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紅の槍士 作者:azumi

第17回   押しかけ訪問はお断り?
「退けー!勅命により戦いを禁じる!」
 ヴェルス領主館を完全に包囲していたテール勢前線部隊は、大音声を上げながら突っ込んでくるユンに圧倒されていた。ただ一騎のはずなのにまるで本物の皇帝軍を通すように包囲陣が開けていく。
「門を開け!そちらの領主にお目通り願う!」
 小さいながらも城館内から頑強に抵抗するヴェルス勢も、わけがわからぬうちに門を開いて勅使を名乗るユンを城館内に引き入れた。
 疾風のようにユンが館内に消えていくと、対峙するヴェルス、テール勢の間に弓や怒号の応酬は再開されず、ざわざわと旗印が揺れた。代わりに始まったのが伝令の飛ばしあいであった。

「あ、あのー」
「なに?」
「皇帝勅使とは本当でしょうか?」
 ユンが館前で馬を降りると、戦いの激しさを物語る血のついた甲冑を身に付けた騎士が恐る恐るやってきた。その顔には怪訝さを浮かべながらも一抹の期待を抱いているのが見て取れた。
「うーん、半分だけね」
「なっ!?」
 その一言で、戸惑っていた城館内の空気は一変した。ユンに話し掛けてきた騎士を始め、遠巻きにする兵達も剣を抜いた。
「何者だ!」
「敵じゃないよ・・・・・・って言ってもこの状況じゃ信じてもらえないや」
 今にも斬り殺されそうな状況にありながらユンは飄々としていた。
「僕はおじいさんを助けにきたんだけど」
「何だと!!その言葉、誰に向けて言っている!」
 ユンの正直な言葉はさらにヴェルスの兵達を怒らせた。
「も〜、じゃあどうしたら信じてくれるの?」
「ふざけるなっ!どうみても怪しい貴様を信じる理由が無い!」
「かわいいって言われることはよくあるけど――怪しいなんていわれたこと無いよ」
 ユンが心外といった様子で黒目の多い瞳を伏せると、取り巻く兵達は一瞬うろたえたがすぐさま気を引き締めなおした。
「ええい!こいつをひっ捕らえろ!抵抗するなら斬れ!!」
「待て」
 ユンを取り押さえようと構えていたヴェルス兵の動きがぴたりと止まった。正確なイントネーションで発せられた声には宮廷内を思わせる上品さと、老齢の男性独特の渋みあった。
「敗色濃厚な中わざわざ訪れてくれた客人だ。たとえこの首を狙う刺客であっても、ほんのひと時くらいはこの老人と語らってもらおう」
「ウィルバーン様!そんな弱気など!我らが守り、あのような反逆者どもに抜かれるはずはございません!」
 静まっていた兵たちから猛然と反論の声があがった。
「無理を言わずともよい。そなた達の働き、十分見せてもらった。この小さな客人のおかげでざわめいている今ならまだ遅くはないだろう。ここを出て家族の元へ帰るといい」
 ヴェルス領主――カーク・ウィルバーンの声には自嘲めいた響きはなかった。
「伯父上!我らを見くびっておいでですか!?長年叔父上に仕えてきた我らにはこの場所こそ家、家族であります!」
 最初にユンへ声をかけてきた騎士はウィルバーンへ手が届く位置まで駆け寄って言った。
「ライヒ、ついさきほどそなた父である私の弟を失った。そなたの家族にも同じ思いをさせるわけにはいかん」
「そのようなこと!」
「ならぬ。私がこのかわいらしい客人と話し終わるまでに皆ここを出る用意を」
 ウィルバーンの声には断固とした決意があった。誰もが納得していない様子であったが、主に言い切られては反論のしようが無かった。
「では客人、粗末な館ではあるが入られよ」
 館内へ招くウィルバーンにユンはにこっと笑って後に従った。

 館内はクイーク城とは比べられないほどの調度品や立派な内装であった。よく磨かれた石造りのフロア―には、幾何学模様があしらわれた重厚なクリムゾンレッドの絨毯がしかれていた。館の主要部を支える柱は神殿を思わせる荘厳な造りである。
「お城みたいだぁ」
 帝国に渡って初めて城らしいものを見たユンは正直な感想をもらした。
 館は外から見ると屋根が高く、2階建てのようだが実際は高い天井の1階建てであった。そのなかには大小15の部屋がある。どの部屋も洗練された内装で彩られており、今ユンが歩いている廊下でさえ惜しげなく飾られていた。
「さあ、遠慮なくかけられよ」
 ユンが通された部屋はウィルバーンの執務兼私室であった。部屋は大きめの窓から差す陽光で明るかった。
 広々とした部屋には執務をとりおこなう頑丈そうな木の机が1つ、その手前に純銀の足がついたテーブルセットがあった。そして一番部屋のなかで存在感を放っているのが、ウィルバーンの机の背後に整然と並んだ膨大な書である。帝国の史書に始まり、様々な書が見受けられた。
 その他部屋の質を高める品として、ランプや花が挿された磁器などがあった。
「名前くらいは聞かせてもらえるかな?目的は大体察しがついているのでな」
 ユンの向かいに腰をおろしたウィルバーンはゆったりとした口調で言った。御年80になるにも関わらず、ウィルバーンは紫紺の外套の下に薄い鎧を身につけていた。
「ユンだよ」
 年老いてなお気品溢れる行動を忘れないウィルバーンに対して、ユンは実に完結で無邪気な返答をした。
 じっとユンを見つめるウィルバーンの姿は仙人のようだった。撫で付けられた見事なまでの白髪と歳以上に刻まれた顔の皺。心の奥底まで見透かしているような濃い瞳を前にすると、誰でも目を逸らしたくなる気まずさを覚える。
 しかしユンは怖じることもなく、興味に満ちた視線を返している。
「簡潔でこの老いぼれでも忘れん名前だな。ついでに下の名前も聞かせてくれないか?」
「・・・・・・・・・下の名前がついた僕はもう死んだよ」
 ユンはまるで他人事のように呟いた。
「ふむ、ユンでよかろう」
 空気を察したウィルバーンは程よく話題を打ち切った。
「そなたはまだ少年のようであるが、城外の包囲陣を抜けてきた。かなりの腕利きのようだな」
 返答のかわりにユンはえへと笑った。
「誰の手の者か?あの書状を欲しがるやからは多くてな」
 口調は変わらないが、温厚だったウィルバーンの目が急に鋭くなった。
「誰にも属していないよ。言うなら――キリア姉さんかな」
「ほぅ、ヴァンツ卿から絶縁されたあの娘の手か。とすると、皇帝陛下の影が見えるな」
 ウィルバーンは1人納得した様子で言った。
「だがそんな物はない。話すべきことはこれだけだ。そなたも早くここを出るがいい」
 ウィルバーンは興味が尽きたとばかりに腰をあげた。
「何も分からないね。じいさんが何を言ってるか僕は全く知らないし、知りたくもない。ここへ来た目的はそんな複雑なことじゃないよ」
 立ち上がりかけていたウィルバーンの眉がぴくりとつりあがった。
「違うと申されるか?それはまた異なこと」
 ウィルバーンは険しい表情でユンを見つめた。
「僕が来たのはおじいさんを助けるためだよ。劣勢にあるのが見てられなくてさ」
 室内にはしばし空白の時が流れた。
「ふ、ふっふはははっはっは!すまない客人。あまりにも純な嘘は初めて耳にした」
 硬い表情を崩して大声で笑ったウィルバーンは笑いすぎて潤んだ目じりを軽く袖で押さえた。
「う、嘘じゃないよ!」
「もうよい。見た目のかわいさでこれまで何人も出し抜いてきだろうが私には無駄だ。この城から抜け出せるうちに帰るといい」
 ユンは顔を真っ赤にして真意を伝えようとするが、冷め切ったウィルバーンの声に打ち消された。
 ヴェルスの紋が記された外套の背中が、奥の私室へ続くドアへ消えていった。

「ヒ、ヒレン様!クイーク城代がやってきました」
 いまだざわめくテール陣へ追い討ちをかけるような知らせが入った。
「大声を出すな!」
 帷幕へ青ざめた顔で駆け込んできた若い従士に、副官が厳しく叱責した。
「も、申し訳ございません。しかし緊急――」
「報告します!!」
「大声でうろたえるなと言っているだろうが!」
 怒鳴られた従士の横からさらに大声で従士が駆け込んできた。副官はそれ以上の声で従士を怒鳴る。しかしそれを指摘する者はいない。
「報告とは何だ?」
 副官はうんざりした様子で従士の先を促した。
「は!クイーク城代が我が軍の指揮官に謁見を求めております!」
「わかった・・・・・・まずは私が会おう」
 副官は椅子に呆然と座り込んだヒレンを一瞥し、仕方なく帷幕の外へ歩き出した。
 
 指揮官の帷幕から近い、テール陣の中ほどにクイーク城代である女の姿があった。その後ろには先ほど突っ込んできた兵の一団が整列している。
 城代にこんな小娘を入れるとはなめきっていると思った副官は自然と苦々しい顔になっていた。
 しかし、城代の横に目をやるとその表情は一瞬にして消え去った。背の高い男――レオンと虎の毛皮のような頭をした女――キリアが立っていたからだ。
「これはわざわざご足労でした。突然押しかけられて驚いておりましたが何事でしょう?」
 副官は自分でも驚くほど優しい口調で、はるかに年下に見える城代へ話しかけた。
「早くヒレン卿に会わせて。わたしの兵達を引き上げさせるわ。だからそれまで攻撃をひかえてちょうだい」
 返答はこちらの行為を踏みにじるほどふてぶてしい物だった。しかしその用件も予想を大きく裏切る意外なものだった。
「そうですか。私の一存では決めかねますので主の元へご案内します」
 副官はこの厄介な状況が案外早く片付きそうなのを感じた。しかしそのことを両サイドに立つレオン、キリアに悟られないよう至って平静に言った。
「しばしお待ちください」
 副官は一礼して一足先にヒレンのいる帷幕の中へ進んだ。
「ヒレン様、ヒレン様!」
 できるだけ小声で、しかし力強く肩をゆすりながら副官は意思が遊離しかけているヒレンを読んだ。
「なんだ?もう我らはおしまいだ・・・・・・この小さな領地も取り潰しだな」
「そんなことはありません!お聞きください!」
 生気の感じられない小声でぼそぼそとしゃべるヒレンを遮って副官は経緯を話した。
「何?・・・・・・それは本当か?」
「間違いありません。やはりクイークには戦う気はなかったようです」
 青ざめていたヒレンの顔に血が戻っていくのが見て取れた。

「どうぞ」
 帷幕の奥から出てきた先ほどの副官に導かれてリアン一行は中へ入った。
「ようこそ。このようなむさくるしい場所ですがおかけください」
 作戦立案用の大きな木のテーブルを前にヒレンは座っていた。声には余裕たっぷりな響きがあった。
「ご用件は部下よりうかがいました。もちろんですとも。我が軍にはお帰りになるクイーク勢に対して1本の矢も射させはしません。ですが・・・・・・このような状況になった経緯をお聞かせ願いたいものですが?」
「・・・・・・急用で1人の騎士が街道を通ろうとし、それを止めようと兵が追ったわけです」
 リアンは苦々しい表情で嘘の説明をした。
「ほうほう。そうでしたか。帝領の兵がこのような小競り合いに突っ込むわけがありませんからなぁ」
 その表情を見たヒレンはいやみたっぷりな口調で言った。
「そう言えば・・・・・・その急用とか言う騎士はヴェルス城館に入ったという報告がありますが?まさかそんなわけないですよねぇ」
 ヒレンの執拗ないやみにリアンはきゅっと口を結んでひたすら我慢している。
「・・・・・・その騎士も見かけたらできれば無事クイークに帰してください」
「それは一考するまでもなく、問題なくお送りいたしましょう。そちらの騎士であれば」
 意地の悪い笑みを見せたヒレンは隣に立つ副官と目配せをした。
「ではもう問題はありませんので兵を連れてお戻りになって下さい。ヴァンツ様、ハイドフェルド様もわざわざご足労でしたなぁ」
「ヒレン卿」
 対面してから一言も喋らなかったキリアの声がヒレンのにやけた顔を一瞬凍らせた。
「領主同士の紛争に陛下が介入しないと鷹をくくっているようだが・・・・・・調子に乗らないほうがいい」
「けりがついたところでボロがでてきちゃあお前さんも家をなくすぜ?」
 長身の2人に睨まれてヒレンは引きつった笑みを見せ泳いだ目で副官に頼んだ。
「ま、まぁ今日のところはお引取りください。その騎士も必ず保護しますので」
 はずれくじを引かされたようになった副官はできるだけ穏便にリアン一行を送り出した。
 そのとき。
 一度聞いたら忘れられない、乾いた音がヴェルス城館方面から響いてきた。
「この音は!?」
「まさか!」
 帷幕から出かかっていたキリアとレオンははっと顔を見合わせた。
「ヴァンツさま?レオンさま?どうなさいましたの?」
 リアンも異様な空気を感じ取ったらしくけんめいに身体を伸ばして2人の顔を覗き見る。
「あ!?」
 リアンが制止する間もなく、キリアとレオンはテール騎士の馬に跨って城館方面へ駆け出していった。
「もう!結局あの3人は似たもの同士じゃない!・・・・・・ん〜〜わたしも我慢できないじゃないの!」
 かたくなに出撃を拒否していたリアンも馬上のテール騎士を蹴落とし砂塵を巻き上げながらキリアとレオンを追っていった。

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