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Pure−jam 作者:砂さらら

第7回   7
午後10時。僕はBARロング・グッドバイのドアをゆっくり押し開けた。
「いらっしゃいませ。」聞き慣れない声がした。女の声だ。
店に入るとマスターと、ブラウスに赤いラメのベストに蝶ネクタイのバーテンダールックの若い女の子がカウンターの中に居た。
「新人さん?」僕が尋ねると、マスターはグラスを拭きながら黙って頷き、女の子は「はい、今日から入りました杏です。よろしくお願いします。」と元気よく挨拶をした。
杏はお絞りを差し出すと注文を訊いた。マスターが黙ったまま僕の前にボトルを2本置く。
前と同じく、ドランブイとフェーマス・グラウス。
「僕はいつもこれなんだ、覚えといて。」杏に言う。
「はい。」相変わらず元気がいい。
「これでラスティーネイルを作ってくれる?」そう言うと、杏はマスターを横目で見ながら「まだお酒詳しくなくて、すいません。」とお辞儀をする。
「マスター」僕は声を掛ける。
マスターはカクテルブックを開いて杏に見せながら、作り方を教え実演すると
「コースター」と杏に言う。出来上がったラスティーネールのグラスを揺すりながら僕は「簡単だろう?」と杏に言う。
「はい、もう覚えました。」
「幾つだい?年は」
「23です。」
「どうしてバーテンやってるの?」
「バイト探してて、ここの看板に募集が載ってて、初心者可って書いてあって。それでやってみようと思ったんです。」
「昼間は働いてるの?」
「はい、普通の事務員です。お給料安いからバイトしないと苦しくって。」
「偉いね。俺も普通の工場で働いてる。給料は安いけど仕事の後にバイトする元気はもうないな。」そんなことを話しているうちにグラスが空になった。
「もう1杯頼む。」
「はい。」杏は先刻マスターが教えたとおりに不慣れな手つきでカクテルを作り差し出した。
「どうぞ。」
僕は一口飲んで「上出来だ。美人が作ると美味い。」と軽口をたたいた。
「あはっ!」杏が笑う。笑顔の可愛い娘だ。
「冗談が上手いですね。」
「僕は美人に冗談を言うほど大人じゃない。これでも純真なんだ。」
「ほんとぅですかぁ〜?」
「信用が無いなぁ。」
「信じますよ。」クスッと杏は笑った。
「本当はいつもは2杯目からは自分で作るんだよ。僕はさ。作ってもらうのは1杯目だけ。なあマスター。」
「あんたは手のかからない客だよ。」とマスターが言う。
和やかな時間が流れていく。こういう夜は久しぶりだ。店内のスピーカーからバードランドの子守唄が流れてくる。僕は曲に合わせてハミングしながらグラスを口に運ぶ。気分のいいときは酒も美味い。今夜はぐっすり眠れそうだ。
「ヨージさんてお幾つなんですか?」ボトルのネームプレートを見ながら杏が尋ねる。
「月並みだけど当ててごらん。」
「んー。28!」
「惜しいな、38だよ。」
「うっそー。見えないですねー。」
「よく言われるよ。」
「15もあたしと違うなんて全然わかんないです。28で十分いけますよー。」
「一応ありがとうと言っておくよ。」
「あたしの高校のときの友達が、昔15歳上の人と付き合ってて、その人も全然そんな風に見えないっていてましたけど。ヨージさんみたいに若い人初めて見たー。すっごい信じられない」
「高校生と付き合うのは犯罪だよ。」僕が笑って言うと「いえ高校は卒業してましたよ。17歳だったけど。」
「17で卒業?おかしくないか?」
「通信制の学校だったんで単位が足りてるとかで早く卒業しちゃったんですよ。あたしは普通に18でしたけど。」
「どこの学校?」
「大宮中央高校。」
「あれっ。昔の彼女と同じ学校だ。その子も17で卒業したんだ。その学校ではよくある話みたいだな。」
「そんなこと無いですよ。初めてって聞きましたもん。」
僕はある予感がし始めていた
「その子の名前はなんて言うの?」僕は身を乗り出して訊く。
そして

杏が口にした名前は、予感どおり僕の...あの彼女の名前だった。

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Novel Editor