたい?と聞くと
「読みたいんだけどね・・読めないんだよ」
と笑いながらいい
「読んでもらうって言うのも、なんだか子どもみたいでしょ」
でもそれが本心から言っていないことに気付いて、いつか読んであげるよ、
と言うとほんとにうれしかったらしく、少し目をうるわしながら
「ありがとう、おねがいします」
と笑いながらいった。
で、帰りぎわにゆきの母親に呼び止められた。急にひそひそ声になり、
「ゆきは人を嫌っていて今まで友達と遊ぶことなんてなかったんですよ。
それがたかちゃんのことを気に入ってるみたいでうれしそうに教室での出来事を色々話しするようになって・・
これからも仲良くしてあげてね」
といった。
次の日は日曜だったので朝から教室にいった。
母親から言われたことをかいつまんで話し、
なぜこんな性格のゆきが友達を作らなかったのかっていう疑問をゆきに聞くと、
「昔、目が見えなくなってきたとき、いろんなものにすぐつまずいたりしたのね、
そのときくらいからいじめられだしたの・・で、だんだん人を避けるようになって・・」
なんてことだろう。目が見えなくなっていく恐怖とともに、
人からいじめられるようになっていくなんて・・

急に思い付いて、「外へ行こう」と言って、理恵と章太をほって、
教室をそっと2人で抜け出し、自転車のうしろにゆきを乗っけて先生に無断で、少し離れた大きな公園まで出かけた。
この公園は俺が昔からよく来た公園で、中に植物園や博物館のある大きな公園で、
ゆきを乗せた自転車はその公園の外周を何周もまわった。
この日もいつもとかわらず良く晴れて少し暑いくらいだったが、
自転車の風を切る感覚が少し清々しく、ゆきは太陽が眩しいわ、
見えないけどねと言いながら笑っていた。少し疲れたので、自転車を降り、
公園の真ん中にある芝生に二人とも寝転がり、色々話しをした。
もちろん教室に帰ると上田先生は怒っていたが、ゆきが笑顔で帰ってきたせいか、
「こんな天気だし、ゆきちゃんの気分転換にもなったみたいだしまあいい事をしたのかもね」
と少し誉めてくれた。ゆきはこの「自転車のうしろで風を切る」
感覚が気に入ったらしく、その後の教室からの帰りはいつも自転車のうしろに乗りたがった。

午後、今度は先生の許可をもらい本を借り、ゆきをまた公園まで連れて行き、
あの芝生のところでそれを読んだ。その時の本の内容はよく覚えていない、
多分推理小説ものだったような気がする。しかし、その時の眠気を誘うような話し方の抑揚や、
ゆっくりとだが確実に肌を焼く日差しの温かさ、遠くで聞こえる高い子どもの叫び声、
少し湿った土や草の匂い、ページをめくる乾いた音など鮮明に覚えている。
やがて帰る時間に近づいた時、ゆきの手が俺の顔へ近づき、やさしく少し震えながら撫でていった。
「たかの顔が見れたらいいのに。でもこうしているとわかる。目は・・・・一重でしょ。」
「あたり」
「髪型はセンター分け」
「あたり」
笑いながら
「口は・・・少しぽっちゃりしてる」
「ううん、あたり、かな」
こんな具合に次々と俺の顔の特徴を当てていった。

教室に帰って、理恵と章太に別れの挨拶をして、ゆきを家まで送って、夜まで話しをした。
続く2週間ほどはそんな感じで高校をさぼって毎日その教室に入り浸り、
章太と理恵を見ながら、ゆきとふざけあっていた。
章太はいつもと変わらなく無関心だけど、理恵の方は興味深々といった感じで、
「ゆきちゃんの事、好きなの?」
「どこまでいった?」
「ゆきちゃん、絶対に田中君の事好きだよ」
「告白したの?」
などこちらが正確に答えても、また同じ質問を聞いてきた。
そんな毎日が過ぎる中で、俺の高校生活にも転機が訪れた。

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Novel Editor