レナードの屋敷は第二城郭内の東端にある。 その外観真っ白な壁で囲われ、広い庭内には贅をつくした庭園と本館、二の館がある。 元は白亜東宮と呼ばれ、先帝の側室であるセリエス妃の邸宅であった。
「わぁ……オードレッド本城よりすごいや」 二の館大広間を見たユンは感嘆の声を上げた。 主に迎賓館として使われていた二の館には多数の客間と舞踏会が行われる大広間がある。 今ユンがいる大広間は2階まで吹き抜けでとなっており、金細工をふんだんに使った星のようなシャンデリアが室内を明るく照らしている。 またそれだけではなく、一部ガラス張りになった天井からは本物の星空を見ることができる。 「すごいでしょ!異母兄さんの城は何にもないからねぇ」 屋敷を案内する主のレナードが言った。 「案内はこんな物でいい?」 「うん。ありがと、兄ちゃん」 「それじゃあ今度はこっちにね」 レナードは本館へつながる廊下を歩き出した。
「適当に座っていいよぉー」 レナードの言葉を待たずにユンはふかふかな長椅子へぴょこんと座った。 ユンの向かいにレナードが座ると、待っていたように紅茶とお菓子が運ばれてきた。 「食べていい?」 「もちろん」 ユンは先ほどキリアの屋敷で食べたことを忘れたようにお菓子の皿へ手をのばした。 「おいしい?」 「うん」 ユンは瓦状に焼かれたクッキーをぽりぽりとかじりながら頷いた。
「じゃあ、お腹も落ち着いたところでさっきの手紙見せてくれる?」 「いいよ。はい」 ティーカップを置いたユンは懐から例の封筒を取り出した。 「ありがと。それじゃ、開けるよ〜」 レナードはプレゼントの中身を確認する子供のように言った。 封を切った直後のレナードの顔はうきうきしていたが、手紙を読み始めると次第に曇っていった。 「………ふぅ」 手紙を読み終えたレナードは仰々しいとも思えるため息をついた。 「何かやばいもの?」 「ユン君……ほんとにやばいものだよぉ」 レナードは無理やりおどけるように言った。 「何て書いてあるの?」 「うん……これがもし襲撃者の手に渡っていたら――異母兄さんはひっくり返るかもしれないね」 「そんなに………!」 ユンは自分が受け取った手紙の重要さに驚いた。
宰相シュピッツ卿への禅譲は名ばかりの簒奪。余の世継ぎはすべて不審の死を遂げ、この手紙が読まれる頃には余も亡き者となっているだろう。 逆臣、シュピッツ家を討ちし者を余の正当なる後継とす。これを余の遺言とせり。
「ルーデン帝国皇帝、ラディス・ハインリッヒ……って誰?」 レナードから手渡された手紙から顔を上げたユンは首を傾げた。 「ほんの前までここはルーデンって国名だったんだ。それを異母兄さんが帝位について変えたの」 「ふーん……でもピンとこないなぁ。こんな紙切れ一枚で今の体制が崩れるの?」 ユンは腑に落ちない表情で手紙をレナードへ戻した。 「うん。無視できない影響はあるよ……帝位が単なる禅譲でないって事を諸侯は薄々気付いているはずなんだけど、こんなあからさまな証拠がでるとねぇ」 レナードは1つ息を吐いた。 「家柄や身分を重視しない異母兄さんだからねぇ……表面上は臣従しているようでも不満に思う諸侯も多いんだ」 「よくわかんないけど大変なんだねぇ」 「ぷっ!……あはは!ユンちゃん、単純に考えられていいなぁ」 「う……僕だってちゃんと考えてるんだから!」 噴き出したレナードにユンはぷっと頬を膨らませた。
「ねぇ、兄ちゃん。姉さんたち遅くない?」 「ん?あぁ、そうだねぇ……どうしたんだろ?」 「お茶もお菓子も全部なくなっちゃったのに……」 ずれた事を言ってユンは空っぽの皿を名残惜しそうに眺めた。 「あ、ごめんね。もっと――る?」 「……え?」 あれ?どうしたんだろう……?視界が揺らぐなんてことは――。 「あれぇ?ユンちゃん、お腹一杯だから眠くなっちゃった?」 ますます揺らぐ視界に不思議そうに首を傾げるレナードが映った。 何か言っているようだが、その声は山びこのように響いていた。 「そ……うみた………い」 次第に重くなるまぶたに抵抗することができずユンは睡魔へ身をゆだねた。
「ふぅ。ひとまずおねんねしたよ」 誰にともなくレナードが呟くと部屋にふっと風が流れた。 「……お次はどのように?」 レナードの背後に現れた長身で青い目をした寡黙な男――シュワルツが言った。 「とりあえず下の部屋に運んでおいてね。あ!でも手荒な事しちゃだめだよ!?」 「御意」 機械的な返事をしたシュワルツはぐったりとしたユンを軽々と抱え上げた。 「あ〜〜!いいなそれ!僕もユンちゃんのことお姫さま抱っこしたいな〜〜」 レナードは身悶えしてうらやましがった。 「……失礼いたします」 シュワルツは表情を変えることなく部屋を出て行った。
「はいはーい!あれ?こんな時間に珍しいお客さんだぁ」 「そのふざけた挨拶はいいからユンはどこだ?」 取り次いでもらった主が姿を現すと、レオンは掴みかからんばかりに詰め寄った。 「よせレオン」 横から冷静な声でキリアが止めに入った。 「もう、レオンったらそんな怖い顔しないでもいいのにぃ……」 「ああ?何だって?」 「止めろっ!ラシエール卿も煽らないでください!」 キリアの一喝でレオンは苦々しい顔で引き下がった。 平静を取り戻したところでキリアは1つ息を吐いて口を開いた。 「ラシエール卿、ここにユンが来ていましたね?」 「うん」 「〜〜〜くっ!」 キリアは身を乗り出しかけたレオンを目で押しとどめた。 「どのような用件で?」 「ん〜〜、例のクイーク平原のことを詳しく聞きたくて……それに………」 レナードはなにやら言いづらそうに2人を見やった。 「それに?」 「……ユンちゃんはヴェルスのウィルバーン卿から何かもらったみたいで」 レナードはキリアに促されて仕方なく先を続けた。 「それが………一通の手紙で」 「……手紙。まさか………!?」 状況を飲み込めないキリアの横でレオンは驚愕の表情を浮かべた。 「レオン、何か知っているのか?」 「すまんキリア。クイークを発つときに言っておけばよかったんだが……内容は知らんが、ユンがウィルバーン卿から怪しげな手紙を託されたのは確かだ」 「………ラシエール卿。その手紙を読まれましたか?」 「うん……」 おどけるはずのレナードが神妙な顔で頷いた。 「先帝が……異母兄上――いえ、シュピッツ家を逆賊と告発する内容だったよ。先帝の玉印が押されてね」 「なっ……!?」 キリアもレオンもその場に凍りついた。
どうにか驚きを飲み込んだところで会話が再会された。 「おそらく……筆頭書記官だったウィルバーン卿は無用の混乱を恐れた。それで秘密を胸中にしまって小領主の地位に甘んじた。ということだろう」 状況から推測できることをキリアは重々しい口調で述べた。 「キリアは僕よりも諜報の仕事に向いてるかもね」 重い空気を変えようとしたのかレナードは無理やり笑顔を浮かべて言った。 「なぁ。1つ質問なんだが……その手紙はどこだ?」 じっと口をつぐんでいたレオンがふと疑問をなげかけた。 「え?……ユンちゃんが……兄さんや姉さんにも見せてくるって―――!」 「ちっ!まずいな」 「確かに。このところ旧都の連中がらみのきな臭い噂だらけだ」 「ご、ごめん……ユンちゃんなら大丈夫と思ってたから………」 レナードは今にも泣き出しそうな表情を浮かべた。 「こうしちゃいられねぇや!またあの黒ずくめ野郎どもが出てこないとも限らないからな」 レオンはすぐさま席を立った。 「ラシエール卿、この件は是非陛下にもお伝えください」 「うん……僕のほうでも探ってみるから」 キリアも一礼すると足早に去っていった。
「……2人ともいい線行ってたんだけどなぁ〜。ま、こんな近くに正解があるなんて思いもしないよね」 しんとした室内でレナードはクスリと笑みをこぼした。 「はぁ〜〜あ!僕って役者だねぇ〜………2人も与えられた役をしっかりやってくれるといいなぁ」 さらにクスクス笑いながら立ち上がった。 「さあて、ユンちゃんとおしゃべりでもしてこようっと」 うきうきした足取りでレナードは部屋を後にした。
|
|