「ユン!!」 城館の扉を蹴破るように勢いよく開いたレオンは鼻につんと染みる硝煙の臭いに顔をしかめた。 だがそれも一瞬。目にした光景に血の気が引いた。 「・・・・・・ユン?おいっ!!何やってんだ?」 まるで血を吸ったかのようなクリムゾンレッドの絨毯の上にユンがうつぶせに倒れていた。 「ふっははは!!ようやくうるさいガキが静かになったな。一生寝かせてやる!」 はっとしてレオンが顔を向けると、横たわるユンの元へがちゃがちゃと重い甲冑を揺らし、幅広の長剣を握った巨漢――ガルフが近づいていた。 「くっ!させるか――」 剣を斜め下から走らせながらガルフを阻止しようとしたレオンだったが、その行く手を銃声が裂いた。 レオンは奇跡的ともいえる反射的な動きで柱の裏へとんでいた。 「ちっ!ユンっ――くおっ・・・・・・!」 レオンの行く手を再び弾丸が妨げた。 「慌てるな。このガキをやったら次は貴様だ」 ガルフはにやりと残忍な笑みを浮かべると横たわるユンの横に立ち、剣先をユンの延髄めがけて沈めた。 ユンの首以上の幅のある長剣は苦もなく絨毯まで突き刺さった。 わずかにユンの首を逸れて。 「誰だっ!?次に殺されたいようだな!」 ガルフが肩口に刺さった矢を引き抜いて怒声を上げた。 「レディーにその口の利き方は失礼ね」 扉の前には長弓を構えたリアンがいた。
「リアン!鉄砲に気をつけろ!左だ!!」 レオンの声、銃声、矢の放たれる音。三つの音が同時に響き渡った。 「ちっ。弾込めの間が悪かったな」 シトは木製部位に矢が突き立った鉄砲を横へ放った。 「くそっ!ちょっと待てよ、フェアじゃないぜ」 間をおかず放った第2矢目がシトへ真っ直ぐ向かう。矢は体を射貫く前に剣で防がれたが時間を作るには十分であった。 ――今よ! 柱の影に隠れていたレオンに目で合図を送る。 「ふざけやがって!!今度こそ終わりだ!」 再び大剣を握ったガルフが横たわるユンに向けて振り上げた。 そうはさせないわ! しなやかな指で矢をつがえ、弓を引き絞る。狙いを定める左腕をずらさないように矢を放す。 「なっ!?」 手を離した瞬間に真っ直ぐ飛んでいくはずの矢が足元からわずかな位置に落ちた。 100近くの矢を射れる弦がふっつりと切れていた。 「お嬢さん、横恋慕はだめだぜ?」 にやりと不敵に笑うシトの手には細く小さい飛刀があった。 あいつ・・・・・・やるわね! きつとシトを睨みつけたリアンは背にかけているもう1張りの弓を取った。 その弓は先ほどの弓の半分ほどで半弓と呼ばれる。大きさの分やや威力は劣るが、素早く矢を放つには絶好の武器である。 「私の弓を折るなんていい度胸してるわね!」 矢筒から2、3本同時に矢を掴んだリアンは、怒りを爆発させるように矢をつるべ打ちに放つ。 1人とは思えない矢数にシトは剣で打ち払うのを止め柱の裏へ隠れた。
ユンの首筋へ剣先が沈む直前、鉄がへしゃげるような音がしてガルフの大剣が跳ね上がった。 「貴様・・・・・・また俺の邪魔を!」 ガルフが怒りで血走った目を向け、レオンはユンを背後に庇うように間へ入った。 「お前・・・・・・」 正面からガルフの顔を捉えたレオンの眉がぴくりと吊りあがった。 「第44騎士団の隊士だな?」 「ほぉ!俺様も帝国剣聖に覚えられるほど顔が広いんだな。だからなんだ?」 凄みを効かせた声で言ったガルフは血走った目でレオンを睨みつけた。 「まだ殺し足りないか?今更騒ぎを起こしてどうするつもりだ?」 「ふんっ・・・・・・最大の功労者であるはずの俺らを切り捨てた貴様らには分かるまい」 「功労者?・・・・・・お前らには騎士を名乗る資格も無いっ!!夜盗と一緒だ!」 レオンは怒りをあらわにし、剣を正眼に構えた。 「そういうお前さんらは夜盗以下じゃないのか?散々ボロみたいに使って切り捨てるとはなぁ――おっと!」 背後から嘲笑をもらしながら冷め切ったシトの声がかかった。しかし再びリアンの斉射をうけて柱へ隠れた。 「やつの言う通りだろう?雑巾みたいに使ってポイだ。・・・・・・皇帝の犬どもが!」 ガルフは巨漢に似合わぬ素早さでレオンに斬りかかった。 機先を取られたレオンであったが、そこは慌てることなく振りの大きいガルフの一撃目をさばいた。 一撃目をかわされたガルフは空を斬った剣をさらに力で返す。 「ふざけやがって!犬がぁ!!」 が、それもレオンにいなされる。 幅広の剣先が掠るだけでも致命傷になりそうな斬撃をレオンは確実に体の芯から力を外していた。 そのため斬るごとにガルフの体勢が次第に乱れはじめた。 体がぶれる中強引に振った剣が再び空を斬った。力余って腕が伸びきっているのをレオンは見逃さなかった。 「ぬぉっ!?」 伸びきったガルフの剣へ自らの剣を交えたレオンは大剣を一気に弾き飛ばした。 「これまでだな」 左手が剣を飛ばされたときのまま動きを止めるガルフへレオンはさっと剣を横に薙いだ。 「くぅっ!」 ガルフは鉤手となっている右手でかろうじて剣を避けた。 そこへレオンは間髪を入れず鋭い剣を繰り出した。 唯一の武器であったガルフの鉤手も接合部から断ち切れた。 「お、おのれ・・・・・・!」 ガルフは激しい呼吸で巨体を揺らしながら、憎悪に燃える目でレオンを睨んだ。
「まだ戦士を名乗るなら最後を受け入れる事だ」 レオンが剣を振り上げたとき、焦げたような鼻をつく危険な臭いが漂ってきた。 「リアン!!」 声をかけるより先に察知していたリアンもすぐさま身を伏せた。 同時に2発の銃声が響き、2人が立っていた位置へ銃弾が撃ちこまれた。 「・・・・・・シト、ガルフ。もう行くぞ」 奥へ続く廊下から鉄砲を構えたまま現れた騎士――シュワルツは2人が兜を外していることに一瞬驚いたようだが、すぐさま冷静な声で撤退を告げた。 「あいよ。もう少し遊んでいたかったけど仕方ないなぁ」 「・・・・・・次は必ず貴様をぶっ潰す!」 シト、ガルフは各々捨て台詞を残して背を向けた。 レオンとリアンはこの好機を逃すまいとお互いに目が合った。 が、2人が追撃をかけようと立ち上がったとき再び銃声が鳴り響いた。 「ちぃ!うるさいやつだ!」 弾丸は直接的に脅威とはならなかったが、確実に2人の足を止めるポイントへ撃ちこまれる。 「また会おう・・・・・・」 そう告げて元第44騎士団の3人は扉の外へ消えていった。
「・・・・・・・・・ユン!?」 館外へ消えた騎士の姿を歯軋りが聞こえてきそうな表情で睨んでいたレオンは、はっとしたように後ろを振り返った。 それにつられてリアンも振り返った。 「ユン!!」 「あ!レオン様、急に揺すってはいけません!」 思わず強く揺すってしまったレオンは少し力を抜いた。 「・・・・・・大丈夫です。脈もありますし息もしています」 様態を見たリアンは静かに言った。 「傷の様子は?」 「それは・・・・・・この鎧を取ってみないことには」 「わかった」 頷いたレオンはそっとユンの鎧を脱がせた。 「むっ・・・・・・!」 鎧下の衣服の脇腹あたりが赤く染まっていた。 「弾は貫けているようだ・・・・・・」 薄鎧とはいえ表から背側まで弾は一直線に貫いていた。 傷の具合を見るためにレオンはゆっくりとユンの服をめくった。 「・・・・・・大丈夫だ。大事には至らない。押さえていれば止血できるな」 これもユンの動きがなせる技なのか、幸いにも弾は体の重要器官を傷つけることなく貫通していた。 「うっ・・・・・・うーん・・・・・・・・・」 「ユン?おい!ユン!!」 「ふわぁっ!?ちょっと兄さん!!僕の服をめくって何しようとしてるの!?」 「ユン!お前が無事なら何だってするさ〜」 「ちょ、ちょっと〜そんなに抱きしめないでよ!恥ずかしいよ」 レオンは嬉しさ余ってユンが負傷している事を忘れて思いっきり抱きしめた。 「おほん!レオン様、負傷者の扱いがなっていませんわよ。・・・・・・・・・あたしがその役やりたかったのに」 「すまんすまん。え?何だって?」 「なんでもないです!」 レオンが聞き返すとリアンはすねたようにぷいと横を向いた。 「あ・・・・・・いけない!てっ・・・・・・!」 「おい!ユン!!無理するな!!」 槍を杖にふらつきながら立ち上がったユンをレオンは横から支えた。 「おじいさんを助けなきゃ・・・・・・」 「ウィルバーン卿か?」 ユンが頷いた。 「この奥だな?わかった。俺が行くからユンはここでリアンと待ってろ」 「だめ。僕も行く・・・・・・」 「無理だ。ここにいろ。いいな?」 それでもまだ歩き出そうとするユンを半ば強引にリアンにあずけるようにしてレオンは館奥へ向かった。 そのとき、エントランスホールへ陽光が差し込んだ。しかし扉の開き方はどう見ても友好的な客ではなかった。 来訪者は剣を引っさげたテール兵達であった。その数7名。 「レオン様!!」 「キリア・・・・・・止められなかったか。ユン!先に奥へ行け!!」 リアンの声にレオンはすぐさま剣を抜いて対応した。 「うん。兄さん、リアン、すぐ来てよ」 ユンは負傷しているにも関わらず小走りで奥へ向かった。 「もうひとふんばりするぜ、リアン」 「このくらいどうってことないわ!」 雄たけびを上げてなだれ込んできたテール兵の前に2人は立ち塞がった。
ユンは三度ウィルバーンの部屋へ至るこの廊下を通った。 豪勢な調度品や内装に囲まれた部屋も住人を無くしたように静まり返り、剣が打ち合わされる音や怒号、悲鳴がよりくっきりと聞こえてくる。 忘れかけていた脇腹の傷が痛み出した。それでもユンは口を結んでひたすら執務室へ足を運ぶ。 執務室前はエントランスホールでの激闘が嘘のように変わった点は無い。 ユンは半開きになっている執務室の扉を押した。 室内もユンが飛び出してきたときのままであった。ただ1つを除いて。 ・・・・・・血臭だ! 扉を押し開けた瞬間即座にその臭いが襲ってきた。 純白の絨毯の上に模様のように朱を散らしているのはユンと入れ違いに飛び込んできたヴェルス兵だった。自らの剣で床に結わえられているその光景はまるで敷皮のようであった。 「おじいちゃん!!」 哀れなヴェルス兵の屍に表情を強張らせたユンは、泰然として執務卓へ座ったウィルバーンを見て一瞬喜びの声をあげた。 「・・・・・・うっ、お前か。まだ・・・・・・いたのか」 「おじいちゃん?」 あれほど凛としていたウィルバーンの口からはうめくような声と時折ひゅうひゅうと空気のもれる音がした。 「そんな・・・・・・!?」 不審に思ったユンが近寄ってみると、ウィルバーンの胸には自分の脇腹に開いた穴と同じ物があった。 そこから呼吸のたびに赤い液体がこぼれ落ちる。 「最後まで・・・・・・・・・よくわからんやつだ。・・・・・・あれほど逃げよと言ったのに。自らまで怪我をするとは」 「だめだよ!おじいちゃんしっかり!!」 「無駄よ・・・・・・戦場へ出ぬがこの傷では・・・・・・・・・手遅れと知っておる」 ウィルバーンはユンが止血しようと胸に伸ばした手をやんわりと押し戻した。 「しかし・・・・・・・・・こうまでして耐えた・・・・・・甲斐はあろう」 なおも苦しげに口を開くウィルバーンは、震える指で書棚に並ぶ一冊の本を示した。 「あれが・・・・・・お前の求めるものであろう。・・・・・・・・・先客は・・・・・・はずれだ」 そう言って苦痛にゆがむ顔をふっとほころばせた。 「僕がほしいのはそんなものじゃなくて――」 「そうじゃなくてもよい・・・・・・もう、私にはいらぬもの。燃やすなり・・・・・・人へ渡すなり、お前の好きにするがいい」 それだけ言うとウィルバーンは疲れたようにがっくりとうなだれた。 「おじいちゃん!?」 「・・・・・・早く・・・・・・行け。今度こそな・・・・・・・・・」 ウィルバーンの手がぶらりと肘掛から力なく垂れ下がった。 「おじいちゃん・・・・・・ばかっ!!」 ユンは震える声で言った。そのままこの部屋を去ろうと思ったが、ウィルバーンの託した物が気にかかった。 「最後までわからなかったのは僕のほうだかんね!」 憤慨した様子でウィルバーンの示した分厚い本をむんずと引き抜いた。 本の中から丁重に封をされた書簡がはらりとユンの足元へ落ちた。 「・・・・・・なんだろ?」 ユンはきょとんとした顔で足元の書簡を拾い上げた。 ――後で姉さんに見てもらおう。 懐へ書簡をおさめたユンは負傷していることも忘れてレオンとリアンの元へ駆け出した。
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