伯父の言動で士気が落ちないよう兵をまとめていたライヒ・ウィルバーンは目前で起こったことが信じられなかった。 耳を破るような乾いた音と焦げたような臭いがしたかと思うと、今まで立っていた兵達が棒をなぎ倒すように倒れていた。 「こいつなかなか使えるなぁ。楽して倒せるなんてちとずるいけどな」 中庭へ乱入してきたテール騎士の1人が煙のたなびく筒――鉄砲を掲げて言った。面を下ろしていて表情はうかがえないが、口調はあっさりとしていた。 再び耳を覆いたくなる音が響いた。 「油断するな」 同じように面をおろした騎士が同じように鉄砲を構えヴェルス兵を射抜いた。 「うぉおお!そんなやわっちい武器なんかいらねぇ!」 地鳴りのような声をあげているのは重装甲の甲冑を纏ったテール騎士だった。肉厚な戦斧を片手に手当たり次第ヴェルス兵を肉塊へと変えていた。 「な、何者だ!」 わずか3人に圧倒されている中、ライヒはようやく搾り出すように言った。 「ナンセンスな質問だな」 「シト、余計な口を叩くな・・・・・・」 シトと呼ばれた騎士の余裕はさらにライヒを震えさせた。 ――こ、ここで止めねば伯父上に及ぶ! 「あー、そうか。こいつぁ撃つごとに弾入れなきゃいけねぇんだ」 シトが視線を外して鉄砲へ弾を込め始めた。 絶好の機会が訪れた。 ライヒは鍛えてきた剣技のすべてを賭けてシトの左脇から右肩へ切り上げた。 「いい腕だったな」 飄々としたシトの声がライヒの耳へ響いた。 ライヒの剣は筒――鉄砲の銃床に阻まれていた。そしていつの間に抜かれたのか、右手に握られた短剣が鎧の隙間から脇腹へ吸い込まれていた。 「ぐっ、ぐはっ・・・・・・お、伯父上・・・・・・」 足元へ溜まりゆく自らの血の上にライヒは崩れ落ちた。 「悪いな。時間がないんで楽にはさせてあげられない」 薄れゆく意識の中、ライヒの網膜に最後に映ったのは傷口から溢れる赤黒い血と立ち去っていく騎士のブーツだった。
そっけなくあしらわれたユンは諦めて帰ろうかとしていた。しかし外のただならぬ様子にしばらくじっとしていた。 「何事だ?」 「ウィルバーン様!!」 ウィルバーンが私室から出てくるのと兵士が執務室へ飛び込んで来たのはほぼ同時であった。 「テ、テール兵が城壁内へ侵入いたしました!ライヒ様は討ち死になされました」 「落ち着きたまえ」 取り乱す兵士へウィルバーンはやや苛立った口調で言った。 「も、申し訳ありません・・・・・・」 兵士は少し落ち着きを取り戻した。 「相手はどれほどだ?」 「さ、3人です」 「何だと!?いったい何をしておる?劣勢とはいえまだ城中には100以上の兵がいるだろう?」 ウィルバーンは声を荒げた。 「・・・・・・鉄砲」 「何か言ったかなお客人?お帰りになったかと思ったがまだいたか」 執務室の応接席へまだ居座るユンへウィルバーンは煩わしげな視線を送った。 「むやみに兵を前に出さないほうがいいよ」 「ふん。そなたのような青二才に何がわかる。死にたくなければ早く去れ!」 苛立ちがあらわになってきたウィルバーンの言葉には次第にとげとげしさが出てきた。 「そう。じゃあ勝手にさせてもらうよ。じいちゃん達こそ生き延びたければ早く逃げて」 「お、おい!貴様どこへ行く!」 ウィルバーンの怒声を後ろにユンは壁に立てかけておいた槍を掴んで廊下へ出て行った。
重厚な柱が立つ広いエントランスへ戻ってきたユンはそこで足を止めた。 「新しいお客さんかな?」 おびただしい血臭とともに3人の騎士がクリムゾンレッドの絨毯に足を踏み入れてきた。 鉄砲を持つ2人の騎士はすかさずユンに向けて撃ってきた。 「と、危ない」 ユンは瞬時に柱の裏へ飛び込んだ。放たれた弾丸が重厚な柱へ食い込む。 「うぉおおお!!」 「っく!!」 間髪をいれず横から巨大な戦斧がユンの頭頂部を襲った。 ユンは反射的に槍で戦斧を受け、そして体の外へ力を流した。 重騎士の戦斧は深く絨毯にめり込んだ。 「くぬっ!」 重騎士は戦斧を引き抜こうと踏ん張った。 この一瞬の間で十分であった。槍を半回転させ穂先を一直線に重騎士へ突き出した。 が、別方からの殺気を感じ取ったユンは攻撃を止め再び次の柱へ隠れた。 その後を追うように2発の弾丸が柱の表面を砕いた。 「ずるいよっ!もう!」 ユンは柱の裏で悪態をついた。 「シュワルツ、先いけよ。こっちは2人で引き受ける」 ユンを無視するように鉄砲を持った1人――シュワルツは館の奥へ進む廊下へ向かった。 「くそっ!そうはさせ―――うわっと!」 柱から飛び出そうとしたユンの鼻先を弾丸が通り過ぎた。 「てめぇの相手はこの俺だぜ!!」 「くぅ・・・・・・!」 さらに横から戦斧を振りかざしてきた重騎士を相手に、ユンは奥へ進んでいく騎士の後ろ姿を悔しげに見送った。 「んもう!!どっけー!」 柄で受けていた戦斧を流し、ふらついた重騎士の厚い胸の装甲へけりを叩き込んだ。続けざまに石突で喉元の鎧の隙間を突いた。 「むぅ!」 しかし重騎士はたたらを踏んだけですぐさま体勢を整えた。 「・・・・・・もしかしてどこかで会った?」 距離をとってユンは注意深く重騎士へ問い掛けた。 「そうだ!忘れたとはいわせねぇ。貴様のおかげで・・・・・・みろ!この右腕を!」 篭手で覆っていると思った重騎士の右腕は通常曲がるはずの関節が無く、模型の甲冑のようにまっすぐになっていた。重騎士がその腕で柱を叩くと、金属を叩きつける音がして柱の破片が飛び散った。 「まぁ、そのおかげで貴様をぎったっぎったにする獲物がつけられるようになったけどな」 重騎士は面の下で意地悪く笑った。 「・・・・・・・・・・・・ごめん。忘れちゃった」 「ぬ、ぬっぬわぁにぃい〜〜!」 「うわぁっ!」 ユンは慌てて屈んだ。再びユンの頭上を弾丸が通り抜けた。 「忘れてもらっちゃあ、かわいそうだ」 離れた位置から鉄砲を撃ちかけるもう1人の騎士が言った。 「じゃあその鉄砲を置いて顔見せてよ!」 「うーん、その提案は不採用だ」 「き、き、貴様は俺が相手だー!」 「う〜!しつこいよお前!」 距離を隔てたユンの会話を重騎士の怒りの戦斧が断ち切った。ユンの首をめがけて水平に薙がれた戦斧が空を切って屋敷を揺るがすほどの衝撃とともに柱へめり込んだ。 ユンは鉄砲が弾込め中であることを見て柱から飛び出した。 「ぬぉっ!」 ユンは斧を引き抜こうとしていた重騎士の左手を狙って槍を突き上げた。騎士が後退するのと同時に突き刺さっていた戦斧の柄が折れた。 「こらっ!まてぃ!!」 追いすがる重騎士の手をかわしてユンは鉄砲を持つ騎士へ一気に距離を詰めた。
「ってて。さすがにとんでもないガキだな・・・・・・!」 頭上から振り下ろされたユンの槍は騎士の鉄砲で辛くも受け止められた。 「まだまださ」 打ち下ろした槍をくるっと反転させて引き寄せる。その刹那、穂先が騎士の面を襲った。 が、あと数センチというところで騎士は穂先を避けた。 「ふぅ。やっぱこいつだけでは危ないな。慣れてるものをつかわねぇとなぁ」 そう言うと騎士は腰に吊ってあった細身の剣を抜いた。その剣には華美な細工は無く、一般に兵士が手にする中剣であった。 ――この油断ない構え・・・・・・やっぱり見たことある。でもどこで? 「おや?待ってるなら俺からいくぜ」 一瞬の思考の間をつき騎士は間合いを詰めた。 無駄の無い動きで的確に急所を狙ってきた。 「くっ!!」 守勢に立たされたユンは槍を立てて騎士の斬撃を受ける。 「ちっ!」 受け止めたはずの騎士の剣が、そこからさらに捻りこむように顔面を狙って伸びてきた。 ユンは顔を引きながら騎士の体の外へ逃れた。 頬から生暖かい物が線のように流れた。 「悪いなぁ。かわいい顔に傷つけちまった」 「思い出したよ。そうやって人の嫌がるところばかり狙う相手を。あんたらこの間帝都で会った黒い騎士でしょ?」 朱がつたう頬をそのままに騎士を睨みつけた。 「そんなに睨むなよ。せっかくの再会だからなぁ」 騎士は楽しんでいるように笑った。 「貴様の相手は俺だぁああ!!」 戦斧に代えて幅広の長剣を握った重騎士が背後から怒声を上げながら迫ってきた。 重量感のある長剣だけに振りもさほど早くはない。しかしその破壊力は凄まじく、余裕を持ってかわしたユンの顔に余波ともいえる風圧が届いた。 反撃へ移るまもなく今度は細身の剣が正確に急所を付け狙う。 たまらずユンは距離をとった。 「そんなものか?やっぱり1人じゃあ寂しいよなぁ」 小ばかにしたような声がエントランスに反響した。 「逃がさんぞ!」 猛烈な勢いで重騎士がユンに向かった。 が、それに劣らずユンも真っ直ぐに重騎士へ突っ込んだ。 「馬鹿めっ!」 重騎士は巨大な長剣を前に突き出した。衝突音とともに串刺しが出来上がる、はずであった。 「なにっ!?どこだ?横かぁ!」 直線軌道からいきなり横へ移動したため視界の限られる重騎士にはユンが消えたように見えたはずだ。 槍を片手に飛び上がったユンは空中で身体をひねり、重騎士の兜へ踵を叩き込んだ。 「ぐわっ!?」 鉄塊が叩きつけられたような激しい音がして重騎士は絨毯の上に転がった。そして兜も転がっていた。 ユンはその顔を確認することなくすぐさま1人残った騎士へ目線を向けた。 「ふっ・・・・・・やるなぁ。じゃ、そろそろ俺もいいか」 騎士は自ら兜を脱ぎ去った。 兜の下にはいかにも人がよさそうで、しかし油断のならない鋭い目をした中年男の顔があった。 「へぇ。えぐいことする割にはいい人そうなおじさんだね」 「よく言われるよ」 黒騎士の1人、シトは不敵な笑みを浮かべて言った。 「じゃあ行こうかおっさん!」 そう言い放つとユンは槍の穂先をシトの頭上から垂直に振り下ろした。が、あっさりかわされた。 空を切った穂先が床に沈むかと思われたが、直前で槍の軌道は斜め上方向へ突き上がった。 「くっ!」 シトの顔から余裕が消えた。 のけぞって穂先をかわしたシトへユンは更なる追撃を加える。突き上げた槍を引き、その勢いを瞬時に柄の水平回転、横打撃へ転じた。 体勢が整っていなかったシトの手から剣が弾き飛ばされた。剣は軽い金属音を立てて絨毯のしかれていない床へ落ちた。 「ち・・・・・・こんな短期間で2回も剣を落とすとは俺もやきが回ったかな」 距離をとったシトは舌打ちしながら、今度は左手でもう1本ある同じサイズの剣を抜いた。 「これで5分かな?」 「俺を、忘れるなぁあああ!!」 シトと向き合うユンの背後から岩のような顔をした男、ガルフが大剣を振り下ろした。 ユンは落ち着いて体を開いて豪打をかわす。 吸い付くような素早い足さばきでシト、ガルフ両方に対応できる体勢を取る。はずだった。 足元へ転がったシトが脱ぎ捨てた兜へ足があたったときユンの動きが一瞬鈍った。 その間をシトが見逃すはずはなかった。 「わっと!」 シトの剣では範囲外の距離があったが、投じられた剣だけがユンを襲った。ユンはすぐさま飛んできた剣を叩き落とした。 「もらった!ぬぉっ!?」 短剣が落ちるとほぼ同時に襲い掛かったガルフをユンは足をすくって転ばせた。 「おっとっと!今度ばっかしは逃がさないぜ?」 はっとしたユンはシトを振り返った。 左右の両剣を取り落としたシトは無手のはず。しかしその手には煙をたなびかせる鉄砲、否、はるかに短い短銃が握られていた。
「どけどけーぃ!!」 テール本陣から軍馬を借りて駆けるレオンとキリアはヴェルス城館の目前に来ていた。 迫力のこもった大音声をあげるのはレオンだった。 「どかぬとそっ首を叩き落す!」 キリアのこの一言でテール兵は賓客を通すように包囲を開いていった。 「ちょっとーーー!!待ってーーー!!!」 レオン、キリアに遅れることわずか。片方だけ肩当の付いた軽鎧を纏ったリアンが追いついた。 「おや?リアンちゃんも来たのかい?」 「2人が勝手なことするからあったりまえでしょ!!」 「わかった。叱責は後で聞こう。今は先を急ごう!」 疾走する馬上でも怒った猫のように体を震わすリアンをキリアはなだめた。 3人が門の前についた時、ようやくそれを阻止しようとテール兵の隊長クラスの騎士が追ってきた。 「ちっ。仕方ない。ここは私が引き受ける。レオン、リアンは中へ急げ」 キリアはわずかに開かれた門を示した。 「頼むぜ」 「行きますわ」 レオンとリアンがキリアから離れて門へ入っていった。 それを追おうとするテール騎士の前へキリアが入った。 と、そのとき。久しく静まっていた館から再び乾いた銃声が響き渡った。
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