市街捜索の後レオンとキリアは、キリアの屋敷でじっとユンの帰りを待ちつづけ、夜明けを迎えていた。 「おかしい……絶対に何かが起きている。今までにユンが朝まで戻らなかったことはあったか?」 「……いや」 朝日が差し込み始めているが2人の周りにはまだ夜のように暗く重い空気が座っている。 「なぁ、あの時は落ち着いて考えられなかったが……ユンはまだレナードの邸内にいるんじゃないか?」 ぽつりとレオンが言った。 「なぜだ?ラシエール卿が嘘をついていると?」 「さあな。あいつ自体が嘘臭いからな」 レオンはふんと嘲笑をもらした。 「……嘘をつく理由が分からないな」 「例の手紙を使ってこの国をどうにかしようとしているんじゃないか?」 「まさか。陛下の異母弟だぞ?そんなことは……」 またしても2人は深く重い沈黙に包まれた。
「ふぅ……いつまでもこうして顔をつき合わせているわけにはいかんな」 「ん?俺はかまわないけどな」 「私はごめんだ」 キリアはつれなく言って立ち上がった。 「………城に行くか」 「ああ。そうするとしよう」 レオンも腰をあげ、2人はオードレッド城へ向かった。
「先帝の手紙………?」 「うん」 「それを東人、キリアの客分になっている少年が持って消えたと?」 「うん」 険しい表情のフェリアスに対し、レナードは真剣さに欠けた子供っぽい頷きを繰り返す。 「………仮にその手紙がネーベルン派へ渡った場合どうなる?」 「そうだねぇ……うまく利用されると、西側の諸侯はほとんど反旗を翻すと思うな。オードレッド周辺と北方は大丈夫と思うけどー、南方では混乱に乗じて独立運動が起きるかな」 朝一で告げられた難題にフェリアスは眉間に皺を寄せて目を閉じた。 フェリアスとレナードは謁見の間の奥にある皇帝私室にいた。 「……それで少年はネーベルンの手の者に落ちたと言うのか?」 「そうかもしれないしーー……自らネーベルンの元へ走ったか」 フェリアスは再び考え込むように口をつぐんだ。 「外見はとってもかわいいんだけど、一応異母兄さんはユンちゃんの仇なんだからね」 レナードはかわいい、というところを嬉しそうに言った。 「そうそう、この件に関係ありそうだからヒレン卿を呼び出しといたよ。明日辺りには着くよ」 「相変わらず手回しがいいな。……この件は慎重に対処する。ご苦労だった」 「ちぇ、兄弟なのにそんなつれない言い方しなくてもねぇ」 レナードは少しすねたように皇帝私室を出て行った。
「……どう思う?メンゲル」 「はっ……それがしのような無骨者にはちと難しい問題で」 レナードと入れ替わりに呼び出されたメンゲルは顔の皺をさらに深くした。 「それは分かっている。だがこの問題を重臣や元老には諮れん。………利に敏く口の軽いやつらばかりだからな。真に心を許せるのはそなたら近衛騎士だけだ」 「陛下……」 感極まったメンゲルは言葉を失った。 「ふっ………国を変えようとこの座をもらったが、何一つ変わってないな」 「そんなことはございますまい」 「そなたらを得られたことが一番の僥倖か……」 今日の陛下はどうなされたのだろう? 今までこんな深刻な顔をされたのは……東征の時以来かのぉ。また荒れる……か。
「陛下、キリア・ヴァンツ、レオン・ハイドフェルド参りました」 「開いている」 「失礼します……メンゲル様もいらしてたんですか!」 「あぁ。先にくつろいでるぞ」 「道理で辛気臭いとおもったぜ」 「適当に座ってくれてかまわん」 キリアは驚きつつも一礼し、レオンは軽口を叩きながら席へ座った。 「そろったようだし話を進めよう」 フェリアスは淡々とした口調で話を進めた。 「率直に言う……近衛騎士団はいつでも出撃できる用意を頼む」 「なんとっ!?」 メンゲル顔からさっと血の気が失せた。 「………攻め込み先はどちらになりますか?」 「キリア。その顔はすでに相手を知っているようだな」 「陛下……私の予想が当たっているとしたら………深刻ですよ」 暗にフェリアスの意図を察したキリアも表情を強張らせた。 「うむ。だからこそ直属の軍に動いてもらわねばならない。……場合によっては紫紺の旗を掲げる」 「陛下!?」 「そこまでお覚悟ですか……」 「まじかよ……」 3人そろって言葉を失った。 近衛騎士団の旗印は咆哮する金獅子である。通常は白地だが、紫紺の旗が揚がると皇帝直々の出陣である。
「……以上だ。頼んだぞ」 メンゲル、キリア、レオンは寸分違わぬ動きで敬礼し、引き締まった表情で部屋を後にした。
旧都ネーベルン。オードレッドから南東へ行った内陸の盆地 にある。早馬で3日、通常で6日という距離である。 貴族達が愛して止まなかった旧都は、機能性を追及した現在の都、オードレッドとは違い、美を意識した造りになっている。 宮殿を中心に円を描くように広がる街は曲線美が特徴的で、角というものがほとんどなく、城壁の四隅でさえ例外ではない。 城壁を挟んで二対の小川が流れており、上から見るとその姿は川に流れる花弁のようであった。
「何ですと!?そなたもう一度申してみよ!」 紺色の法衣を纏った女性が思わず声をあげた。 法衣といえども素材は最高級である。さらには純白のレースがついた手袋、拳大もあろうかという宝石のちりばめられたブローチをさげ、頭には純銀製のティアラと薄いヴェールを被っていた。 ヴェールからかすかに窺える顔からすると、50代後半から60代女性であった。しかしその周りには容易に触れることの出来ない神聖ともいえるオーラが溢れている。 女性の名はローザ・ヒュラム・ハインリッヒ。先帝の生母であった。 ローザはオードレッドへの遷都後も花の宮殿と称されるフリーヴェ城に留まり、出家しわずかな侍従とともに静かにすごしていた。
「逆賊シュピッツ家をお討ちくださいませ」 1段下で謁見を許された男は全く動じることなく淡々と言葉を繰り返した。 「何を申しているのかわかっているのかっ!?」 「はい……これをご覧くだされば」 男が丁寧に封された封書を差し出すと、側付の若い尼僧が訝しげな表情を浮かべながら封書を取り次いだ。 ローザは尼僧が封を開いた手紙をゆっくりと広げた。
「こ、これは………!?ラディスの――いや、そんなはずは……」 ローザの顔にヴェールの上からでも分かるほど動揺の色が表れた。 「お分かりいただけたでしょうか?」 「ありえぬ!」 「信じられぬ、と?」 「当然です!」 「ご自分のお子が書かれた物が信じられないとなると弱りましたね……」 「控えよ!無礼でありますぞ!」 すっかり取り乱しているローザを見かねて側付の尼僧がきつと男を睨みつけた。 「失礼いたしました………その書簡は差し上げますのでよきに取り計らっていただけるよう願っております」 男はふっと笑みを一つ残して静かに謁見の間を後にした。
「……シュトラフか?」 フリーヴェ城から市中の宿へ戻った男は、部屋に入るなり木戸で閉じられたままのバルコニーに向かって当然のごとく呟いた。 「はい……」 木戸の向こうに居た長髪の男、シュトラフも驚くことなく答えた。 滑り込むように部屋へ入ってきたシュトラフは一般人と同じ平服だった。 「向こうはどうなっている?」 正装の男、シュワルツはゆっくりと2対ある椅子の1つへ腰をおろした。 「今のところ問題なし……」 「そうか。ではフリーヴェの動きを頼む」 そっけないまでに簡潔なシュトラフの答えに負けじと、シュワルツもあっさりと次の指示を与えた。 「は……」 シュトラフは入ってきたときと同様にすっと出て行った。 1人残ったシュワルツはこれからに備え、ベットの上に横になり目を閉じた。忘れようとも忘れられない習慣になっている浅い眠りについた。
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