ユンはローブ姿のフィルツに案内されて古びた家屋に通された。 その家屋は暗くて細い路地奥にあり、昼間でも薄暗かった。 室内はがらんとしており、小さな円卓と二脚の椅子だけがあった。そして黒い薄布が張り付いたように薄暗かった。日が余り射さないせいであろう、湿っぽい空気が全身にまとわりついてくるようだった。 「どうぞお座りなさい。余り見られた場所ではありませんが」 ユンは小さく頭を下げて椅子にちょこんと腰掛けた。 「このようなところに住むゆえ薄い茶しか出せません。どうかお許しを」 フィルツは室内でもか細い声だった。 ユンはフィルツが差し出したコップを取ると、ふーふーと冷ましながらお茶を飲んだ。 「そうです。まだあなたのお名前を伺っていませんでしたね?」 「ユンだよ。よろしくね」 頓着せずにさらりと答えたユンにフィルツは少々戸惑った様子であった。 「あなたは……王城の者ですね?私にどんなご用でしょう?」 「んーちょっとおしゃべりしようと思ってね」 フィルツはまたしても予想しない答えに言葉を詰まらせた。 「どうしたの?」 「い、いえ……王城の方がそういうことを言うのは大変珍しくて」 「ふーん。いつもどういうことするの?」 「いつもは……話なんてないわ。乱暴な兵士がここの住民を殴るだけ」 フィルツはもとの物寂しげな声で言った。 「だから貴女はここの人たちの世話を?」 「え?ええ……」 とぼけていると思えば急にまじめな質問を返すユンにフィルツは振り回されぎみだった。 「聞いては失礼でしょうか?あなたは帝国人ではないですね?」 いつも自分が翻弄する側であるフィルツは、流れを変えようとユンに聞いた。 「そうだよ。ちょっとわけあってここへ来たんだ」 「その理由とは?」 「ん?ちょっとした恩義ってやつかな」 ユンはちょっと戸惑ったように苦笑いをこぼした。 「恩義?私にはそれだけでないように思います。誰か身近な者を失って――」 「よくわかったね。兄者を亡くした。この帝国との戦いでね」 ユンの答えにフィルツは思わず声が漏れそうになった。 「やはり。実は――」 フィルツは途中まで言いかけて我に帰った。ユンのまっすぐな瞳につられて自分が必要以上に心を許してしまっている事に慌てた。 「仇の国に仕えているって不思議ですわ」 フィルツは平静を取り戻そうとつれない声で言った。 「そうだね。でも借りがあるからなぁ」 ユンの目は遠くを見つめているようだった。 「と、長居しすぎちゃったね。そろそろ僕は帰るよ」 「ええ……」 「そうだ」ユンは立ち上がると思い出したようにフィルツを振り返った。 「これ、お使いなんだけど……最近この地区で武器を集めてるって事と、怪しい術者がいるって噂だけど知ってる?」 「知らないわ……」 フィルツは興味を無くしたように即答した。2人の間はテーブルを挟んですぐだが、俯き加減のフィルツとそれを覆い隠すような影で表情はうかがい知れなかった。 「そう。じゃ、またね」 ユンはまるで友人の家を後にするような様子で出て行った。 フィルツはしばらくじっと座ったままでいた。 「今戻った。どうした?」 フィルツの後ろから突然黒騎士が現れた。まるでこの薄暗い部屋から浮き出たようだった。 「別に……王城から妙な騎士が尋ねてきた」 「異国の騎士だな?」 「そうだ。あの人を油断させるかわいらしい面立ち……」 「ふふっ……竜は戦いの場以外は見を隠すという。気をつけろよ」 黒騎士はおかしそうに笑った。 「もしも我らの大義を遮るようなら――惜しいが頼むぞシュワルツ」 「当然のこと」 黒騎士はその瞬間が待ち遠しいように含みのある声で言った。 「今日も武器が届いた。あと2回だ」 フィルツはさっとローブの袖を揺らして薄暗い壁のほうを示した。 黒騎士――シュワルツは円卓の上に灯る燭台をつかみ、影のたまった壁を照らした。 一見ただの壁だったが、シュワルツは壁の小さな切れ込みに手を入れ横に引いた。すると地の底まで続いていそうな石段が現れた。 シュワルツはその階段の奥を照らした。 そこには、暗く狭い地下に押し込められた鎧や剣が出番を待ち遠しそうにぎらりと光っていた。そして武具には向かい合った獅子の紋が刻まれていた。 「じゃあ最後の荷が届いたら俺が仕掛けるぞ」 「頼みました」 薄明かりの中で交差した2人の目は決意に満ちていた。
|
|