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Pure−jam 作者:砂さらら

第8回   8
僕は9月になっても、折を見てはあのコンビニエンスストアーに寄ってみている。
もう5〜6回足を運んでいるのだけれど、あの日以来彼女の姿を見ていない。
6回目だったろうか。僕は店員に聞いてみた。
「前に見たんだけど赤い縁の眼鏡をかけた肩まで髪の有る店員さんは居る?」そう言って彼女の名を告げた。
「ああ、彼女は1ヶ月だけのヘルプで8月一杯で辞めましたよ。」
「何処かの店に居るのかな?」
「いえ店長に頼まれて前の店辞めてからヘルプに来たみたいです。」
「つまり完全に辞めた?」
「そうです。」
「そうか、ありがとう。」
何てことだ。やっと遭えたと思ったのに、たった1度だけなんて。。
僕はまだ彼女に謝ってないんだぞ。せっかく回り逢わせておいてそりゃ無いだろう。
僕はあの時に感謝した神様を、今度は思いっきり罵っていた。

彼女はまた僕の手からすり抜けて消えてしまった。

偶然はかくも冷たいものなのか?
また何処かで回り逢う偶然が起きるとでも言うのか? 有り得ないだろう。
これじゃまるで奇跡を見逃した馬鹿な男の喜劇じゃないか。
まったくなんてこった。
 一通り神様を罵倒し終わると、僕はどっと疲れてそう一人ごちた。「やれやれ」
ともかく糸は切れてしまった。
それでも僕は彼女に謝らなくてはいけないのだ。あの時何もしなかった事を。

 僕はすっかり途方に暮れて会社へ帰る電車に乗りこんだ。
僕は考えた。シートに座り込んで。何故僕はここまで、彼女に謝ることに固執しているのだろう。もうすぐ彼女が消えてから半年になろうとしているのに。何故だ? 何故固執する。
自尊心からか? そうであればそれは傲慢と言うべきものだ。彼女に謝って何が変わると言うのだ。お互いにだ。何も変わらない。それでもどうしても謝りたい。この気持ちはいったいなんだ?

――愛か?

確かに僕はあの頃、彼女を愛し始めていた。しかし本当に愛している自覚は無かった。
実際、僕と彼女が一緒に過ごしたのは わずか2ヶ月足らずの時間だった。
愛している自覚など生まれる時間も無かったのだ。
それでもこの気持ちは嘘ではない。
彼女に謝って許しを請おうと言うのではない。幸せになって欲しい。そう願っているのだ。

 今頃になって、彼女が消えて半年あまりたって 僕は知ったのだ、彼女を本当に愛していたと。

遅過ぎた。全てが遅過ぎた。

僕は初めて決意した。彼女をなんとしても探し出そうと。
そして幸せになってくれと伝えるのだ。
そう思うと急に気が晴れた。電車はちょうど乗換駅に止まるところだった。
ドアが開き 僕は颯爽と地下鉄へ向かって歩いていった。何か吹っ切れたように。

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Novel Editor