「ぅーん………あれ?」 目を覚ましたユンは天蓋付きの豪華なベットの上にいた。 「どうなってるんだろ?」 1人では広すぎるベットの上に座り込んだユンは首を傾げた。 部屋にはベットと小さな木の机に椅子が2脚あるだけだった。壁は何も施されていないつるつるの石壁である。 ランプで隅々まで照らされた部屋は1人では十分すぎる広さである。それなのに妙な圧迫感があった。 「何か足りないよねぇ……」 ユンは違和感の元を探るべく部屋を見渡した。 「あっ!窓とドアが無い!?」 天井近くにある通気口以外に開いている場所は無かった。その通気口も人が通れるはずも無く、出入りできる場所は見当たらない。 「どうしよう……」 ベットの上で途方に暮れていると。 カチャ……。
「え……?」 正面に捕らえていた壁がすっと切れた。 その切れ込みが徐々に大きくなり人が通れるほどに開かれた。 「ユ〜ンちゃん!起きた?」 「わっ!?レナード兄ちゃん!」 開かれた壁から現れたレナードは悪戯が成功して楽しんでいるような笑みを浮かべていた。 レナードは椅子の背もたれを抱えるようにして座った。 「ここ……どこ?」 「僕の家だよ。急に眠っちゃったし、そのまんまにしとくのもかわいそうだから空き部屋に連れてきちゃった」 「そう。僕気付かないうちに眠っちゃったんだね。そうだ!姉さん達は?」 ユンは慌ててベットから飛び降りた。
「帰っちゃったよ」 レナードは笑顔だけが張り付いたような表情を浮かべながら平然と言った。 「どうして起こしてくれなかったの?」 「だってぇ〜ユンちゃんに帰って欲しくなかったんだもん」 「レナード兄ちゃん!ふざけないでっ!」 「あ〜〜!ユンちゃん怒った顔もかわいいね!」 「く〜〜〜っ!」 ユンは憤然として隠し扉となっている壁へ歩き出した。
「おっと!まだお帰りは早いぜ?」 ユンが手をかけるより先に壁は開かれた。 「お、お前はっ!?」 現れた男の顔を見たユンは凍りついた。 短髪に刈り上げられたブラウンの髪。飄々とした顔に人のよさそうな笑みを浮かべるが、目には油断ならない光が宿っている。 黒騎士、元第44騎士団のシトであった。 「レナード兄ちゃん!逃げて!!」 無手のユンはぱっと間合いを取ってレナードの背後をかばうように立った。 「なあに、心配すんなよ。今日は俺も丸腰なんでね。ここで見学させてもらうぜ」 シトは両手を肩の辺りまであげてアピールした。そしてそのまま隠し扉へもたれるようにして立った。 「兄ちゃん!」 「うん?そんなに慌ててどうしたの?彼は僕の部下だよ」 必死になるユンの後ろでレナードは振り返りもせずクスクスと笑っている。 「……レナード兄ちゃん?」 違和感を覚えたユンはゆっくりレナードへ向き直った。
「うふふ……知ってるよ〜」 椅子の上で足を組替えながらレナードは子供じみた笑みを浮かべた。 「……え?」 「だーかーらー、シトが色々やってること知ってるの」 ユンの顔色が変わっていくのをみてレナードはさらに笑い出した。 「どうして……?」 「どうしてって?聞きたい?ユンちゃんならきっと分かってくれると思うから教えるね」 待ってましたとばかりにレナードはしゃべりだした。 「あのねぇ、僕この国がきらいなんだ」 冗談とも思えるような笑みを浮かべながらレナードはさらりと言った。 「僕の母さんはね父が画策した謀略のだしにつかわれた挙句に死んじゃったの……。まだ5歳の子供だったから面影しか覚えてないんだけどね」 レナードは残念そうに首を横に振った。 「異母兄さんもこの国をよくしようといろいろがんばってるみたいだけど………理想だけでは無理だね。最初からやり直さないとね」 レナードの顔は笑っているが、瞳の奥からは笑みが消えた。 「この国で困ったさんはね、未だに旧都で根を張っている旧皇族と、自分勝手なご老臣たちなの。だから――」 「……だからみんな粛清するってわけ?」 黙って聞いていたユンが静かにレナードの後を続けた。 「そう!ユンちゃんわかってるぅ♪」 ぱっと笑顔をはじけさせたレナードはユンの手を取った。
「……くだらない……兄ちゃんだって自分勝手じゃないか!」 ユンはレナードの手を振り払った。 「そんな事のためにまた血を流すの?」 ユンは険しい表情で鋭く問い掛けた。
「ちぇ……ふられちゃった」 ユンに振り払われた手をレナードは名残惜しそうに見つめていた。 その態度からは全くユンの言葉が届いていない。 「そうだね、僕も自分勝手かもしれないけど……ユンちゃんにも無関係じゃないんだよ?」 顔をあげたレナードは意味深な笑みを浮かべて言った。 「ユンちゃんがお兄ちゃんを亡くした東征はね、旧皇帝への忠誠が強い護国派を黙らせるために行ったんだよ」 かたくなな態度をとっていたユンも「兄」という言葉にはぴくりと反応した。 「ゴーサインをだした異母兄さんは失敗することが目に見えていたよ。それでも決行したのはー、失敗の責任をとらせて護国派を一掃したかったからだよ」 「………兄者は……兄者はくだらない争いのために………!」 「そういうことになるね」 悔しそうに拳を握り締めるユンをみてレナードは満足げな笑みを浮かべた。 「おまけにもう1つ〜。東征失敗で失脚した護国派の筆頭はね、ハイドフェルド家っていうんだよ。そう、ユンちゃんが兄さんって慕っているレオンの生家だよ」 「………兄さん」 「あれぇ?その顔は何にも知らなかったとか?うわぁ〜あんなに仲良し面して酷いねぇ」 部屋にはレナードの笑い声だけが響いた。 「ね!だからここは僕と一緒に楽しくしよっ♪」 レナードは満面の笑みで再びユンへ手を差し伸べた。
「嫌だね」 乾いた音とともにレナードの顔が横を向いた。 「僕はレオン兄さんがどんな出自とか関係なく好きだよ。キリア姉さんもね。自分だけ面白くないからってひねくれてるなんて……レナード兄ちゃん大っ嫌いだっ!!」 信じられないように頬を押さえているレナードに向かってユンはきつと睨んで言った。 「うわぁ……僕って言われ放題だね」 レナードはうふふと背筋が冷たくなるような笑みを浮かべた。 「はぁ〜、ユンちゃんとは仲良くなりたかったのになぁ……残念。ま、仕方ないよね」 異様な空気にユンはじりっと後ずさる。 「だめだよ。このまま帰れるわけないでしょ?」 「……っく!?」 ユンが気付いた時にはすでに口元へ湿った布が押し当てられていた。つーんと鼻につく臭いがしたと思うと、頭がくらっとして意識は闇に落ちた。
「……じゃ、逃げないように見張っててねシト」 「ふっふっ……こいつにゃあ散々かき回されたんだが、食べちゃっていいとか?」 「またぁ!それは僕が先なの!」 「はいはい………ま、当分は動けねぇと思うが見張ってるよ」 ひらひらと手を振ったレナードは階段を上っていった。 1人残されたシトは近くにあった長椅子を引っ張ってきて隠し戸の前へどっかりと座り込んだのだった。
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