「・・・・・・わかった。では詳しい状況を聞かせてくれないか?」 厳しい表情になったキリアが言った。しかし対するシェリルは話すことをためらっている。 「おい、キリアに話しても問題ないだろう?」 「それは私では判断しかねます。すみません、私どもの流儀ですので」 「では誰に聞けばいい?」 「我が隊の指揮官にお尋ねください」 「案内はしてもらえるかな?」 「キリア、めんどくせぇからそいつをいつものようにぶん殴って聞き出せ――うぉっ!」 言葉どおりキリアの手はシェリルに。ではなく、レオンに向かって裏拳が飛んできた。 「え、ええ。狭苦しい城内ですがご案内いたします」 シェリルは呆気にとられていたが、慌てて案内する事を承諾した。 「あれ?兄さん今日は当たらなかったんだね」 「おいおいユン。俺を誰だと思ってるんだ?そう続けてやられるわけが――ぐわぁ!」 自慢気に胸を張るレオンのすぐ側を颯爽とキリアが通り過ぎた。堅い堅いブーツの底でレオンの足を乗り越えて。 「あーぁ、やっぱり足踏まれちゃった。姉さんの方が上手なんだなぁ」 「く、くそっ!そのうち足がとれちまうぞ!」 「足より先に無駄口からとれることを願っているがな」 城内へ続く跳ね橋を渡りキリアはクイーク城へ入った。 造りとしては親衛隊砦に似ているな。小城ながら防御面では他の城に劣りはしないな。 いまだ順番に当たらないキリアは始めて入るクイーク城を興味深い目で見ていた。 「こちらです」 シェリルが示す建物は城壁とほぼ同じ高さの平たい建物だった。 城壁と同じ高さの城か・・・・・・ キリアは不思議な感じにとらわれながら入り口をまたいだ。 これは・・・・・・確かにお世辞にも立派な城とはいえんな。 木張りの床以外これといった物の無い、簡素な本城にキリアは驚きつつ指揮官の部屋前についた。 「隊長、帝都よりの使者が参りました」 「かまいません。開いています」 キリアの予想に反して中からは可憐な少女とも思える声が返ってきた。 「ようこそいらっしゃいました!って、ヴァンツ様じゃないですかぁ!」 中にいた声の主はキリアを見るなり顔を輝かせて駆け寄り手を握ってきた。 「あ、失礼しました。私、キトの騎士団で副団長をしてますリアン・ケーニッヒと申します」 声に違わず、やはり少女のようであったリアン・ケーニッヒはぺこりとおじぎをした。 「シェリル!どうしてすぐにヴァンツ様をお連れしなかったのです!」 「え!?そ、そ、それは・・・・・・リアン様が何が何でも街道を通してはいけないとおっしゃっていたので・・・・・・」 「私が悪いって言うの?」 「め、滅相もございません!」 輝くような金髪のポニーテール、薄いブルー色の瞳、美少女と言える容貌である。 しかしその瞳に不相応な剣呑な色がぎらりと光ると、シェリルは怯えるように壁際へ下がった。 「ヴァンツ様、ほんっとにこの男が失礼しました」 「いえいえ。こちらこそ急にケーニッヒ殿の元へおしかけて失礼した」 がらりと雰囲気の変わるこの少女にキリアは驚いていたが、形式にのっとった挨拶を忘れず返した。 「うわぁ!ヴァンツ様ってほんとかっこいい〜!大人って感じ。あ、私に殿なんていいですから。リアンでお願いします」 「失礼だが、ずいぶんお若く見えるが・・・・・・歳は?」 「えーっと、今度で21です!ヴァンツ様だって若くって綺麗ですよ!んー、23歳くらいですか?」 「これはずいぶんと若く見られた。今度で27になる」 キリアがそう告げると、リアンは全然そう見えないと驚いた顔になった。 幼げな外見、誰にでもすんなり溶け込んでいく性格。同じようなのがもう1人いたな、と思い浮かべたとき。 「相変わらず何にもない城だな。そう思うだろユン?」 「そうだけど、いいじゃん。さっぱりしてて」 頭に思い浮かべた者が2人だけの会話と思えない賑やかな声とともに指揮官室へ闖入してきた。 「も、もしかして・・・・・・レオン様?」 「ん?そうだがーさすがに少女とは面識無いぞ」 「きゃー!本物だわー!」 ついさっきまでキリアの来訪を喜び、目の前にいたはずのリアンは、あっという間に今度はレオンの前に移動していた。 ほんと、そっくりだな。 置き去りにされたキリアは、壁の隅で新たな天敵に顔を引きつらせるシェリルに笑いかけた。
「か、かわいい〜!この子は誰、誰?」 レオンの横へ目を向けたリアンはユンを見つけた。レオンを押しのけるようにしてリアンはユンの前に立った。 「・・・・・・俺じゃないの?」 横に押しやられたレオンのがっかりした声はリアンに届く事は無かった。 「僕〜名前は何ていうの?」 「僕〜って・・・・・・君とそんなに歳変わらないと思うけどー」 「きゃー!かわいい〜」 「聞いてないや・・・・・・僕はユン」 ユンは困ったように言った。 「ヴァンツ様ーこんなかわいい子どこからです?」 目を潤ませたリアンがキリアを振り返った。 「いや、別にどこからってわけでは・・・・・・」 「ずるいですよ!ヴァンツ様!毎日こんなかわいい子を側に置いて!」 「か、勘違いしないでくれよ!確かに同じ屋根の下で暮らしているが、私はユンが他に頼れるところが無いから部屋を貸しているだけだ」 とんだ疑いをかけられたキリアは慌てて反論した。 「ほんとにそれだけですの?」 リアンは疑うような視線をキリアに送る。 「ほんとにそれだけだ」 「あら、そうなら―是非ユン君をあたしの側に譲ってください!」 再び表情が一変。きらきらした目の前で両手を組み、ねだられた人は頷くしかないような表情になった。 「そ、それは・・・・・・」 キリアは困ったようにユンへ視線を向けた。 「兄さん、こういうときは何て言うの?」 「うむ、こういうときはだなぁ――」 「あ、あの!」 レオンが途中まで言いかけたとき、壁に張り付いていたシェリルが精一杯の声で話を止めた。 「み、皆さん重要な用件をお忘れではないでしょう・・・・・・か?」 4人から注目されてシェリルの声は尻すぼみになっていった。 「そのとおりだ。リアン、こうしている間にますます状況が悪くなるかもしれない。詳しい状況を教えてくれないか?」 話を止められたことを納得しきれない様子のリアンであったが、キリアの押しでようやく本題に入った。
現在対峙を続ける軍勢はクイークの先にあるテールとその東側に位置するヴェルスの軍であった。 展開する兵力はお互い200に満たない。テール、ヴェルスともに街道沿いに位置する小領であり、農地の領有に関するいざこざはあっても戦に発展するという状況はこれまで起きた事はなかった。 「今朝テールの領主、ルード・ヒレン卿直々にこの書状を持ってきて兵を動かす事を通達してきました」 リアンが広げた羊皮紙にははっきりとテール領主・ルード・ヒレンの名と印が押されていた。 書状にはヴェルス側が我が領に押し入り農家を荒らした。規定以上の武具をそろえ敵対行動が見られる、と一方的に思える内容が記されていた。 「ヴェルス側からは反論も何もないのか?」 「はい。不思議なくらい静かです」 キリアは眉をひそめて書状をリアンに返した。 「・・・・・・それで?俺らはどうすればいいんだ?」 「残念ながら、安全が確認できるまでは南中央街道を通すわけにはいきません」 少女のような面持ちでありながら、リアンはきっぱりと言い切った。 「ちっ・・・・・・ここを通れなかったら戻って東周りのルートで行くしかないな。道は丘陵地帯になるから今より少々きつくなるな。どうするキリア?」 レオンは珍しく弱気にキリアの意見を求めた。 キリアは険しい表情で考え込む。 「ねぇ、両方の軍が引けばこの道通れるんでしょう?」 「あぁ。実際にそうなればな」 キリアは投げ槍気味にユンへ言った。 「だったらちょうど中立の僕らで仲裁を持ちかけたらいいじゃん!」 ユンはそう言ってキリア、レオンと順に見渡したが、いつも真っ先にユンへ同調するレオンでさえ無言で首を横に振った。 「ちょっとユン君!めったな事言わないで。この城の領分はオードレッド郊外農地の警備なの。調停なんて持ってのほかよ。第一、帝国の法には他領地の紛争に関与してはいけないとあるの」 リアンは猛烈な勢いで反論してきた。 「そうなの姉さん?」 「そのとおりだ。陛下が必要と思えばそうではないが・・・・・・基本的には戦いが終わるまで沙汰はない」 「じゃあ止めさせてよ」 「陛下の決定が下されるにしても4、5日はかかる。報告を受けて重臣と諮らなければいけないからな」 そう言ってキリアは首を横に振った。 「そうゆーわけだから!勝手なことしないでよ、ユン君。ユン君はかわいく側にいるだけでいいの」 リアンは自分の意見が正しかったことで満足した表情を浮かべていた。ユンはすねたようにリアンから顔を逸らした。 「あぁ〜すねた顔もかわい――」 「し、失礼します!!」 顔を背けたユンにリアンが近づこうとしたとき、軽装備の兵士が息を切らして指揮官室へ飛び込んできた。 「ちょっとー、ノックも無しなんてやーねぇ」 「も、申し訳ございません!両軍が交戦開始いたしました!」 全員の表情に緊張が走った。
ホン川を挟んで左側にテール勢、右にヴェルス勢が陣取っていた。両軍のにらみ合いはテール勢の軽騎馬隊が、橋を守るヴェルス勢へ突撃を開始したことで終わった。 ヴェルス勢は橋を死守すべく、長槍隊と弓隊を繰り出してテール騎馬兵の迎撃に移った。騎馬部隊を援護するためテール勢も弓隊を前に進め、一進一退の攻防が続いた。やがておされ気味だったヴェルス勢がテール勢の猛撃に耐え、次第に橋からテール勢を押し戻し始めた。 しかし、橋を守るヴェルス勢の背後から突如テールの旗印が上がった。乱戦のうちに上流で渡河していた別働隊である。この奇襲で流れは一気にテールへ傾き、ヴェルス勢は散々討ち取られながら館へ退却していった。
「どうやらヒレン卿の勝ちみたいです」 城壁の展望スペースから戦況を見ていたリアンが口を開いた。 「ヒレン卿の指揮か?」 「そう思われます」 「なかなかうまい用兵だ」 鮮やかな逆転にキリアは感心したように言った。 「ねぇ、もう勝敗は決した感じだけどさ、ヴェルスの領主ってどんな人?」 欄干に寄り掛かったユンが言った。 「ヴェルスねぇ・・・・・・誰だったか?あぁ、あのじいさんか」 「失礼だぞレオン。カーク・ウィルバーン卿、元宮廷書記官だ。文書を作成・管理する文官だな」 「宮中に出入りするほどなのになぜこんな場所に?」 「陛下が即位するのとほぼ同時に宮廷を去り、故郷に近いヴェルスに移ることを希望したらしい」 「あのじいさん静かなとこを選んだはずなのに、80歳前で戦とはついてないねぇ。これじゃあ安らかな眠りどころじゃねぇな。おっと!失礼」 不謹慎な軽口言うレオンをキリアは目で牽制した。 「うふ、楽しそうな2人ね。そういえばユン君は東の大陸から来たんだよ?」 「あ・・・・・・あ、あ」 ユンと話そうとリアンは振り向いたが、目に入ってきたのは口をぱくぱくさせるシェリルだった。 「死にそうな魚みたいに・・・・・・何やってんの?」 大きくため息をつきながらリアンは言った。 「あ、あ、あの」 「だから何!」 苛立ってリアンは大きな声をあげた。その声にキリアとレオンも振り返った。 「あの・・・・・・お、お2人の従者が、従者が・・・・・・」 シェリルは目を泳がせながらたどたどしい口調で言った。 「ユンが?そこにいただろう?」 「つ、つい先ほど・・・・・・『僕の国の習わしに、老人いじめるな。弱い者いじめ許すべからずってあるんだよ』って言って駆け出して行きました」 「「「えーー!?」」」 3人の声はクイーク城内に響き渡るほどであった。
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