「おいリアン。へばってきてるみたいだがそろそろ退くか?」 「何言ってんのよ!!レオン様だって肩が上下してるわよ!」 エントランスホールで背中越しに話すレオンとリアンの周りには既に10人のテール兵が倒れていた。 「しかしキリのいいところで行かないと――終わりそうにないぞっ!」 会話を続けながらレオンは向かってきた新手の剣を横へ弾き、ふらついたところへ強烈な膝蹴りを見舞った。テール兵はずるりとレオンの横へ倒れた。 「じゃあ終わりにしましょう!」 そう言って放たれたリアンの矢はテール兵の武器を持つ手だけを射抜いた。 レオンとリアンは兵から戦闘能力を奪うことに徹していた。倒れている兵の割にほとんど血が流れていないのはそのためであった。 「よし!じゃ、行くぞ!!」 リアンが先に行き、最後の相手の胸へ蹴りを叩き込んだレオンも館奥へ駆け出した。
「兄さん!リアン!」 「ユン!・・・・・・ウィルバーン卿は?」 すぐさま駆け寄ってきたユンへレオンは聞いた。 ユンは静かに首を横へ振った。 「そうか・・・・・・残念だ。ならばこれ以上留まる事はない」 「うん。姉さんも心配してるだろうからね」 「・・・・・・全く、誰がその心配の元だと思ってるのかしら」 リアンの声はその当人には伝わる事は無かった。 「よし、おしゃべりは無事にクイークへ帰ってからだ」 力強いレオンの声に従って一同は屋敷奥の出口を目指した。
ヴェルス領主館の正面門の横でキリアは赤く滲むほど手を握り締めていた。 キリアの目の前をテール兵たちは悠然と城壁内へと次々と入っていく。 「おっと、妙な動きはしないでくれよ」 キリアの前に立ち塞がった大柄なテール騎士が腰にさがった剣をわざとらしく見せびらかした。 「そんな睨まないでくださいよ。我々はそっちが頼んだ者を助けようとしてるんですからー。聞いたでしょう?あの異様な音を」 騎士は口ではそう言うものの、にやけた表情でまじめに対応しているとは思えない。 「まぁ、もうしばらくでケリが付くでしょうからゆっくりしててくださいよ」 「姉さーーん!おまたせーー!!」 「なっ!?」 正面門とは別方向から響く屈託の無い少年の声に、にやけていた騎士の顔から余裕が消え失せた。 「おいっ!!お前ら向こう――」 「おっと、悪いがアレが私の連れだ。敵ではない」 指示を下す騎士を遮ってキリアは前へ進み出た。 「貴様!勝手な真似――ぐぇっ!」 「動くなよ。この木偶の坊の首が取れてもいいなら結構」 キリアを捕まえようとのばされた騎士の腕は捻りあげられ、背後に回ったキリアはさらに首元へ短剣を突きつけた。 近くへ来ていたテール兵の一隊が躊躇するようにざわめいた。 「姉さん・・・・・・っと、でっかいお土産!」 「どうせならもっと男前選べよなキリア」 「おい・・・・・・お前の首が切れたらこの2人の責任と言う事にしてくれ」 「ひ、ひぃ!ご、ご勘弁を〜」 心配していたキリアの気も知らず相変わらずのユン、レオンに短剣を握るキリアの手に思わず力が入った。「キリア様っ!こんな事になった理由を後で聞かせてもらいますわよ!」 ・・・・・・あの2人に加えてもう1人頭の痛くなるのがいたな。 レオンとユンの後ろから顔を見せたリアンを見てキリアは小さくため息をついた。 「我らが無事に退くまでお前の味方が邪魔する以外のことで首が落ちないことを祈るんだな」 騎士は何度も頷いた。
クイークからの思わぬ訪問で浮き足立っていたテール陣営は、落ち着きを取り戻し再び戦勝気分に浸っていた。が、再び陣内へ波紋のようにざわめきが広まった。 そのざわめきは前線の動きと連動しているものではなかった。 「近づくなよー。道を開けろっ!」 ざわめきの中心となっている男女5人がやってきた。 「おぉ!そうだ、せっかくだから帰りにはヒレン卿に挨拶してから行こう」 一行を先導するレオンがそう言ってにやりと笑った。 「何事だ・・・・・・・・・!?」 レオンの言葉に誘われたのか、帷幕から副官を伴ってヒレンが出てきた。 「レ、レオン様!キ、キリア様!わ、我が兵にこのような仕打ちをなさるとはどういうわけで!?」 卒倒しそうなヒレンに代わって副官が進み出た。 「致し方ないことだ。そちらは前線へまぎれこんだ我々の騎士を保護すると言ったな?だが実際は危うく攻撃を受けるところであった」 「そそ。だからこうやって道を開けてもらったわけ」 「そ、それにしましても・・・・・・」 痛いところをつかれた副官はしどろもどろな言葉しか返せない。 「ま、混乱した戦場だ。そっちの間違いってこともあるな。わかればいいのさ。キリア、放してやれ」 「・・・・・・よかったな、ここまで首がついていて」 キリアはゆっくりと捕らえているテール騎士の首元から短剣を外し、解放する寸前に冷たい声で付け加えた。 「ひ、ひぃーー!」 解放された騎士は地面へ崩れると同時に、這って味方の元へ滑り込んだ。 「・・・・・・こ、これで用件は済みましたか?」 額に汗を滲ませながら副官が苦々しげに言った。 「いいわ。わたしらの兵はどこ?」 そろそろ自分の出番とばかりにリアンが進み出る。 副官は無言で陣営の外を指し示した。 「そう。じゃあわたしらはこれで失礼するわ。騒がせたわね」 副官は今にも大きく頷きそうな顔で一行を見送ったのだった。
テール陣から出た一行は、陣外で待機していたシェリルらクイーク兵と共にクイーク城へ引き上げた。 城内へ入るとリアンは街道の封鎖だけでなく周辺へ偵察隊を遣ることを命じた。 「さあて・・・・・・」 命令を受けたシェリルが団長室から出て行き、ドアが閉まったところでリアンは静かに口を開いた。 「3人にはたーっぷりとお話を聞かせてもらいますわよ?」 穏やかな口調を装っているが、目はぎらりと穏やかならぬ光を放っている。 「まずはあの異様な飛び道具。あれは何ですの?」 リアンの目がキリアとレオンに向けられた。 「驚かれるのは無理も無い事だ。あれは鉄砲と言う新兵器だ。私らもその存在を知ったのはつい最近だ」 レオンに先んじてキリアが口を開いた。続けて、とリアンは頷いた。 「火薬によって小さな鉛球を撃ちだす仕組みだが・・・・・・その威力は実際見たとおりだ。鉄砲がこれからの戦いを変えるだろう」 「わかりました。でも、どうしてそれほどの武器がこんな田舎の戦いにあるのです?」 「リアン、それに関しては俺らが一番驚いたよ」 実感のこもったレオンの言葉に一瞬沈黙が生じた。 「・・・・・・では、ユンくん」 険しい表情を一変させ、優しい声でリアンはユンに向き直った。だがその笑いは険しい表情以上にぞっとする物を感じさせる。 「いきなりいなくなっちゃうから心配したわよ〜」 なぜかリアンは本題に触れようとしない。 「ちょっとしたお祭気分だったわねぇ」 にこにこと笑みを浮かべながらリアンはユンに近づく。 「まぁ、後から色々と文句がくるだろうけど気にしてないわ。でもねぇ――」 「あっ!・・・・・・ってて」 リアンの目の色がまさに変わろうとした瞬間、ユンは包帯が巻かれた脇腹を押さえて蹲った。 「だ、大丈夫!?」 さすがのリアンも負傷者をこれ以上いびることは出来ず、慌てて駆け寄った。 「あー、リアン。人を呼ぶまでも無いさ。俺が部屋まで連れてくよ」 「その通り。私も一緒に行こう」 「えっ?・・・・・・うー、わかりました。ではまた後でお願いします」 渋々リアンが頷くと、妙に落ち着いたレオンとキリアはユンを支えて団長室を後にした。 「おい、ユンもういいぞ」 「全く・・・・・・よくもあんな芝居を」 「そう?」 団長室から離れたところでユンは何事も無かったようにけろりと顔をあげた。 「いやいや、いいタイミングでやってくれたぜ」 「レオン、ほめるな」 「えへ」 「ユンも喜ぶな!元はと言えば――」 「へぇ〜〜〜そーゆーことだったのねぇ」 キリアの言葉を遮って響いた声に3人はぎょっと身を強張らせた。 「リ、リアン・・・・・・」 「キリアさま、何もおっしゃらなくてよろしいのよ」 「・・・・・・逃げろ〜〜」 「あっ!?ユン!1人だけずるいぞ!」 「レオン!待て!!」 「ちょ、ちょっと待ちなさい!!ここはあたしの城よ!逃がさないわよーー!」 どたばたと駆け回る4人を城中の兵は口を開けたまま眺めていた。
「はぁ、はぁ・・・・・・もう、逃げられないわよ・・・・・・!」 「し、しつこいよ!」 「だ、誰のおかげで!!だいたいけが人がこんなに走らないでよ!」 「あー、もう負けだ。どうにでもしてくれー」 「な、なぜ私までこんな馬鹿なことに付き合ったのか・・・・・・」 とうとう1室に追い込まれた3人と追いかけたリアンは、先ほど戦場にいたときより疲れきっていた。 「おい、ユン。男なら観念して謝れよ」 床の上で大の字になったレオンが投げ槍気味に言った。 「ちょっと!レオン様!謝るだけで済ますつもり!?」 「ごめん、リアン」 つっと進み出たユンがレオンの言うまま頭を下げた。 「ぇえ!!ほ、ほんとにそれだけ!?」 仰天したリアンはユンに詰め寄る。 「あれだけ騒がせてこれだけで許すと―――あっ・・・・・・許しちゃうかも」 怒りが爆発しようとした時、ユンがリアンへ体を預けるようになった。 またしてもリアンの雷を回避したユンにレオンとキリアは大きなため息をついた。 「ちょ、ちょっとユンくん〜。うれし・・・・・・いえいえ!お2人の前でいけませんわ」 口ではそう言うもののリアンはしっかりとユンを抱きとめ、放そうとする気配は無い。 「はぁ・・・・・・お腹すいた」 「えっ?」 「くくっ」 「ぷっ」 「ユンくんのばかぁ〜〜!」 城内全体に響き渡るリアンの声に城兵たちは肩をすくめながら耳を覆った。
城内の食堂は屈強な男達にも負けない頑丈で無骨な木製のテーブルと椅子、古いランプだけの簡素な造りであった。 そのテーブルには散々城内を駆け巡った4人が腰掛けている。 4人の前にはジャガイモ、にんじん、鶏肉を、キト特産の牛乳で煮込んだ真っ白なシチューが並べられている。主食にはクイーク一帯で取れる小麦を使ったふんわりとした丸いパンがあった。その横には、これもキト特産のチーズが添えられている。 綺麗な黄色で薫り高いこのチーズはワインの肴として皇帝フェリアスもお気に入りと言う。 「うまいやこれ。おかわり!」 ユンは早くも一皿を平らげていた。 「・・・・・・あれだけ暴れて、撃たれて、こんなに食べるとはどういう神経してるんだか」 あきれたように眺めるキリアの前で当人は、残ったパンとチーズを食べながらこれもうまいや、と口を動かしていた。 「まぁ、若いうちはいっぱい食べていっぱい動くことがいいのさ。このシチューうまいな、キリアは食べんのか?」 「そっちほど若さがないんでな」 関心なさげに言ったキリアはシチューをすくったスプーンをゆっくりと口へ運んだ。 「あれ?リアンは食べないの?」 「ユンっ!」 ふと斜め向かいに座るリアンへユンが呼びかけた。それを慌てて、できるだけ小声でキリアが制する。 だがその甲斐もなく、ユンの声はしっかりと発せられた。 食事前から憮然としていたリアンの顔がさらに険しくなる。場に緊張感が高まった。 「おいしいよ!せっかくの食事は笑わなきゃ!リアンは笑うともっと素適なのに」 空気を察しないユンは火に油、さらには火薬まで放り込みそうな事を言った。 キリアとレオンは爆発を避けるため視線を皿の中へ集中させた。 「・・・・・・ぷっ、あははは!もう、ユンくんには負けるわ」 が、予想外の鎮火が起きた。 「やっぱり笑ったほうがいいよ〜はい、仲直りの乾杯!」 そしてユンは何事もなかったように葡萄酒の入ったコップを合わせて楽しそうに笑っていた。 「なぁ、キリア。俺らは何のためにここへ来たんだ?」 「・・・・・・それは私も思った。引き返したほうがいいな」 拍子抜けした2人は現実を思い返し、苦い酒を飲んだ。
|
|