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紅の槍士 作者:azumi

第6回   黒い荷
 日が傾き門限の迫る東城門前はあわただしくなっていた。刻限を知らせる門兵の太い声が響き人々は急き立てられるように城門をくぐっていった。
「おい待て!その積荷は何だ?」
 急ぎ足で第三城郭内へ駆け込んでいく人々にまじって一台の荷車も城門を通過しようとした。
 荷車を引いていたのは粗末なつなぎを着た工夫風の男2人だった。
「鉄です。工房へ届けようと……」
「工房?今頃届けてどうする?もう夕暮れだぞ」
 門兵は疑いの色を強めて荷車へ近づいた。荷車を引く男へ左右から槍を交差させて行く手を阻む兵士にも緊張の色が走った。
 門兵は荷車に掛かる幌を抜き身の剣でそっと持ち上げて荷台を覗いた。中には確かに、一塊10キロを越すであろう鉄塊が煩雑に積み込まれていた。
「おねげぇします!この鉄を今日中に届けないと駄賃がもらえねぇんですわ。こんな鉄を抱えて野宿なんてしたら夜盗の餌食になっちまうよ!」
 荷車を引く男は門兵に向かって懇願し始めた。
 帝国が大陸を統一したとはいえ城壁の外、帝国の権威の及ばない野にはならず者達も多い。勢力の大きな盗賊になると規模の小さい城郭(まち)へ夜襲をかけることすらある。そんな夜盗達にとって護衛もいない荷車が野営しているのは狼の群れへ生肉を放り込まれた状態に等しいのである。
 閉門まで後わずかを知らせる鐘が打ち鳴らされ、押しとどめられている荷車の横を最後の集団が駆けて行った。
 多少遅い荷だがもう城門も閉じ、自分らも夜警の兵と交代する時間であるため荷車一つに時間をかけたくないと門兵は思った。
「いいだろう。さっさと行け!」
 門兵は横を向いて面倒くさそうに手を振った。
「ありがとうごぜぇます!」
 荷車を引く男はぱっと表情を明るくして門兵へ何度も頭を下げた。

 城門を抜け城壁に覆われた巨大な都市へ入った荷車は、不思議なことに鉄を必要とする鍛冶屋の並ぶ通りを過ぎ、北へ向かい始めた。
 荷車は人目に触れたくないような動きであった。諸侯の館や親衛隊の砦を覆う第二城壁が近くなると男達はますます緊張の増した表情になった。
 城門沿いの大通りを避け、北へ向かいつづけた荷車は日もすっかり暮れた頃北市街へ着いた。
 昼間でも活気のないこの街は夜になるとべっとりと暗闇が張り付き、路地や廃墟から姿は見えないのに何者かに見張られているような感覚に陥る。
 北市街へ入った荷車はようやく安心したように進み始めた。未舗装の街路を荷車の車輪がごとごと音を立てながら転がっていく。
 そのとき荷車の背後にさっと明かりが差した。
「おい!止まれ!」
 荷車を引く2人がギョッとして振り返ると、灯りを片手に持った警士の姿があった。
「へ、へぇ……」
「何を運んでいる?えぇ?」
 警士は2人組みで酷く高圧的な態度であった。それに少し顔が赤く酒が入っているようだった。
 警士は中年で度々問題を起こしていそうなその手の厳つい顔であった。兵士の格好をしていなければ山賊に間違えられそうである。
「鉄くずでさぁ……」
「鉄くず?何で今頃運んでいる?」
「荷を積むのが遅れて今になりまして……これを今日中に届けなければ駄賃がもらえないんですわ」
 男は城門で言った事を繰り返した。
「はははっ!くず野郎がぐずぐずしていたから遅れたってか?」
 だが警士は表の門兵とは違いあっさりと引き下がる様子ではなかった。品のない笑い声をあげながらしつこくからんでくる。
「中を見せろ」
 1人の警士が顎で荷台を示した。
「へぇ」
 男は幌を開けた。
「ほぉ!くず共が運ぶにしてはやけに上等な物じゃねぇか!」
 警士は酒の混じった息を吐きながら荷台に積まれた鉄塊へ手をのばした。
「あっ……!」
 警士が荷台へ手をのばしたとき荷車の男は思わず声を漏らした。
「何だ?文句あるのか?お前らにこんな上等な鉄はもったいない。だから俺様が1つ頂く!」
 警士は男を押しのけると、重そうな鉄塊を持ち上げようと手に力を入れた。
 警士の強引な取り方で積んであった鉄塊がいくつか街路へがらがらと音を立ててこぼれた。
「おっとっと!悪いな、じゃあこれはもらって――おい!何だこれはっ!?」
 荷台をあさっていた相棒のただならぬ様子に、2人の男を見張っていたもう1人の警士も腰の剣へ手をやり、男達を見据えながら荷台へ近づいた。
 荷台には崩れた鉄塊の下はもう一層隠し荷台になっていた。隠し荷台の蓋が落下の衝撃で割れ、そこには黒鞘に収まった剣、矢の先端が覗いていた。
「貴様ら!」
 すっかり酔いも覚めた様子で警士は剣を抜いた。警士達は男らを捕らえるつもりは全く無く、この場で斬り殺すような顔であった。
 松明に照らされた剣と警士の殺気だった顔を見て男達は悲鳴をあげながら後ずさった。
「逃がすかぁ!」
 警士は剣を掲げると男の額めがけてまっすぐに振り下ろした。
 剣が頭蓋を割り脳もろとも砕かれるだろうと思ったがその時はいくら待っても訪れなかった。隣から一緒に荷車を引いてきた男の引きつった声が聞こえてきた。
 隣の男から先にやられたのかとそっと目を開けると、足元を首のなくなった警士の鮮血がぬらしていた。
「ひぃ!」
 男もわけがわからず引きつった声を出した。
「何者だ!」
 あっという間に相棒の首を落とされた事態に残った警士も動揺を隠せないでいた。
 警士は闇に話し掛けているようだったが、よく目を凝らすと松明の光をわずかに反射する黒い甲冑姿の騎士がいた。
 黒騎士は何も答えなかった。
 警士は剣を中段に構え黒騎士との間合いをじりじりと詰める。北市街を警備する兵達は振る舞いや行動に問題のある兵士達ばかりだが、それなりに腕の立つ連中である。
 対する黒騎士は剣をだらりと下に垂らしている。兜の中で表情は見えないがそのゆるりとした雰囲気は不気味さを感じる。
 先に動いたのは警士のほうだった。熟練された踏み込みのタイミングで間を詰めると、慣れた剣さばきで甲冑の肩の継ぎ目をめがけて剣を振った。騎士はわずかに身を引いて剣先をかわした。だが振り下ろされた剣は跳ね上がり、そのまま止まらず兜の隙間へ突き出した。
 警士の攻撃は相手をしとめるのに申し分ない動きだった。だが騎士は甲冑を纏いながら、より軽装な警士の動きを凌駕していた。甲冑のすれる音がしたかと思うと騎士は剣を突き出した格好の警士の横へ移動していた。驚いた警士が剣を横に払った。
 その剣も空を切った。騎士は剣の下をくぐり反対側へ立った。
 まだ五分と動いていないが警士は大量の汗を流しながら荒い息を吐いている。
「おおぉぉ!」
 ここ一番とばかりに警士は体を奮い立たせると再び騎士の喉へ向かって剣先を突き出した。
 またしても騎士は甲冑のすれる音を残して動いた。そして今度はだらりと持った剣が跳ね上がり警士の突き出した腕を夜空に斬り飛ばし、なおも剣は止まらず刃を反すと首筋を横に払った。
 腕と頭を喪失した警士の残骸が地面に崩れた。騎士が刃についた血を払い、鞘におさめたとき首と腕が地面にたどりついた。
「お前達が最後の荷か?」
 あまりの光景に口をあけたまま呆然とする2人の男へ騎士は冷静な口調で言った。
「え!?……は、はい」
「ではあの路地へ運べ」
 騎士は廃屋と古びた看板を掲げる店の間にある路地を示し身を翻した。
「あ、あのぉ!」
 松明の灯りの届かない闇へ消えようとしていた騎士へ慌てて男は声をかけた。
「こ、この兵隊さんはどうするんですか……?」
「捨て置け……いずれこの都も死体の山となる」
 騎士の足音は闇へ消えていった。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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