夕闇にまぎれて黒いローブを纏った3騎が戦場の緊張が未だ解けぬヴェルス平原を駆けていた。 「あーあ。お楽しみも終わりかい。久しぶりに骨のあるやつと出会えたのによぉ!」 左につけている男がうまい酒を途中で取り上げられたような口調で言った。 その正体はヴェルス城館へ乱入してきたシトである。 「・・・・・・シト、余計な口を開くな」 先頭を走るシュワルツが静かに牽制した。 「そうだ!!貴様がちゃんと援護していれば今頃あのガキどもの首はここにあったはずだ!」 「へぇ、そうかい。俺はあんたの首が向こうに落ちていたと思うがな」 「な、な、なんだとっ!?」 シトの買い言葉に、右につけるガルフが思わず声を荒げた。 「2人とも・・・・・・」 「お、おぼえていろよ!」 「ったく、暑苦しいねぇ。この間はシュトラフに絡んでいたのに今度は俺かい・・・・・・」 静かな怒りを含んだシュワルツの声に2人は渋々話を打ち切った。 その後3人の間で言葉が交わされることはなく、粛々と平原を北へ駆けていった。
シュワルツ、シト、ガルフの3人は応接セットのそろった部屋へ通された。 絵画や陶器など美術品も見受けられるが、それは特にテーマを決めている様子はなく、単なる飾りとしておかれているようだった。 調度品よりも温かみのある照明や、陽光・月光を招き入れる高窓、ゆったりとした部屋の造りなどにこだわっているようだ。 だが3人はそのようなものに興味を示すことはなかった。 やがてこの館の主が部屋に入ってきた。3人は自然に立ち上がって主を迎えた。 「そんな僕に気を使わなくてもいいよ〜」 微塵も威厳を感じさせない主の言葉だったが3人は言われるまま腰をおろした。 「それで?」 主は子供がご褒美を期待するように3人を見渡した。 シュワルツは無言で懐から丁寧に封をされた書簡を手渡した。封をする蝋印には2対の獅子の紋が押されていた。 それを受け取った童顔の主は心底うれしそうに、ゆっくりと書簡の封を切った。 「………はぁー」 が、予想に嘆息をついた主を3人は怪訝そうに見つめた。 「まんまとじぃさんにやられたようだね」 「は……?」 「封筒だけで中身は白い紙だけ。もー、やんなっちゃうよ」 そう言うと主はすねたように手にもっていた書簡をシュワルツへ放った。 「……もうしわけございません」 穏やかに謝罪の言葉を述べるシュワルツだったが、握りつぶした白紙から憎悪の感が見て取れる。 「いいよ。後は僕がやるから。まぁ、そのほうが楽しそうだしね」 主――レナード・フェル・ラシエールは悪戯を楽しむ子供のように笑みを浮かべた。童顔に張り付いたその笑いにはひやりとする物があった。
「帝都へお戻りに?」 テーブルに集まった面々をリアンは驚きと寂しさ半分といった表情で見た。 「ああ。これだけの騒ぎになったからな。勅使どころではない」 やむをえないと言ってキリアはティーカップを傾けた。 「そんな寂しい顔すんなよリアン。帝都まで1日足らずの距離だろうが」 レオンは明るく笑いかけた。 「ええ……でもー任期も近いですし、このような事になりましたからわたしもキトへ戻されるかもしれません」 「リアンらしくないよ」 不意に発せられた言葉の主へリアンは顔を向けた。 「同じ国にいるし、また必ず会える。不安そうな顔より笑顔が似合うよ」 そう言ってユンはにっこり笑った。 「はぁ……キリアさま、ほんとにユンをわたしにくださらない?」 「だ、だから!そういうつながりじゃないって!!」 リアンに羨望の眼差しを向けられたキリアは慌てて打ち払った。 「だってぇ!あんなこと言うんですよ?連れて帰らなきゃ」 「どうしてそういう判断に……」 「ね!いいでしょ?」 聞いている周りが赤面しそうな女同士のやり取りにレオンとユンは肩をすくめるしかなかった。
翌朝。旅装束に着替えたユンは部屋の荷物を整理して出発の準備をしていた。 「これだけかな」 元々手持ちの荷物が少なかったので部屋は早く片付いた。 そのときドアを軽く叩く音がしてレオンが顔をのぞかせた。 「下で待ってるぞ」 「うん。僕もすぐ行く」 そう言って寝台横の机から本を取ると不意にページが開き、ぱらりと間から何かが床へ落ちた。 一通の封書であった。 あ……これはおじいちゃんからの。 その白い封書には生々しくこびりついた赤茶けた血痕が模様を飾っていた。 封筒を拾い上げると、死を眼前にしながらも毅然としたたたずまいを崩さなかったウィルバーンの顔が浮かび上がってきた。 自らの命を賭してまで守られた一通の封書。あっさりと拾ってしまったあの時と違い、紙であるがずしりと重さが増したように思えた。 それと同時に中を見てみたいという衝動も起きてきた。 一体この中には何が……? 「おーい、ユン。まだか?」 「うわぁ!」 まさに封を切ろうとしたとき、レオンが顔をのぞかせた。ユンはなぜか慌ててその封書を後ろ手に隠した。 「ん?どうした?」 「な、なんでもないよ!今行こうと思ってたんだ」 「ふーん……で?なーにを隠してるのかな?ユンちゃん」 「へ……?」 とぼけた顔をしたユンだったが、レオンは既に怪しい行動に気付いていたようだ。 「う〜〜」 にこにこ笑ったままレオンはユンの前に立ち塞がっている。 「ごめんっ!」 そう言い残し、ユンは弾かれたようにレオンの左脇へ駆け出した。それは見せかけでその寸前でわずかに体を振って一気に右から駆け抜けた。 一直線に部屋の扉から出るはずだった。足元へ妙な抵抗を受けた次の瞬間。ユンの視界は一瞬天地が逆転し、気付けば寝台から仰ぎ見る天井が映っていた。 「だめだぜ」 そして上から笑顔のレオンが覗き込んだ。 レオンは右から駆け抜けようとしたユンの足を払い前へ倒れる体の勢いを利用し、軽く持ち上げるように寝台へ寝かせたのであった。 「兄さん……」 ユンは悪戯が見つかった子供のような顔になった。 「ちぇっ……わかったよ。はい」 身を起こしながらユンはようやく観念したように例の封書を取り出した。 「ん?あんなに慌ててたのがこの封書か?おいおい、まさか女の子からの手紙じゃないだろうな?」 冗談っぽく笑っていたレオンの顔が封書を受け取ると一変して顔をしかめた。 「……これは血痕だな?」 ユンは無言で頷く。 「しかも、そんなに古い物じゃない」 この言葉に対しても頷く。そして口を開いた。 「そう。この手紙は死ぬ間際のおじいちゃんからもらったんだ」 レオンは険しい表情で血痕のついた封書をじっと見つめたまま動かない。 「………わかった。じゃあ、後でキリアにも怒ってもらおうな」 「えぇ!?」 「お前が1人でこんな大事な物を隠してたんだから当然だろ?」 不意に破顔したレオンはからかうように言ってユンを階下へ伴った。
「世話になったなリアン」 「そうですね」 出立準備を終えて残りの2人を待つキリアの言葉に、リアンは軽く皮肉をこめて頷いた。 「ふっ……そうですね、ときたか。わかった、このお礼は帝都へ訪ねてきたときにしよう」 「わかりました。今度はわたしがキリア様のところへお邪魔しますわ」 「ああ。楽しみにしているよ」 そう言ってキリアとリアンが笑い声をあげているとき、待っていた2人が宿舎から出てきた。 「お待たせ〜!」 最もお世話になったユンがぴょこんとキリアとリアンの前に立った。 「ユン君、今度はわたしからそっちへ行くから待っててね」 「えぇ!?キトに帰るんじゃないの?」 「ちょっと、そんな嫌そうな顔しないでもいいじゃないの!」 声をあげたユンをリアンはきっと睨みつけた。 「任期の初めと終わりは帝都へ顔をだすことになってんのよ」 そうなんだ、とユンはこれ以上火を大きくしないよう、無難に頷いた。 「よし、さよならの挨拶もすんだようだし行くとしようか」 絶妙の間でレオンが切り出した。 「そうだな。明るいうちに帝都へつけるといいからな。リアン、帝都で会おう」 そう言って握手を交わしたキリアは、ここへ来たときと同じ馬車へ乗り込んだ。 「じゃあねリアン。楽しかったよ」 ユンはにこっと笑って御者席についた。 「いい腕だ。次に会うときも楽しみにしているよ」 がっちりと握手したレオンも馬車へ乗り込み、ユンが手綱を取られてゆっくりと進みだした。 馬車は来たときと逆の、北へ向かって遠ざかっていく。リアンは馬車が見えなくなるまで城門前で見送っていた。
3人の馬車が帝都・オードレッドへついたのはその日の夕方頃であった。閉門を間近に迫った時間帯で家路につく人々の往来が激しくなっていた。 「なんか、遠くに行ったようでそうでもないような感じ」 馬を操りながら言うユンにレオンはそうだなと返す。 馬車は多くの往来がある南大城門ではなく、少し東に回った小さな門から入った。急使や使者が通用する連絡口である。 馬車は大通りを通って出発前と同じキリアの屋敷についた。 「帰ってきたばかりだが城へ行かないといけないな」 キリアはやれやれといった様子で馬車から降りてきた。 「そうだな、俺も行かなきゃならんだろう。ユンはどうする?」 「僕もついて―――」 「私の家で待っていろ!」 キリアは慌てて開きかけたユンの口を遮った。 「まだ何も言ってないのに……」 ユンは不満そうにぶつぶつともらしていた。 「中においしいお菓子でも準備させておく」 「えっ!?ほんと?わーい!」 不満も一瞬、ユンは大喜びで屋敷の中へ入っていった。 キリアとレオンは同時にため息をつき、オードレッド城へ向かって行った。
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