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笑顔の訳 作者:たかとよし

第1回   第一章
どうしてもとっておきたい記憶というものはどうして
こんなにとっておくことができないんだろう・・・


話しは高校時代。その高校は街の中でも最低の学校で、進学校とは違い、
卒業した者の90%以上は就職して、社会の即戦力となる、いわゆる就職校だ。
その学校でさえも入れないほど俺は学業が遅れていた。中学の進路指導の先生に
「君はもう公立の高校には行けないから、専門学校でも受けたらどうだ?」
と言われ、昔からの負けず嫌いの性格で、その言葉に反発してその高校を受験したのだ。
筆記テストの出来は良くなく、どこでどうなったのかは解らないけれど、
本人や周りの意志に反して俺はその高校に受かり、無事、入学した。
しかし学業的に最低の学校であるため、やはり髪を染めたり、
校舎の影でたばこなどを吸ってる社会的に印象の悪い「不良」
というレッテルを貼られた友達が出来、すぐに授業をさぼりがちになっていった。
1年後、単位が足らずに進級が危ないと言われて、必死でがんばったが、
結局学校の方針で「仮進級」という形で進級した。

高校2年の春、日曜日、すべてのものが明るく感じられるようなよく晴れた朝、
桜の木も葉桜になり、もう春も終わりに近づき、
少し暑くさえ感じられるような日差しの中、俺は教室にいた。
しかしそこは普通の高校の教室ではなく、いわゆる「特殊学級」
といわれる施設だった。正常な生活は送れるのだが、他人との関わりを自ら遮断してしまった人や、
知能に障害がある人、四肢が思うように動かない人、
話す能力を失ってしまった人など、実に様々な障害を持った就学年齢の約12名の生徒がいてる、
有志の人が経営する、雑多な障害を持った人たちの集まる学校だった。
俺はその中の「臨時教師」の一人だった。もちろんこの学校に休日はあるのだが、
障害を持った人のいてる家庭は一日中付き合っていくのを拒否してる人がいてたり、
普段の日は「ほんと」の特殊学校に通い休日はこの教室に来る人たちがいてるわけで、
実質年中無休というわけだ。この日も全体の約半数の6人の生徒がこの教室にいた。
先ほど言った「臨時教師」は俺の意向ではなく、
俺の高校で障害を持った人たちがどういう生活をしてるのかを題材にしたクラブ活動があり、
友人の誘いでこのクラブに見学という形で参加し、その顧問の先生によって、
当時あまりにもすべてにおいて無気力な俺を立ち直らせるため、この教室の「臨時教師」に抜擢され、
はっきり言っていやいやながら始めたというわけだ。

その教室の大きさは一般の3DKマンションを改造しただけの教室だけあって狭く、
6畳ほどの部屋2つと10畳ほどのリビングをつなげて一つのL型の部屋にしてあり、
主にみんなが活動するのはこの部屋になっていて、床は灰色のカーペットがひいてあり、
中央には大きな背の低いテーブルがあるがいすは無く、
ほとんどの壁には生徒の書いた絵などが飾ってあり、あとの1面は大きな窓があった。
マンションの3階部分にあたり、そこから見える景色はお世辞にもきれいとは言えず、
となりの家の屋根が見えるだけで、あとはそのとなりにあるマンションの壁しか見えない。
ただ、唯一の利点としては晴れた日なら電気を点けなくてもかなり明るいという点だろう。
その日の教室はいつもの日と変わらず積み木や絵本、小説、数字のブロックなどが散乱し、
朝日の為にその部屋のほこりがキラキラと舞っていた。
ここで教えるのは基本的にマニュアルはなく、個人個人にあわせた即席のマニュアルに沿って一日が過ぎる。
俺は臨時ということもあり障害の少ない2人の生徒を実質、受け持っていた。


上田章太は14歳で、小さいときに両親の育児放棄が原因で他人との関わりをすごく嫌っていた。
もちろん普通学級にいてたことはなく、特殊学級も休みがちで、
すべての事に非協力的だと先生は言っていた。小学校3年の教科書の内容もきちんと理解できない。
背が低く、一見小学生くらいに見える小柄な体つきで、外見は誰からも好かれそうな感じだが、
常に目を細め相手を威嚇するように見つめているから、話しかける事の出来ない雰囲気を出している。
初めのうちは一言も口を聞いてくれなかったが、
毎日会ううちに年が近いせいもあって少しずつ話しをするようになった。
しかし少しでも機嫌が悪いと無視する事もしょっちゅうあった。

宮本理恵は18歳、もともと少し知能が低く、俺より2つも年上だが、
10歳の時両親が運転する車に乗っていて、その車が事故を起こし、
母親が即死、父親は足の骨を折っただけで済んだが、理恵は首を強く打ってしまい、
体の右側を思うように動かすことが出来なくなった。
長年にわたる歩行訓練のおかげでかろうじで一人でゆっくりとだが歩くことが出来るようになった。
見ていて少しかわいそうになるくらい、体が動かないし、控えめに見ても美人とは言えないが、
人に好かれるような活発で愛敬のある、かわいい人だった。

主に俺の活動といえばその人たちと「友達」になること。もちろんいろんなサポートもしないといけないけれど、
この学校の一番の目的は1人じゃないって事を教えるのが目的らしく、
本を一緒に読んだり、トランプで遊んだりすることが一番の勉強という事らしい。
先生から言わせると特殊な人の課外授業教室だということだ。
俺の教師振りはというと、もともとまじめな方ではなくて、
理恵を誘い出して外でたばこを吸わせているのを見つかったり、
章太や理恵を自転車で近くの公園に勝手に遊びにいったりしてずいぶんと先生に怒られていた。
しかしこの先生、さすがに自分でこの教室を開いただけあり、すごくやさしく、
怒るといってもそんなに怒るわけでなく、逆によけいこっちがつらくなったりもするくらいだった。

椅子がないからこの日もいつものように床に3人とも座り、本を読んでいたが、
窓から吹いてくる少し暖かい眠気を誘うような風が本のページをめくり、
ふと本の世界から空想の世界へと意識が移った。
俺は急に思い付いたように本をぱたんと閉め、窓際へ行こうとすると、
章太も俺のまねをして本を閉じ、同じように窓際に来た。
「せっかくの日曜なのに他の奴等と遊びたいんだろ」
いつも少し章太は引っかかるものの言い方をする。
「章太、自転車でいつもの公園にでもいこっか」
すると、理恵も
「また先生に怒られるよ」
といいながらも、ニヤっと笑い、本を閉じ、結構その気だ。
俺は「さすがに無断じゃまた怒られるから、ちょっと上田先生にきいてみる」
といい、二人をそこに残して先生に聞きにいった。すると、なにか先生には計画があるらしく、
微かに微笑みながら、今日はだめだといった。この先生は話しの内容をあまり人に言わず
驚かすのが好きみたいで、いつもなにかあるときには少し微笑み、意味深な言葉を言うのだ。
名前は上田といい、年は40前後、ふとりぎみでかっぷくがよく、
少し白髪の混じった髪をし、常に背筋を伸ばし、だいたいいつもカッターとジーパンという服装をしていた。
二人のもとにもどり、どうやら先生がなにか企んでるらしいと言うと、理恵が
「外に行きたかったな、まあ先生がする事だから楽しそうだね」
といい、また手に持っていた本に目を落とし、読んでいたページを探し始めた。
章太はもう本を読む気がないのか、読んでいた本の上に積み木を置き、なにやら自分の世界に入っていった。
本を読むのも飽きたし、もしも理恵の言うよう、何かの遊びをするのなら色々とした雑用があると思い、
上田先生のもとへ手伝いにいった。
「田中、悪いがバケツに水を半分ほど張って持ってきてくれないか」
と言われ、何をするのか聞く間もなく、持っていくと、いきなりその中に新聞紙をいっぱいに入れ、
かきまぜてどろどろの液体にした。
「さあ、今からみんなで日本を作ろう」
と上田先生が言った。どうやら立体の日本地図を造ろうとしてるらしい。少し面白そうだと思い、
理恵と章太も呼んで、生徒全員でその作業を始めた。
すると、見たことのない人がその中に混じっていた。年は理恵と同じくらいの女の子。
第一印象としては、小柄だが、存在感があり目元が柔らかく、おっとりした感じ。
不思議に思い先生の方を見ると
「ああ、昨日からこの教室に入ってきた新しい子だよ」
見た所ごく普通の人のようだ、どうやら俺と同じように臨時教師として入ってきたのだろう。
「はじめまして、よろしくね」
というと彼女は微笑んで、軽く会釈をし
「立木です、よろしくお願いします」
といった。俺はまた作業に取り掛かった。一人の子がものすごく大きな「九州」を
作ったせいで本州をものすごく大きく作らなくてはならず、少しぼやきながらみんなで作っていると昼になった。
ほとんどの子が弁当かパンを持ってきていて、昼食の用意はお茶を入れるくらいのもので、
当然雑用と呼ばれるものすべて俺は嫌で、誰かほかの臨時教師にいつもやってもらっている。
しかし、この作業を出来る暇のある人はこの日、俺だけしかいなくて、しかたがなく向かった。
しかし、ふと見ると先ほど紹介された立木という人が暇そうにしている。当然
「立木さん、昼にはひとつ用事があって今日は俺がするけれど、見ていて出来るようになってね」
といって座っていた立木さんを台所に一緒に連れていこうとしたとき、彼女が壁に手をつきながら歩いてついてきた。
「少し気分でもわるいの?」
と聞くと、別にぜんぜん元気だと言う。まあ、本人がそう言うのであればそうなのだろうと思い、
戸棚からやかんを取り出したり、ティーパックの場所を教えたりしてお茶を作り、
いつものように大きなテーブルの上でみんなでご飯を食べた。
この後の課題はずっとみんなで「日本」を作る作業をして、3時過ぎに終わりの会になった。
終わりの会ではみんなが一日のうちで気が付いたこと、疑問に思うような事などを話し合い、
そして解散するのだ。俺はこの終わりの会が好きで、いつも俺が何かしらのお題を出すのが習慣になっていた。
もっとリアルな「日本」を作るためにはどうすればいいか、が今日の題になり、
みんないろいろな意見を出した。16歳の男の子で、少し知能に障害のある子が
「小さな建物を作ればいい」
するとその言い方が歌に聞こえたのかとなりの同じく知能に障害のある子が歌を大きな声で歌いだした。
どうやら「かえるの歌」らしいが、途中で「大きな栗の木の下で」と歌詞がまじって
内容がめちゃめちゃだった。その子を見ながら少し不安な顔で立木さんが
「地理の教科書を見ながらつくれば・・・」
と小さめの声で遠慮がちに言った。さすがに来て間もないのだからしかたがない。
こういう騒ぎはいつもの事で、今日こんな騒ぎがなかったのが不思議なくらいだ。
まあ人があまりいないのと、一日中集中してする作業があったせいであまりみんな動揺しなかったのだろう。
そんなこんなで立木さんの意見が通り、明日からは教科書を見ながら作ることになった。

平日は俺の高校があるので放課後1時間ほどだけいくことにしてるが、
なにぶんやる気のない高校生なので、あまりまじめにいかなかった。
2日ほどさぼって水曜日に行くと、もう日本地図は出来上がっていた。
で、金曜日、起きたのが10時過ぎ、もうあまり高校に行く気が無く、
家にいてると親がうるさいので、その特殊学級のほうに顔を出した。
上田先生が学校に行けといったが、俺が今日は創立記念日などと見え透いたうそを笑いながら言うと
立木さんや理恵がくすくす笑った。それにしても立木さん、学校はどうしてるのだろうか。
見た所高校生にも見えるし、きっと俺と同じように高校休んでるのかなあ。
そういや水曜日も普通にいたなあ、など思いながら理恵も章太も出来るトランプのゲーム
「神経衰弱」を3人でしていた。さすがにずっと遊び続ける訳にもいかず、
小学2年の理科の教科書を開き、理恵と一緒に章太に教えていた。昼になり、
上田先生がお茶を入れているのに気付き、立木さんの方を見ると、立木さんは普通に座っていた。
おかしいな、と思ったが、まあ先生が入れてるんだからいいかあと思いそのままパンを食べた。
昼からの活動をしていると、俺のグループに立木さんが入ってきた。
「そういや普通に話すのは初めてだね、よろしく」
と手を差し出し握手を求めたが、立木さんはそれには答えず、笑顔で
「よろしく」
とだけ言った。で、差し出した手を引っ込めようとした時、横から理恵が
「雪ちゃんは目が見えないんだよ」
と言った。

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