時計は深夜1時。今夜もまた寝付かれないので、ベットを抜け出し車を走らせていつものBARの扉をくぐった。 その店の名はロング・グッドバイ。マスターがアメリカのハードボイルド小説の名から付けたらしい。 カウベルがドアを開けると同時に鳴り「いらっしゃいませ」と声がした。 この店のマスターは客が来ても声を掛けない。 カウンター越しにちらと目をやり軽く頷くような会釈をするだけだ。 ネコか。と思う。マスターは不在で、案の定バーテンダーのネコが居た。本名は根古田と言うのでネコで通っている。 「遅いっすね、また眠れないんすか?」 「ああそうなんだ。」 「明日も仕事でしょう?」 「だからここに来ている。」 ネコは にやっ と笑い「あ〜りがとうございます。」と言うと僕のドランブイと フェーマス・グラウスのボトルをカウンターに並べ、ロックアイスをグラスに一杯にいれ、いつものようにラスティーネイルを手際良く作り差し出す。 「眠るには酒が一番っすよ。」明るくネコが言った。僕は一気に飲み干した。 「最近夢を見なくなったよ。」 「よく寝てる証拠ですよ。」相変わらずネコは明るく答える。 この男はいつも陽気だ。まるで苦労なんか一度もしたことがないみたいに。 「やれやれ」僕は苦笑いをした。 今夜も長い夜になりそうだ。 酒を飲みながら僕はネコに聞いた。「お前さ、夢は見る?」 「うーん。見るんっすけどすぐ忘れちゃうんですよねー。普通そうじゃないっすか?」 「俺は何時からかわからないけど、確実に夢を見ないんだ。」 「だから深く良く寝てるだけですって。気にし過ぎなんだからヨージさんは。絶対そう。」 「そうなのかな。」 空になったグラスに今度は自分で酒を注いで、2杯目のラスティーネイルを作る。 「さあ、今日は相手して下さいよぉ。他に客もいないし。」 ビリヤードのキューを手にしている。僕はゆっくりとカウンターを降りてキューを取る。 ネコがラックを組む間にグラス半分だけ酒を飲む。 「さあ行きましょうか。」 ネコがブレイクショットを決める。お互い腕は良くない。はっきり言って下手だ。 殆ど交互に玉を突きながら「なあネコは彼女いたよな?」 「俺っすか?いないっすよ。」 「俺、我侭だから女とは合わないっすね。」ネコが5番をポケットイン。 「そうか」「まだ23だよな?」僕が訊ねる。 「そうっす。」 「若いな。」 「まあね。」 6番7番とネコがポケットする。 「いい男なのにもったいないな。」僕は少しからかう。 「ヨージさんだって若いじゃないっすか。」 「38には見えないし...」「彼女いないんすか?」 「昔いたよ。お前と同じ歳だよ、今なら。」 「もう6年も前の話さ。」ようやくネコが8番を外す。 僕はねらいを定めて8番と9番のラインを読む。ショット。 8番がバンクして9番がポケット。 「俺の勝ちだ。1杯おごれよ?」パチパチと拍手しながらネコは 「珍しいことも有るもんだ。」とふて腐れる。「口が悪いぞ、お前。」と僕。 「マリブビーチをくれ。」 僕は夏に良く飲む ココナッツリキュールとクランベリージュースのカクテルを頼んだ。 慣れた手つきでネコがステアする。「お待ちどう。」 すっきりとした味が喉を降りていく。「お前は一流のバーテンだよ」僕が冗談を言うと ネコは腕を振って見せた。「当たり前っすよ。」 グラスが空く頃にはようやく眠気がし始め、僕は彼女のことを考えていた。
|
|