血臭と散乱物の発する腐敗臭の混じった吐き気をもよおす臭いが満ちる路地へ出た2人は、その原因を見つけた。 「貴様ら何者だ?」 レオンの怒りを押し殺した低い声が路地に響いた。 残骸と化した憲兵達を見下ろしていた黒ずくめの騎士達は一斉に背後を振り向いた。は剣を持った者が2人と槍が1人。そして手すりが崩壊したバルコニーから短弓を構える者が1人いた。 「いち、に、さん・・・・・・よん。全部で4人、弓まであるね」 ユンはのんきに黒騎士の数を数えながらも、弓の死角となるレオンの右方向へ移動している。ユンが動くのを察知したバルコニーの弓持ちがすかさず矢を撃ちこんできた。だが矢が目標を貫くことはなく真っ二つに割れた。 「気が早いねぇ」 ユンの手には腰から抜かれた短剣が握られ、足元には矢尻と羽に分かれた矢が落ちた。 「大丈夫か?矢には毒が塗られているかもしれん。触れるなよ」 「兄さんもね」 正面を向きながら声をかけたレオンに対してユンも前を向いたまま応じた。 さすがに黒騎士達もさっきの憲兵とは格が違うと見たらしく、長剣をもつ1人が散開するように手を小さく振った。槍と剣を持つ2人の黒騎士は影が移動するような不気味な速さでユンとレオンを囲んだ。バルコニーの騎士も新たに矢を番え、いつでも放てる体勢にある。 「・・・・・・我らが大義の邪魔はさせぬ。死ね」 かすかに聞こえるぐらい低い黒騎士の声は感情を微塵も感じさせない冷淡な響きであった。 長剣の黒騎士の合図を受けて他の騎士が同時に動いた。レオンにはもう1人の剣騎士が、ユンには槍騎士が向かってきた。 レオンはすかさず剣を抜いて斬撃を受け止めた。ぎりぎりと鉄のこすれる音が鳴る。と、そのときレオンの横目にものすごい勢いで振られる長剣が映った。 これが常人であったなら何があったか分からないうちに首と胴が分かれていたであろう。レオンは舌打ちをしつつ受けている剣を体をわずかに引いて流し、襲いかかる長剣を斜め後ろに下がりながら受けた。長剣を受けた衝撃は凄まじく、下がりながら衝撃を逃がしたつもりでも手がしびれるほどであった。 一方ユンは、短剣で槍に立ち向かうのは分が悪いと思ったのだろう。短剣を投げつけ、相手がわずかに槍を立てて短剣を防いだ瞬間、一気に懐へ跳びこんだ。そして相手が握る槍の間を掴み瞬間的な力で槍をもぎ取るように半回転させ、それでも槍を離そうとしない手を最後に蹴り上げた。 槍を奪ったユンは、バランスを崩した騎士へ追い討ちをしようとしたが鼻先へバルコニーから矢が撃ち込まれた。ユンは瞬時に後方へ跳び、槍の柄で矢を叩き落とした。 ほぼ同時に後方へ下がったユンとレオンはお互い背中合わせの状態になった。体勢を崩したのも束の間、騎士達は再びユンとレオンを包囲した。 「あは、なんかこの状況懐かしい」 この状況にありながらもユンはどこか嬉しげであった。 「こんなときに思い出話かい?頼むぜ弟」 つられてレオンも背中越しに軽く口元を緩めた。 それをみて黒騎士は一斉に斬りかかった。甲冑を纏っているとは思えない速さで、先ほどよりも動きが勝っていた。 槍を持ったユンに長剣の騎士と槍を奪われた騎士が襲いかかった。長さの違う剣が間をおかず、歯車のごとくユンに振りかかる。槍を使うには十分な広さのある路地だがユンは槍を使えず、体を捻りながらぎりぎりで凶刃を避けている。 「くぅ!今のは危ない・・・・・・」 後方へ下がりながら反射的に顎を引いたユンの鼻の先を長剣の切っ先が通り過ぎた。そのときわずかにういたユンの黒髪が数本ぱっと宙に舞った。 間髪入れずに横からもう1つの剣先が飛び込んできた。 「ちぃ!」 ここでようやくユンは槍で剣を受け止めた。横から攻撃してきた騎士へ対してやや半身になりつつ横に払われた剣を槍を立てて受けた。それだけでなく、剣が槍に当たった瞬間槍を立てたまま半回転し騎士の力を外へ逃がした。 わずかに体勢が傾いだ騎士へ詰めようとすると再びバルコニーから矢が飛んできた。そしてユンが矢を避ける間に2撃目の長剣が頭の真正面めがけて振り下ろされた。 ユンの頭がかち割られるかと思ったが間一髪、横にした槍の柄で受け止めた。 「痛っつつ・・・・・・全く!こんなかわいい顔を潰すつもりか!」 危うい目に遭いながらもどこかずれた怒りの言葉だ。 「もうこれは使えないね」 ユンは持っていた槍を横に放った。衝撃が来る瞬間わずかに槍を傾けたのだが、斬撃を受け止めたところから長い亀裂が走っていた。もし水平なまま受け止めていたらユンの頭は槍と共に割れていたはずだ。 武器をすべて手放したユンはだらりと手の力を抜いて立ち尽くした。だがその表情からみると戦意喪失したわけではない。 騎士達もそんな不敵な態度に一瞬ためらったが、圧倒的優位を確信しバルコニーから放たれた矢をきっかけに騎士も動いた。 「ちぇ・・・・・・しょうがない、あんまりやりたくないけど」 ユンは口元にひやりとする笑みを浮かべた。 矢がユンの首筋を貫くかと思った瞬間、矢はユンがいたはずの場所を抜けた。上体をほとんど振らずに移動するユンは残像を残して瞬間移動しているように見えた。そしてユンは先ほど槍を奪った騎士の懐へ飛び込んだ。 2人の動きが止まった。ユンの足元に赤い雫がこぼれ落ちた。ユンの膝がゆっくりと崩れる。 「ぐぁぁぁ!」 次の瞬間、絶叫をあげたのは野太い声。ユンではなく騎士の方が剣を取り落として悶え始めた。 驚くことにユンの手には折れた矢羽が握られていた。それは先ほど避けた矢であった。ユンは身を横にずらすと同時に逆手で矢をつかみ取っていたのだ。 騎士は肩の付根の隙間に矢をつきたてられていた。
ユンが2人を相手にする中、レオンは残りの1人と対峙していた。 レオンはさっさと片付けてユンへ加勢するつもりでいた。間合いを詰めつつ飛び込むタイミングを窺っていた。 「さあて、手早く済まそうか」 言葉が終わるより早くレオンは動いた。一挙に間を詰めたレオンの剣が右斜め下から騎士の頭部をめがけて跳ね上がった。だがそこは騎士も予測していたように最小限の動きで一撃目を避けた。が、レオンは剣が振り切る直前に柄を握る手を持ち変え騎士が避けた方向へ剣を水平に薙いだ。 これには騎士も避けられず、かろうじて剣を立てて防いだ。 しかし剣と剣がぶつかるのは一瞬、レオンの剣先が半円を描き柄が頭上高く掲げられた。後はてこの要領で刃が騎士の兜を割るはずだ。しかし踏み出す前にレオンは本能的に違和感を覚え完全に踏み込めなかった。だがそれが身を救った。 「うっ!二刀!?」 兜へ振り下ろしたレオンの剣は受け流され、体勢も同時に崩れた。そこへいつの間にかマントの中から抜いたもう1本の剣が首を襲った。 完全には踏み込んでいなかったレオンは全身の力を持って前へ崩れかけた体勢を後ろへ引き戻した。 「ち・・・・・・厄介な野郎だ」 レオンの首筋からは細く血が流れでていた。 騎士のが抜いたもう1本剣は右に持つ剣の半分ほどの長さであった。その剣は主にとどめを刺すときに用いる。分かりやすくは首を落とすための剣である。 「そんなおもちゃで俺に勝てるか?」 大胆な言葉とは裏腹にレオンは詰めていた間合いをわずかに広げた。 鉄製の剣は1本でも自在に振るのは容易ではない。それを2本使うというのは戦い方として上策とは言えない。だが騎士は先ほど見せたように軽々と剣を扱っている。 「・・・・・・普通の剣じゃねぇな?」 「・・・・・・ふっ」 レオンの声に対して騎士は初めて反応を示した。兜の中から短くではあるが嘲笑うような声が漏れた。 「ぐぁぁぁ!」 そのときユンが戦う背後で野太い絶叫が上がった。 はっとしてレオン、対峙する騎士も背後へ注意を向けた。1人の騎士が肩口を押さえて悶えていた。しかしそれも一瞬、レオンと騎士はお互いの戦いへ戻した。 体勢を整えるのが早かったのはレオンだった。騎士が構えを戻す間を与えることなく斬りかかった。 「ぐっ・・・・・・!」 騎士の左手首から血がほとばしり剣を取り落とした。 「浅かったか!」 虚を突いたレオンであったが致命傷を与えるには至らなかった。 もう一度飛び掛ろうとしたとき、長剣の騎士が剣の腹で胸の甲冑を叩いた。それを合図に地上の騎士3名は傷を庇いながら次第に遠巻きになっていった。
ユンとレオンは再び背中合わせに立った。 「どうする?」 「うーん、形勢逆転ってまではいかないけど僕らにも分があるようになったね。でも“窮寇(きゅうこう)には迫ることなかれ”っていうしなぁ」 「おぅおぅ、小さいのに難しい言葉知ってるな。追い込んだ敵を突っつくなってことだろう?」 そうだよとユンは背中越しに笑いかけた。 「レオン様ー!」 そのとき路地へ10を超える頼もしいブーツの音が響いた。 「・・・・・・・引け」 長剣の黒騎士が最小の言葉と身振りで撤退を命じると騎士たちは薄暗い路地の奥へ溶け込むようにして走り去った。 「いっちゃったね」 「あぁ」 「背中合わせで剣を抜くなんてエイリス以来だなぁ・・・・・・」 「エイリスか・・・・・・」 「兄者とね」 ユンはレオンに語りかけるというよりはどこか遠くを見ているようだった。 レオンはどう言葉をつないでいいか迷った。 「フレイル殿は――」 「あー久しぶりに動いたらお腹へったぁー。ん?何、兄さん?」 ユンがきょとんとしたいつもの表情でレオンを振り返った。 「・・・・・・だぁ!何でもねぇよ」 レオンはちょっと恥ずかしそうに頭をかいて言葉を濁した。 「って、さっき俺と試合したのは動いたのに入らねぇのかよ!」 「ん?あぁ、そうだったね」 「はぁ・・・・・・一応俺は帝国で名の通った剣士なんだぜ?それであぁ、そうだったねか」 レオンは疲れたように軽くため息をついた。 「ため息なんかついちゃって!歳だねぇ」 「誰のおかげで!・・・・・・はぁ、早くキリアに返したほうがよさそうだ」 2度目のため息をついたところで2人の下へ応援の憲兵隊が駆けつけた。
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