オードレッド城内の謁見の間は異様な空気に包まれていた。 正面には皇帝フェリアスが座し、両サイドには名だたる重臣らが目を光らせている。
「みなさ〜ん、お待たせ〜♪」 全く場の雰囲気にそぐわない声で自慢の金髪を揺らしながらやってきたのはレナードだった。 「今日は残念だけど……かわいいかわいいユンちゃんが悪い子になっちゃったんでみんなに聞いてもらいたいと思いますぅ」 「ラシエール卿、真面目に頼むわ」 苛立たしげに声をあげたのは栗色の髪で鋭い切れ目の女性だった。
エレナ・ルフレッド。女性でありながら重臣の中でも最上位の宰相を務めている。エレナはフェリアスの従姉にあたり元シュピッツ家の一族であったが帝位禅譲の際、政争を嫌って隠棲していた。 辛辣な皮肉屋であるが政道・兵法に長けておりフェリアスは三顧の礼で呼び戻した。 「あは、怒られちゃった。じゃ、始めます」 悪びれることなくぺろっと舌を出したレナードは一礼した。 「えーっと……やっぱり謀反です」 事前に予想はしていただろう一同もざわりとした。 「ユンちゃんはこちらの密書を持っていました」 とことこと歩み寄ったレナードは手にしていた紙をエレナへ手渡した。 「―――っ!こ、これはっ!?」 「そ。先帝の勅書ってやつ」 「へ、陛下!」 「……続けよ」 フェリアスは有無を言わせぬ声で先を促した。 「ユンちゃんはこの密書をネーベルン一派へ渡そうとしていたみたいです。加えてこの帝都でも破壊工作を計画していました」 「その破壊工作とは?」 燃えるような赤毛をした男がすぐさま食いついた。 男はキリアやレオンと同年代で、帝都憲兵隊長のクローフ・エルフィスであった。
「はいはーい♪その計画は、北市街の蜂起によって帝都を混乱に陥れ、隙あらば異母兄さんの首を……」 「ば、馬鹿な!我々近衛騎士団が居る限り陛下に手出しさせるわけが無い!」 「ええ。今はね。でもこの手紙が発見されるのがもう少し遅かったら?たぶん……近衛騎士団はトレヴィスに居たと思うよ」 レナードは発言者である近衛騎士団長のジトではなく、一段高い玉座に在るフェリアスを見遣った。 トレヴィスは西域への要衝であり、堅牢な城塞が築かれている。 「な、何っ!?ラシエール卿は我らがネーベルンを攻めるつもりだったと?」 「さあね。そこまでは言わないけど……風聞が広まる前に西側諸侯への牽制の意味も込めての展開はあったと思うよ」 「団長の私を通さずにそんな事が――――」 何か思い当たる節を見つけたのかジトははっとして側に控えるメンゲルに視線を向けた。 「……後ほどお話いたしましょう」 大きくため息をついたメンゲルは観念したようにぼそりと口を開いた。
「っと、話は戻して。北市街の協力者の家からは大量の武器が見つかったよ。なんと鉄砲までね」 「我が軍への配備も行き渡らぬ物が何故流れている?」 フェリアスは射るような険しい眼光をレナードに向けた。 「それがねー僕の領地、ラシッドから帝都へ輸送中に奪われたの。だけど幸運にも……護衛隊が襲撃者の顔を見たって言うんだ」 レナードはもったいぶるように一同を見回した。 「何者の仕業だ?」 痺れを切らしたエレナが先を迫った。 「犯人はユンちゃんだってさ」
オードレッド城地下に罪人を収監する牢獄がある。 地下へ降りた瞬間からまとわりつくようなじめっとした空気、鼻をつく獣じみた臭いはこの区画が造られたときからだろう。 獣脂に灯された粗末な薄明かりと、頑丈な石壁と鉄格子で囲まれた室内は収監される者の希望を簡単に奪い去ってしまう。
「さっさと座れ!」 熊のような獄吏が乱雑にユンを促した。 「分かったよ」 ちょっとやそっとでは壊れそうにない頑丈な椅子へユンが座ると、獄吏は手すりと脚についている枷につないだ。 ユンは独房に収監されていた。 所々乾いた血痕のように黒ずんだ机と、ユンが拘束されている椅子だけがある小さな部屋だった。 「妙な動きをしてみろ、ただじゃおかんぞ。いや、俺が手を下すまでも無いな」 獄吏の髭面からにやりと黄ばんだ歯が覗いた。
「入るぞ」 鉄扉を短く叩く音が独房内に響いた。 「ははっ!ハイドフェルド様、このようなむさ苦しい所へわざわざ――」 「挨拶は結構だ。外してくれ」 レオンは卑屈ににじり寄ってくる獄吏を制し、ユンの向かいに座った。 「は!では外におりますのでご用の際はお呼びください」 獄吏は上機嫌で部屋を出て行った。 「兄さん、元気だった?」 「………あのなぁ、そんなのんきにしてる状況か?」 多少やつれているものの、全く懲りた様子のない一声にレオンの方ががっくりとした。 「お前に謀反の疑いがかけられているんだぞ?」 「あらら。……このままだと?」 「間違いなくコレだ」 レオンは手刀で首を落とす仕草を見せた。 「やばいなぁ……あ、そうそう!姉さんは元気にしてる?」 「ユンっ!!お前の事だぞ!!もっと真剣に考えろっ!!」 珍しく声を荒げたレオンは両手を机に叩きつけた。 「……わかってるよ。でも僕を信じてくれるのは兄さんと姉さん以外いないんだ。今のところレナード兄ちゃんの思惑通りだけど我慢するしかないよ」 神妙な表情でユンは言った。 「ちっ……その通りだが、余り悠長にしていられんぞ」 レオンの瞳を真正面に見据えてユンは無言で頷いた。
「くそっ!!このままじゃユンは処刑されちまうぞ!」 「レオン、落ち着け。怒鳴っても状況は変わらんぞ」 「分かってるさ!」 キリアの屋敷にやってきたレオンは、やり場の無い怒りを抱えたまま腰をおろした。 「状況を見直してみよう」 苛立つレオンの前にお茶を置いてキリアも向かいに座った。
「ユンが密書を持っていた、と言うのは事実だな。それを理由にネーベルンとのつながりを言われているが――ラシエール卿の見解だけだ。が、それを否定できる証拠はない」 レオンが冷静さを取り戻したところでキリアはゆっくりと口を開いた。 「その上鉄砲強奪に関しては目撃者までいる」 「……その鉄砲の件は納得いかねぇなぁ」 腕を組みながらレオンはうなるように言った。 「気持ちはわかるが――」 「いや、そうじゃない。考えてみろよキリア。もし、あいつが本気で陛下の首を取ろうと思うなら……鉄砲なんているか?」 キリアははっとしたようにレオンを見遣った。 「……いささか不謹慎だが、その通りだな。ユンがわざわざ不慣れな得物を使うはずは無い」 だろ?とレオンはにやりと口を緩めた。 「では証人という騎士から話しを聞いてみるとしよう」
「全く……私が留守の間とんでもない事が起きたようね?フェリアス」 ブラウンの瞳に不機嫌な色を湛えながらエレナは言った。 「あんたがいてもいなくても問題は起きる。ただ、それを処理出来る者がいないとそれだけ問題が大きくなるわけだ」 「ふん……本来、皇帝のお前が問題を片付けていくべきでしょうが」 殺風景な皇帝私室で、エレナは応接セットのソファーに、フェリアスは執務机の前に座っていた。 「それで、どうするつもり?当事者を処刑して手っ取り早く収拾する?」 「そんな単純ではない」 「当然ね。お前がまともな思考を保っていて安心したわ。どこかの単細胞どもと同じく処刑、なんて言ったら蹴飛ばそうと思っていたところよ」 エレナは期待していた答えが返ってきて満足そうに頷いた。 「……相変わらず喰えんやつだ」 「お前に喰われるなんて願い下げよ」 皇帝を前にしても容赦のない口調である。 「ふん……本題へ戻すぞ」 フェリアスは淡々と話題を転回させた。
「事態がはっきりするまで拘束しておく。五月蝿く言う者には……サディン島へ収監するとでも伝えておけ」 「分かった」 「それで、諸侯の様子は?」 エレナは用意していた書類を手際よく広げた。 「北方のレスター、オードレッド周辺の東部では特に動きは無し。問題の西方、ネーベルン周辺ではこの件に反応して警戒を強めているわ。南方のメントス、サルブルク、ヴィン各都市同盟は混乱に乗じようと考えているようね」 「当然の反応だな。一つずつ火種を消せば元通り落ち着くだろう」 書類から顔をあげたフェリアスがゆっくり頷いた。 「それにしても――きな臭い事だらけだねぇ。一つ間違えば戦になるよ」 「もしものときは頼りにしているぞ」 「あぁーあー、嫌だ嫌だ。私は金輪際皇位とは関わらないって言ったからね」 エレナは冗談じゃないと手を振って席を立った。
「なんだと?」 「どなたもお通しできません」 キリアとレオンは証人の騎士がいる城内の近衛騎士控え室前に来た。 だが扉の前には近衛騎士が立ち塞がっていた。 「なぁ、お前はメンゲルじいさんのところの騎士だろ?ここは俺を助けると思ってちょっくら――」 「困ります。お通しできません」 騎士は力ずくでも動かない頑なな態度である。 「なぁ、別に取って食うわけじゃないぞ?ちょっと話を聞いてみたいだけなんだ」 「申し訳ありません」 「誰の命令だ?」 次第に苛立ってきたレオンの横からキリアが言った。 「………」 「それくらいは構わないだろう?」 「は……本人の強い希望を陛下が受け入れたようです」 騎士は渋々口を開いた。 「つまり、わがままを陛下が認めたって訳か?」 だがそれ以上は答えられないと騎士は口をつぐんでしまった。 「あぁ、そうかい。分かった。お前も大事な任務だからな。無理言って悪かったな」 苛立っていたレオンは怒りを爆発させると思いきや、あっさりと踵を返した。
「おい、レオン。こう言うのも何だが……やけにあっさりと引き下がったな?」 控え室前からしばらく離れた廊下でキリアが声をひそめ、怪訝そうに言った。 「正面がダメなら別の口から当たればいいのさ」 「……何をするつもりだ?」 「いい策があるんだよ」 ――その自信たっぷりなのが不安だな。 キリアは声を出さずに視線だけを送った。
「えー、おほん。そこの君」 「………」 騎士はまた来たかと言いたげな表情をちらりと覗かせた。 「そう嫌な顔をするな」 レオンは笑みを湛えながら親しげに騎士の肩を抱いた。 「……何のご用でしょうか?」 「なぁ、ちょっとでいいから中のやつと話をさせてくれよ」 「困ります……先ほども無理と申し上げました」 騎士は相変わらず徹底拒否の構えを崩さない。 「そう突っぱねるなって。……いい話があるんだよ」 にやりと意味ありげな笑みを浮かべたレオンは、辺りに誰もいないことを確認して騎士の耳元へ口を寄せた。 「騎士として日々の鍛錬は大切だがな、毎日野郎だけに囲まれるのは男として悲しいだろ?だからな、たまには華やかな世界も体験すべきだぞ」 「レオン様……名誉剣士、剣聖の称号を得ながらなんと嘆かわしいことを!」 「おいおい、剣聖でも騎士でも人間だろ?たまには息抜きも必要だって事だよ。張りつめっぱなしじゃあいざというときには糸が切れちまうぞ」 あからさまな拒絶を見せる騎士をレオンは精一杯穏やかな口調でなだめる。 「そんな言い訳聞きたく――」 「まぁまぁ、とりあえず聞けよ。その店はだな、スタイル抜群の美人ぞろいだ」 それに、とレオンはさらに声を潜めて囁いた。 「客の望む格好で酌してくれるんだぜ?」 「………」 無言の返答に失敗かとレオンが諦めかけたとき。 「……本当にどんな格好でも?」 「ん……ああ!大丈夫だ!」 騎士の務め一色だった目の色が揺らぎ始めているのを見たレオンは心の中で勝利の声をあげた。
「丈の短い修道服で透けそうな布だな?用意させておく」 「あの……出来れば若い子を」 「ん、まぁ……店で一番若い子をつけるように言っておこう」 この野郎!騎士面しておきながら! いい加減にしろと叫びだしそうなのを堪えてレオンは騎士の注文を聞いていた。 「よしっ!じゃ、交渉成立だ。キリア!」 「えっ!?……き、キリア様」 夢見心地だった騎士は廊下の角から颯爽と現れたキリアを見て現実に引き戻された。 「構わん。騎士といえども気分転換は必要だからな、レオン?」 キリアは微笑ながらも目の奥が笑っていなかった。 「そう……だな!安心しろ、このキリアも絶対に他言はしないからよ」 矛先を向けられたレオンは慌てて取り繕った。 「はっ……しかし――あまり長い時間は………」 「分かっている。では時間もない事だし、入ろうか?レオン」 先ほどとは逆に、キリアに肩を抱かれたレオンはなんともいえない苦い表情でゆっくり扉に手をかけた。
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