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紅の槍士 作者:azumi

第4回   廃都市へ
 オードレッド中心街から外れた北区は下層階級の人々が住み着いている。
 旧帝政が改められたとはいえ全ての民の生活水準が向上するはずも無い。多国家を平定した上に成り立っているシグルートでは様々な民族・人種が存在する。浅黒い肌をした南部人、小柄で黄色肌の夷族、またはそれらの混血など。
 彼らは旧帝政時に弾圧を受けており、市民権などなく帝国人民からも見下されていた。
 戦争がはじまれば真っ先に前線に送られ、帝国正規軍の盾にされる。メンゲルのように高位についている者たちは、元の民族でも君主や上位にいた者だ。
 この北市街に住む者達は元の民族でも被支配者層の人々で、制度が変わった今でも彼らに対する偏見や差別は拭えないところがあるのだ。
 華やかな中心街とは違い薄汚れたレンガや未舗装の街路、怪しげな商品を細々と並べている店、呪術や占い屋など陰鬱とした空気が漂っている。帝都の影がこの区域いったいに集まったようである。
この区を訪れる客層は娼婦目的か密輸、単なる酔狂かに限られる。
 巡回の警士が2人組みでこの北市街地にやってきた。
 この区を警戒する兵は軍紀違反を重ねた者や、罰として回される者が大抵である。
「邪魔だ!どけっ!」
 警士は前を横切ろうとした男を横になぎ払った。
 男は足をもつれさせて倒れた。同じ通りにぽつりぽつりと人影はあったが誰1人なにも言わなかった。ただうつろな目で警士を追っていた。
「なんだ?じろじろ見るんじゃない!」
 なんとも居心地の悪い視線にさらされ、警士は声を荒げた。
 倒れていた男がのそのそと体を起こした。
「ひっひっ……今に宮殿のやつらはひっくり返るだろう。フィルツ様が罰を下すからな」
 男は金属を引っかいたような気味の悪い笑い声をあげ、警士に嘲るような視線を投げかけた。
「なんだと貴様!反逆罪で逮捕されたいのか!」
 頭に血が上った警士は手にしている棒で笑う男を激しく打ち据えた。
 男は小さな悲鳴を発して縮こまるようにして丸まった。
 打ち据えられる男がぐったりしてきたところでようやく警士の相方が止めに入った。
「いいな?二度となめた口きくんじゃないぞ。貴様らは帝国の残飯で生かされているようなものだからな!」
 未だ興奮している警士は相方に引っ張られるように去っていった。
「ひどいことを……」
 警士がいなくなるのを見計らったように、フードを被った人物が建物の影から出てきた。
 数日前にこの帝都へやってきた旅人であった。今日はあの黒騎士の姿は見えなかった。
「大丈夫か?いま少しの辛抱ぞ」
 その旅人は先ほどの男のもとに屈むと、懐から何かを取り出して男の手のひらに置いた。錆びた鉄くずだった。
「そらこれを……」
 旅人は鉄くずの上に軽く手をかざした。
「うへぇ!感謝しますフィルツ様!」
 男の手には鉄くずではなく金貨がのっていた。
 男は警士に打ち据えられたことも忘れたように、へこへこと頭を下げながら通りに消えていった。
 顛末をながめていた他の人々から「フィルツ様」と歓声が沸き起こった。
 フィルツと呼ばれた旅人は小さく手を上げて応えながら、影が張り付いたような薄暗い通りに戻っていった。

「そういうことだ。是非とも彼にお願いしたい」
 メンゲルは満足げな表情で告げた。
「ちょ、ちょっと待ってください!いくら何でもいきなり北市街は……」
「なに、腕が立つのだろう?北市街の連中も悪いやつらばかりじゃないさ」
 ひどく慌てた様子のキリアを軽くたしなめるように言った。
「メンゲル様……」
 キリアは懇願するような目でメンゲルを見つめたが、メンゲルの重厚な手が行けと無常に振られた。
 キリアは尊敬するいつもの上官に激しく憤りを感じた。他の部下には温情厚く良き父のような接し方をするのにユンに対して露骨に嫌悪することに。
 しかし、一方ではどうして自分がそこまでユンのことを思っているのか疑問にとらわれた。
 確かに瀕死のユンを助けたのは人道的なことを考えてであった。が、回復してからもユンは母国へ帰ろうとはせず恩を返すためだと家に居座りつづけた。
 では何故?ユンは恩を返すために自分の言うことなら何でも引き受けてくれるだろう。気にする必要は無いはず。それなのになぜか気になる。
 無論それはユンを1人の男として意識しているからではない。好意を持っているのは間違いないが、恋愛対象とは全く違う。弟がいた事は無いが強いていえばユンは弟みたいな存在だろう。
 では弟がかわいいからだろうか……
 キリアは営舎から数歩踏み出したところでふっと自嘲気味に笑みを浮かべ、堂堂巡りの考えを止めた。
 
 ユンはこのところ連兵場へいる事がほとんどになっていた。
 相変わらず疎外するような目線を感じるがそれは最初よりずっと少ない。
 今ユンの手には身の丈よりもやや長い2メートルほどの槍が握られていた。
 握りやすく削られた柄の部分は手に同化したようだった。先の方に目をやると、木製の柄から鉄製の穂先に変わる。その穂先は先鋭というよりも一枚貝のような流線型を描いており、日差しを反射して青貝のように美しい光沢を放っていた。
「すごい……いい槍だね。でもいいの?」
 ユンは弾んだ声で隣にいる少年を見返った。その少年はルーイだった。
「ああ。ほんとは俺がもらいたいんだけどご使命だからね」
「誰から?」
「ハイドフェルド様からさ。君にはレオンと言えば分かると言っていた」
 ユンは少し頭をかしげて考えるそぶりを見せた。
 その仕草を隣で見ているルーイには試合をした同一人物とは思えなかった。小動物のようにかわいらしく頭をかしげている。
「あ!帰りがけに声をかけてきたあのとぼけた兄さんか」
「なっ!?そんな言い方やめなよ。ハイドフェルド様は帝国でただ1人の名誉剣士だぞ。英雄なんだ」
 そう言うとルーイは正方形にしきられた城壁の上に広がる空を憧れの眼差しでながめていた。
「そうだったんだ。ちっともそんなこといわなかったな……だだ者じゃないと思えばとんでもない虎だったわけか」
 ユンも1人納得したような表情で、旧持ち主が握っていただろう槍を感慨深げに見つめた。
「ヴァンツ様!」
 ユンが槍を眺めていたとき、新米騎士達のブーツをあわせる音が響いた。
「気にせず続けて」
 ぴしゃっと引き締まった練兵場に落ち着いた良く通る声響くと、さらに気合の入った訓練が再開された。
 キリアはまっすぐにユンとルーイの元へ歩いてきた。
 ルーイはしゃんと背を伸ばし、敬礼をした。
 隣のユンはにこやかな表情で立ったままだった。
「どうしたの姉さん?」
 予期していたとはいえ、キリアの片頬が小さく引きつった。
 平然とそう言ったユンの横ではルーイが困惑の色を隠せずにいた。
「ユン。ちょっと話がある……」
 キリアは一呼吸置き、真剣な面持ちで言った。
 内容を察したようにユンは無言で頷き、キリアの後にしたがった。
「あ、これありがとね。また来るよ」
 思い出したようにユンはルーイを振り返って軽く槍を掲げた。
「あ……ああ」
 ルーイは他に何も言えずただその後姿を見送るだけだった。
 そのときユンとの間に大きな差があることを感じたのだった。

「全く!あんな大勢の前で言わなくてもいいだろう?」
 キリアは練兵場から出ると城壁の影でいつものように抗議の意をあらわにしていた。
 なるべく人に聞かれないようにと声を落としてはいたが、語気は強く時々大きな声になる。
「そういわれても……もういつもの癖だからなぁ」
 こちらも相変わらず悪びれることなくにこにこして頭をかく。
「はぁ……もういい。今日はそれどころじゃないしな」
 キリアは小さくため息をついた後冷静な表情に戻し、これから話すであろうことが重要であるという事を示すような落ち着いた声で言った。
「ようやく僕の仕事かな?」
 その表情でユンは用件を察した。
「そのとおり。ただ最初にしては難しいものになるかもしれない」
 キリアはそう言うと表情を曇らせた。
 そしてやや重い口調で言葉をつなぐ。
「任務の概要は調査だ。オードレッド北市街を調べて欲しいのだ」
「ふーん。そんなに難しい?」
 キリアは言いづらそうにしていたが、内容を聞いてユンは拍子抜けした様子でキリアの顔を覗き込んだ。
「いや……任務自体は複雑ではないが北市街というのがな。いつか話したと思うが北市街は下層階級の人々が住んでいる。お世辞にも綺麗な街とはいえない市街だからいつも向こうを回る警士は軍の問題者がほとんどだ。だからあまり友好な雰囲気ではない」
 キリアは一瞬すまなさそうに目を伏せ先を続ける。
「その上最近は北市街に妙な術者がいるようだ。まあ信仰するのは問題ないと見ているのだが……北市街へ武器が入ってきているとの噂もあるんだ。人民が武装するのは原則として認められていない。杞憂だとは思うが信者を束ねて反乱がおこらないとも限らない。だからその辺りを見てきて欲しい」
 説明を終えたキリアをユンはまっすぐ見つめていた。表面だけでなく中まで見通しているような据わった目付きだった。
「帝国も変わったとはいえそういう所は変われなかったんだね」
「ユン?」
「今まで弾圧してきた人々が立ち上がっては支配が揺るいでしまうからそれを未然にねじ伏せる。でもこれじゃあいつかは爆発するのは見えているよ」
 キリアはまっすぐな目線で淡々と話すユンが自分を刺してくるように感じられた。
「だから……今陛下はそれを変えようとしている。今はこうするしか平穏を保てない。こういう反乱と対峙するのは大国の運命としか言えないかもしれない」
「そうだね。僕のいた大陸は何十もの小国でひしめいていたからね。こことは全く事情が違う」
 ユンはそう言って大きく息をついた。
「いいよ。これも姉さんの頼みなら聞かなきゃね」
 ユンの顔から大人びた雰囲気を消え、顔に相応な笑顔を浮かべた。
「それじゃあちょっと行ってくるね。あ、ごめん。この槍預かっててね」
「あ、あぁ……えっ!?ユン!ちょっと待て!」
 ごく自然に槍を受け取ったキリアだったが、何の準備もせずに向かうユンに慌てた。
 その当人は呼びかける声を聞いても振り返らずに軽く手を上げるだけだった。
 1人城壁の側に残されたキリアはしばらくたたずんだまま動けなかった。

 広い帝都の中を右に左に行きながらユンはようやく目的の場所へたどりついた。
 キリアと話をしたり、寄り道をしたせいで北市街についたのは午後3時過ぎになっていた。
「これは確かに近寄りがたい街だ」
 そう呟いてユンは北市街の砂利道を踏みしめた。
 まだ3時を少し過ぎたくらいだったが街はもう夕方になったかのように沈んでいた。光のあたり具合が暗いわけではない。街の空気が鬱々と感じられるのだ。
 ユンは申し訳程度に並べられた店の商品を見てまわった。
「ふーん。結構おもしろいな」
 ユンは一軒の店前に立ち止まった。その店の両側はすでに廃屋となった宿と住宅であった。
 両側のように廃屋になるのは時間の問題と思われるひび割れたレンガの建物で、薄らと雑貨屋を表す文字が読み取れた。
 陳列棚には見慣れない果物や手芸の人形などが並んでいた。棚には地面から舞い上がる砂埃が積もり、所々手の跡が残っていた。
「みなれねぇ顔だな坊主?」
 ユンが面白い果物を手にとって見ているとき突然店の奥から声をかけられた。
 全く気配を感じていなかったユンは慌てて果物を取り落としそうになった。
「びっくりするじゃないかおじさん!」
「ふん。ここら辺のやつは勝手に金を置いて持っていくか掻っ攫っていくかどっちかだ。おめぇのように手にとって面白がるやつはいねぇ。坊主どっから来た?日が暮れる前に帰りな」
 薄暗い店の奥からひょろりとした仏頂面の男が出てきた。
「心配ありがと。大丈夫だから。あ、この果物なに?いくら置いていったらいい?」
 ユンは先ほど見ていた斑模様の丸っぽい果物手に好奇心溢れる様子で男を見た。
「それはやるよ。だから早く自分の寝床に戻りな」
 男は無愛想に手を振ると邪魔そうにユンを見やった。
「ねぇ、他の人たちって何処に行ったら会えるの?」
 ユンは愛想良く、そう聞かれたら誰でも親切に教えてくれるように聞いたが、男は露骨に顔をしかめた。
「どういうつもりか知らないが止めておけ。ここのやつらは部外者と会うのは好きじゃない。特に官憲とはな」
 男はそういうとじろりとユンをにらみ口を閉ざした。
「ちぇ、最近噂になっている術師に会いたかったのに」
 ユンがそうもらすと、今まで仏頂面だった男はさっと顔色を変えて店の奥へ引っ込んでしまった。
 ユンは男が狼狽したのを見逃さなかった。
「ますます会いたくなった」
 ユンは他に聞こえるようにわざと大きな声で言った。錆びれた街路には人影が見えないにもかかわらず、先ほどから覗かれているような居心地の悪い視線を感じていたのだ。
「おめぇ……フィルツ様に用があるのか?」
 その声を聞いたのか、タイミングよく1人の男が現れた。ぼろぼろの衣服に薄汚れたローブをまとっていた。
「やっぱしね。用事ってことじゃないけど、ちょっと話が聞きたいと思ってね」
 ユンは平然と明るい声で言った。
「おめぇ、宮殿のやつらの仲間だな?あわせるわけにはいかねぇな」
 小柄で紙をしわくちゃにしたような醜い、小鬼のような男だった。そしてその声も顔のようにしゃがれた聞き取りにくい声だった。
「どうして?僕が宮中からだと?」
「ぷんぷんやつらの鉄の臭いがするのさ」
 男はそういうと鉄をこすったような気味の悪い笑い声をあげた。
「どうしても?」
「だめだな。おめぇもここに見回りに来るやつらと同じになりたくなかったら早く帰れ」
 ユンとその男がしばらくにらみ合っていると、か細く寂しげな声が間を割った。
「いいじゃないですか。会う会わないは私が決めます。その坊やをお通しして」
「フィルツ様……」
 男は声のしたほうを物いいたげに上目遣いでながめた。
「どうも始めまして」
 ユンは声の主へにっこりと笑いかけた。
「さあ中へどうぞ」
 フィルツと呼ばれた声の主は、深く茶色いローブで顔を覆っていた。

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