「警士が?」 「そうじゃ。北市街で気持ちいいくらい綺麗に斬り捨てられていたよ」 メンゲルは不機嫌そうに白くなった顎鬚を掻いた。 「一体誰が……」 「そう。それをまたあの居候に頼む」 メンゲルはその答えがずっと前から決まっていたように簡潔に言った。 「またですか?」 「何か問題でもあるかね?」 メンゲルはもう話は済んだとばかりにキリアへ背を向けたまま言った。 「……分かりました。そう伝えます」 キリアはもっと言いたいことを我慢した様子で兵舎を後にした。
練兵場はまるで開戦前のような緊迫感が漂っていた。 「まさかこんな早くお手合わせできるとはな」 「こちらこそ」 新兵達を緊張感でつつんだ者の正体はユンとレオンだった。新兵達が見守る中ユンは槍を、レオンは長剣を構えて対峙していた。 「そういえば、この槍ありがとね。とっても使いやすいよ」 「気に入ってもらえて何よりだ。槍の方は不得手でね。使える人の手にあるほうがいい。おしゃべりはここまでにして始めるか……」 レオンはそう言うと好戦的な笑みを浮かべて柄を握りなおした。ユンのほうも笑みを返し槍を握りなおした。 2人が見合ってしばらく時間が経過した。充満する気迫に新兵達は固唾を飲んで見守っている。 そのとき10時を知らせる鐘が鳴った。 レオンはこのときを待っていたかのように動き出した。流れるような足運びから、レオンの右脇に構えた長剣がユンの左脇から右肩をめがけて襲った。 ユンは小さく沈み込むと槍を立てながらレオンの右へ体を移動した。そして空を斬った形になったレオンの剣を槍の穂で引っ掛け槍を回転させた。 だがレオンは穂が剣に掛かると体を反転させ、一瞬ユンへ背向け振り向きざまに剣をユンの首筋へ水平に薙いだ。 あまりの速さにユンは槍を返す間無く、穂を地面に刺したまましゃがんだ。剣先はユンの髪を掠めて垂直に立った柄にぶつかった。ユンは槍ごとなぎ倒されそうな衝撃をこらえた。そして地面に刺したままの槍を両手で掴みレオンの脇腹へ蹴りを放った。鎧を着ているためそれほどダメージは与えられなかったがバランスを崩すには十分だった。 体勢を崩したレオンへ追撃を加えるべくユンは蹴りを放った後さらに反動をつけて体を起こし、掴んだ槍を叩きつけるように振り下ろした。 「――と、さすがに身体能力はとんでもないな」 たたらを踏んだレオンであったが剣を横にしてユンの槍をしっかりと受け止め、余裕の笑みを浮かべていた。 「そっちこそ」 ユンは槍を引くとさっと距離をおいた。 2人が再び仕切り直しになるまで瞬く間の出来事であった。新兵達の口は開いたままだ。 「今度は僕からだ!」 気迫十分に叫んだユンは真正面に槍を構えると、体と穂先が1つになったような突撃を繰り出した。レオンはそれを見越していたようにすっと体を開いてかわそうとした。 ――かかった! ユンは槍を突き出す直前で右手を逆手に握り替え、急停止した勢いをそのままにレオンの脇腹へ体を中心に横回転させた槍の柄を叩き込んだ。しかし先に間へ剣が入っていた。 そしてその剣はそのまま跳ね上がり、ユンは舌打ちをしながら身を反ってかわした。 身を反った勢いで宙返りしたユンは再び槍を正面に構えてレオンに向かった。レオンは剣を中段に構えたまま立っている。 ――動かないなら速さでかき回す! ユンは頭を右へ振り、右へ行くと見せかけると次の瞬間には逆方向に移動していた。未だユンの動きに対応していないレオンへ穂先が繰り出された。が、レオンの体は穂先からすり抜けていくように横に移動した。 「早い。だがそれだけでは俺には当たらんぞ」 「くっ……!」 一転して攻勢に出ていたはずのユンがぎりぎりのところでレオンの剣を受けていた。 「さすが名誉剣士……」 ――だからなお更正面から当たらなきゃ! ユンは受け止めていたレオンの剣を押し返すと今度はレオンの右へ跳び、突きにかかる。レオンの顎あたりを狙ったユンは突く瞬間に一瞬体を沈めた。そしてその沈めた体をばねのように伸ばしながら槍を突き出した。槍は2段階に伸びてくるような突きになった。 しかしレオンはこれも流れるように身をかわすと再び間隙をついてユンに剣を浴びせる。その反撃が的確でユンは攻めていながらも一瞬で防戦に転じてしまう。 ――くっ!なんだこの感じ……攻撃に逆らわず流れる水のよう……まるで兄者だ! どんなに激しい攻撃にも気を落ち着け、流れる水のごとく相手の動きに逆らわずに間隙を狙って反撃の一発を繰り出す。これはまさにエイリスで散った兄・フレイルのスタイルであった。 「レオンさん……いい物を思い出させてくれてありがとう。おかげで僕も本気を出せそうだよ」 全ての攻撃をかわされ、先手を取りながらも後手に回らされていたユンがここにきて不敵に笑った。 「そうか。全く君はそんな小さな体にどれほどの力を秘めているんだろうな?こっちも本気でいかせてもらう」 レオンの顔から完全に余裕の笑みが消えた。その表情は英雄と褒め称えられる顔ではなく、血を浴びて戦い抜いた武人の顔であった。 十分な間合いを取って対峙していた2人は同時に動いた。 長剣とはいえ槍の間合いとは距離が違いすぎる。ユンは直線に向かってくるレオン見て剣を弾くべく槍を跳ね上げた。だが槍の跳ね上がった位置に剣先は無かった。槍が跳ね上がる瞬間にレオンは刃を引き、肩に担ぐような形で柄の尻をユンに向けていた。レオンの勢いは止まらずそのまま柄をユンの頭に向かって振り下ろした。 ユンはかろうじて体を振ってその攻撃から逃れたが完全にはかわしきれなかった。わずかに左肩を打たれた。骨までは折れていないようだが腕ごともっていかれそうな痛みが伝わってきた。 「ってて……とんでもないな」 やや距離をおいたユンは相変わらず不敵な笑みを浮かべ、痛みを逃がそうと打たれた左側の手をぷらぷらと振った。 「と、大丈夫か?この辺でやめるか?」 ユンの仕草を見てレオンはそう言ったが目は止めたがっていない。 「まさか。名誉剣士相手に逃げたと思われたくないんでね」 ユンも当然逃げるつもりなどない。にやりと笑うとすぐさま槍を正面に構えた。 ――ますます左の痺れが強くなる……勝負にでなきゃ。 ユンはもう何度目の繰り返しか、またレオンへ真正面から突っ込んでいった。レオンは既に読んでいたように剣を引いた。 ――決めつけるのは危険だよ! ユンは握っていた槍をそのまま前へ投げ出した。さすがにこれは予想できなかったレオンはギョッとした表情になったが、慌てず槍を打ち落とした。 ――かかった! 槍が地面へ落ちると同時にユンはレオンの手首を取った。そして掴んだ手首を捻り上げ、同時に足を払った。レオンの長身が宙を舞いそれに覆い被さるようにユンが続いた。 「あれれ……さすがだなぁ」 いつの間に抜いたのかユンは短刀をレオンの右首筋へ突きつけていた。が、レオンの方もユンの左首へ短刀を突きつけていた。 「おあいこだね」 「おあいこだ」 2人の声が重なった。 時を取り戻したように周囲からは震えるような歓声があがった。 「ユン!レオン様!大丈夫ですか!?」 呆然としていたルーイは沸き起こる歓声ではっとして2人へ駆け寄ってきた。 「あ、ルーイ。応援ありがとね」 「なっ!?べ、別にそんなつもりは……誰もユンを応援しないだろうから言っただけだ!」 ルーイは試合前にユンへ応援すると言ったのだが、相手のレオンを前にしてちょっと気まずそうだった。 「いいよ、ルーイ。俺もユンの強さは分かった。十分称えられていい」 それを察したレオンが笑顔でルーイの頭をなでた。 この2人……ホントにさっきの2人か? ルーイは喜びつつも先ほどとあまりの違いに首を傾げたくなった。2人には試合中のぞくりと背筋に走る物は無く、レオンは穏やかで明るくユンはいつものとぼけた調子になっている。 「ユン!」 憂えるもう1人の傍観者、キリアが駆け寄ってきた。 「あ、姉さん。見てた?」 「何をしているかと思えば!大丈夫か?怪我は?」 本人は身内のような呼び方をされると苦い顔をするものの、ユンを気遣う今の様子を見れば姉弟に見えないはずが無い。 「はぁ……俺の事は心配してくれないんですか?」 血相を変えてユンに駆け寄るキリアを見てレオンは苦笑いしながら言った。 「誰が。お前みたいなやつは多少の事では死なん」 返ってきた言葉は簡潔かつ辛辣であった。 「レオンさんありがと。おかげで懐かしい事を思い出せたよ」 「いやぁ、やっぱりやり合った者同士なら話がわかるな!」 キリアに冷たくあしらわれてちょっとがっかりした振りをしていたレオンはユンに握手を求められると凄く喜んだ。 「ユン、余りこの剣技馬鹿をおだてるなよ」 ここでまたキリアの釘を刺す冷静な言葉が発せられた。 「姉さん、僕も似た系統の馬鹿だよ?」 「……そうだったな」 真顔で返答したユンにさすがのキリアも一瞬言葉に詰まった。 「まぁ、その話は置いてだ。ユン、また北市街に行ってくれないか?」 「いいよ」 相変わらずユンの返事は気持ちいいばかりに快諾である。 「おいおい、一応は帝国の最高騎士ってことになっている俺は差し置いてか?」 「お前はいい」 「遠慮しなさんな。ユン、一緒に行こうか?」 首を振るキリアを押しのけてレオンはユンに呼びかけた。 「んーなら今から兄さんって呼ばせてね」 「おやおや、キリア姉さんにレオン兄さんか。気に入った!もちろんかまわないさ」 「ユ、ユン!」 改めてレオンの口からキリア姉さんと言われるとやはり照れくさいものがあるらしく顔をやや赤らめた。 「じゃ、行ってくるわキリア姉さん」 「姉さん、後でねぇ」 2人の武闘馬鹿はすっかり意気投合して練兵場を後にした。
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