「嘘です!!そんな事が……」 「残念です」 一瞬立ち上がりかけたローザは力なく椅子の上に崩れ落ちた。 「ホルス……」 ローザはヴェールの下からはらはらと流れる涙を隠そうともしなかった。 「ヒュラム卿は手紙を持って帝都へ出向き、潔白を証明しようとしたのでしょう?……私が着いた時には既にオードレッドより放たれた暗殺者によってヒュラム卿は事切れておりました」 口上とは裏腹に冷ややかさの漂う客人、シュワルツをローザは涙の乾かぬ目できつと睨みつけた。 「そんなことが信じられるか!!どこに証拠がある!? ふっ………そうか、そこまで詳しいと言うことはそなたがホルスを殺したのではないのか?」 声を荒げたローザだったがすぐにその怒りは霞み、自嘲気味に口元を緩めた。 が、次のシュワルツの言葉で表情は凍りついた。 「……ご明察です」
「ローザ様のおっしゃる通り、私がヒュラム卿を殺めました」 「―――!!」 「ですが、それはローザ様を気遣っての事です……」 そこまで言ってシュワルツは重く口を閉ざした。 一瞬の静寂を破ってローザがもはや外聞も関係なく金切り声でわめきだした。 「気遣って?一体何を気遣うのですか!? 神に祈るだけで幸せだったわらわを血生臭い争いに巻き込んでおきながら!!」 「それは誤解です。我々はローザ様を惨禍よりお救いしようと参ったのです。ただ本当のことを伝えるとなると――」 「申してみよ!」 鬼気迫るローザにシュワルツは渋々口を開いた。 「……ヒュラム卿はオードレッドと通じておりました。屋敷を見張っていたところに別の使いが来て例の手紙を渡すところでした」 「信じられぬ!そのような戯言でわらわを謀ろうとしても無駄です!!」 シュワルツは激高するローザの前へ無表情で手紙の束を押しやった。
「お分かりいただけたかと……」 「そんな………ホルスが―――」 ローザの手から手紙がはらりと舞い落ちた。 あまりにはっきりと印されていた弟、ホルスの内通の証は、かろうじて支えとなっていたローザの心の柱を根底から叩き割った。 ローザは呆けたように宙を見つめていた。 「一刻の猶予もありません。すぐにも逆賊討伐の檄文を諸侯に!」 ここぞとばかりにシュワルツは押しに出た。
「……っふ、うふふふ―――おっほほほほほほほ!」 「ローザ様!?」 ただならぬ笑い声に外で控えていた侍従の尼僧が慌てて入ってきた。 「あなた!ローザ様に何を!?」 「ふふっ……よい。下がっておれ」 「しかし――」 「下がれっ!!」 「は、はい……」 狂気じみたローザの迫力に気おされて尼僧は仕方なく引き下がった。 「よかろう。そなたの言う通り逆賊討伐の檄文を書こう……」 「賢明な判断かと」 「家臣の分際で皇帝を僭称など許さぬっ!わらわの一族を虐げた恨み思い知らせてやる………」 もはやローザの顔は神に仕える気高く清楚な尼僧の姿は無く、炯々と目が光る狂気の形相であった。 「御意にございます。ではまた後日」 恭しく一礼しながらシュワルツはにやりと口角を吊り上げた。
「ネーベルンでの工作はほぼ成功しました。引き続きシュトラフに監視させております」 「ふーん……」 シュワルツの報告を聞いているレナードはどこか上の空な返事をした。 「何かご懸念でも?」 主の表情を察したシュワルツが言った。 「うん?何でもないよ。――――ただ、もう戻れないなぁと思ってね」 レナードは珍しく遠くを眺めるような表情になった。 「……はい」 「あは♪やだなぁ、シュワルツまでそんな顔しちゃって!そろそろ仕上げにかかるよ」 すぐにいつものおどけた顔に戻ったレナードはくすくすと笑いながら言った。
「はぁ……姉さんや兄さんどうしてるかなぁ?」 打つ手のないユンは豪華なベットの上と殺風景な部屋をうろうろする事を繰り返していた。 外界から遮断されたこの部屋では朝か夜かも分からないが、1日に3回無造作に突き出される食事から既に一週間以上は過ぎていることは分かった。 それにしても―――頑丈な部屋だなぁ。 城壁並みに頑丈な石の壁に囲まれ、部屋の中には道具になりそうな物は何も無い。壁にまぎれている隠し扉も鋼鉄製で、食事のときだけ小口が開くだけであった。
「ん?もう飯の時間か?……見かけん顔だな?」 扉の向こうから監守の話し声が聞こえてきた。 「そこを動くな!何者だ?一体どうやってもぐりこんだ!? ふざけた―――うわっ!?なんだこ………れ?」 監守の声がしぼみ、どさりと大きなものが倒れる音がした。
外のやりとりを聞きながらユンは身構えていた。 すると、今までどうにかして開かないものかと願っていた唯一の扉がゆっくりと開き始めた。
「あ、お姉さん!」 「しっ!」 メイド姿の女性は人差し指を唇に当てて静かにするよう示した。 「あの北市街のお姉さんだよね?」 メイド姿の女性、フィルツは無言で頷いた。 「どうしてお姉さんがこんなところへ?」 「……ユン、今は説明している時間は無いわ。ただとても危険な状況になっているの。とりあえずここから逃げないと!」 断る理由も無いのでユンは2つ返事で従った。
「……ねぇ、これほんとに僕も着なきゃいけない?」 独房から抜け出した2人は服が山のようにある衣装室に隠れていた。 「ここから出るまでです。我慢して」 「はぁ………こんなかっこ、姉さんもしたことないだろうに………」 「早く!見つかってしまうわ」 ユンはげんなりした様子でフィルツが差し出す衣装、メイド服を受け取った。 「………こんなのどうやって着るの?」 「え……?も、もう!仕方ないわねぇ」 困ったような顔をしながらフィルツの目がきらりと光った。 「えっ?えっ?お姉さん!な、何をするの?」 「じっとしててね………うふっ」 「うふっ、て何!?」 得体の知れない威圧感にユンはたまらず後ずさる。 「ちょ、ちょっと待ってよお姉さん!!」 壁際に追い詰められたユンは必死に説得を試みるがフィルツの耳には届かない。 「ね、ねぇ!やっぱり僕自分で出来るから―――うあぁぁ〜〜!!」
「これでいいわ。うん、やっぱり体が細いからサイズもぴったりね。顔立ちもかわいらしいから男だと分からないわ」 「そ、そう………」 妙にうきうきしているフィルツの横でユンはぐったりしていた。 無理矢理着替えさせられたユンは、黒のスカートに白いエプロン、女性用かつらにティアラまでつけてすっかり女の子にされていた。 「じゃ、さっさと行きましょう」 「……ねぇ、このスカートお姉さんのより短くない?」 渋々歩き出したユンは膝より上のスカートをつまんで不満そうに言った。 「えっ!?……き、気のせいよ。い、行くわよ!」 ほっそりとしたユンの足から慌てて目をそらしたフィルツはそそくさと歩き出した。
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