■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

紅の槍士 作者:azumi

第13回   レナードのびっくり箱A
「ふんっ!あの坊ちゃんは大層な宣伝をしておきながら兵卒の行進を見せるわけか」
 真ん中辺りに座る1人の初老の男性がはきすてるように言った。
 男はグレアス・ファンデーン。生粋の武人らしい角張った厳つい顔で、儀礼用に正装した姿は引き締まっており見る者を圧倒するオーラが漂っている。
 グレアスは帝都から続く街道の北、要衝レスターを守るフォレス砦のフォレス騎士団団長である。レスターでは領主の離反や北方騎馬民族の侵入が茶飯事で、それを相手にするフォレス騎士団は旗印である鷹に違わぬ勇猛さを誇り、親衛隊に匹敵する精強な騎士団である。
 前帝、フェリアスの2代に渡って仕えるグレアスは生粋の帝国武人で、キリアの上官であるメンゲルと同じく帝国に広く名を知らしめている。
「口が過ぎますぞファンデーン卿。陛下の異母弟君へ何と申されますか」
 慌ててグレアスをたしなめたのはジト・ザクセンであった。いかにも温室育ちの頼りなさげな中年男性だが、肩書きは親衛隊総指揮官である。事実、親衛隊を切り盛りしているのはメンゲルやキリア、レオンといった前線指揮官達で、ジトは宮中での事務に勤しんでいる。
 実力主義のフェリアスがジトを起用しているのは、前帝の支族であるザクセン家はシグルートでも屈指の大領主で、フェリアス即位を支持したザクセン家先代の顔を立てているのだろうと噂されている。
「じぃちゃん、おじちゃん喧嘩しないで。兵卒だって立派な―――むぐっ」
 グレアスがジトを睨みつけている最中、やけに響く元気な少年の声が何か言って途切れた。
「そちらはヴァンツ卿の娘だな?」
「は!連れが失礼いたしました閣下」
 声の主はもちろんユン。グレアスの射すくめるような鋭い視線を受けたキリアはユンの口を押さえ、額に汗を滲ませながら答えた。
「ほぉ、こんなところで若き天才剣士にお目にかかるとはな」
「お久しぶりです閣下」
 キリアからレオンへ目が移ったとき若干グレアスの視線が和らいだ。レオンとグレアスは懐かしげに挨拶を交わしこの場は事なきを得た。
「「ユンっ!」」
「ふぇ!」
 キリアはともかくレオンからもきつく突っ込まれてユンはびっくりして首をすぼめた。
「頼むぜユン。あのじいさんに冗談は通じねぇぞ?下手したらこの場で・・・・・・」
 レオンはまじめな顔で首筋を手でトントンと軽く叩いた。
「ユン、難しいことは言わないでおこう。頼む、ここに座る誰とも絡まないでくれ」
 元々白っぽいキリアはさらに血の気がうせたような顔をユンに近づけるようにして言った。
「わ、わかったよぉ」
 2人に強く、深く釘どころか杭までさされたユンは促されるままに頷いた。
 3人が落ち着いたところでちょうど兵士が位置に着いた。

「うんうん!上出来ー。みんな待たせてごめんねぇ」
 びしっとそろった兵士の横から、場にそぐわない緊張感ゼロの浮ついた声と共にレナードが現れた。
「始めろ・・・・・・」
 天幕の中央に座するフェリアスはそっけない言葉でレナードの無駄口を防いだ。
「はぁい。じゃ、準備よろしくっ」
 レナードは不敵な笑みを浮かべ、側に控える部下へ指示を下した。
 指示を受けた兵士2人は弓の的と、馬鉄甲と甲冑一式を装甲騎兵に見立てて置いた。
「弓も無いのに何で射るつもりだ?」
 散々じらされることに苛立ちを隠せなくなったグレアスが言った。
「へへ、焦らないで!第1射手用意」
 グレアスの怒りも全く関せずのへらへらとしたレナードの命令で、先頭にいた1人の兵士が肩に掲げた筒の先端からそらまめ大の物を押し込んだ。そして押し込んだ先端を的に、木製でく状になっている後ろを脇にはさみ、地面と筒がほぼ水平になるように構えた。
「点火用意ー」
 兵士は筒の中より後ろにある小さな蓋を開き中へ黒っぽい粉を入れた。さらにその蓋の上に留め金で止められたロープに火をつけた。
「全く何をしておるかわからん!陛下!このような戯れ事のために私を帝都へ招聘したのですか?」
 とうとう我慢の限界を超えたグレアスはものすごい勢いで立ち上がった。
「撃って」
 レナードの指示は庭園内に今まで聞いた事も無いような轟音を呼び込んだ。乾いた音でありながら心胆を冷すような激しい轟音であった。
 一瞬何が起きたか分からない一同は、我を取り戻すと慌ててフェリアスの周りを固め剣の柄へ手をかけた。
「待ってよ!大丈夫だから!」
「・・・・・・皆もとに戻れ。気にすることは無い」
 フェリアスの顔にも、平静を装ってはいたが驚きの色が垣間見えた。
 皇帝の言葉で一同は恐る恐る席に戻ったが、恐るべき轟音はなおも石造の要塞全体に波紋のように響いているようだった。
「いかがですか?ファンデーン卿?」
「むむむ・・・・・・・・・そ、そんなもので的が射ぬけるのか?」
 勝ち誇ったレナードに声をかけれられたグレアスはすっかり気勢をそがれた感じで、苦し紛れの返答しか出来ないようだ。
「誰かあの的持ってきて」
 レナードは兵士が持ってきた的を自身満々に一同へ見せた。
「あれれ?んー、やっぱりまだ訓練が足んないなぁ」
 的は中央から外れていたが、命中していた上端を粉砕していた。
 一同は弓を凌駕する破壊力に言葉を見つけられないようにうなった。
「じゃ、次はより実用的にあの鉄騎兵を的にしまーす」
「なんだと!?」
 グレアスを始め多くの武人が驚きの声をあげた。
 重甲冑を纏い馬にも装甲をつけた鉄騎兵はその重装備のため通常騎兵より機動力は劣るが、野戦においてこの部隊の多寡が勝敗を決すと言ってもいいほどの絶大な攻撃力を誇る。野に轟く重厚な馬蹄の音を聞けば前線の兵は逃げ出し、侵攻を止めようと放たれた矢は無残にへし折られる。その鉄騎兵を止められるのは鉄騎兵だけといわれている。
「へぇ・・・・・・凄いなぁ。あの鉄騎兵、ユアンでも見かけたけど簡単にいく相手じゃなかったよ」
「そうだな。エイリスでユンと戦った私の部隊だった。あの時は船だったし重さの関係で1部隊だけだったがな」
「お前らだけだぜ?あの鉄騎兵と互角に渡り合ったのは」
 鉄騎兵の力を良く知る3人も興味の眼差しで先を待っていた。
「第1射手準備して。今度はしっかりね」
 レナードに肩を叩かれた兵士はやや緊張した面持ちで先ほどの動作を繰り返した。
「点火―――撃っていいよ」
 再びあたりには耳をつんざくような轟音が響き渡った。そして今度は鉄と鉄がぶつかり合う甲高い音が混じっていた。
「今のは装甲に弾かれたに違いない」
 グレアスは何故か安心したような顔になっていた。しかし甲冑が近くに運ばれると見る見るその表情が強張っていった。
「どう?甲冑にはちゃーんと穴が開いてまーす」
 甲冑の胸辺りにはしっかりと黒い穴が穿たれていた。胸の穴から続く背中部分には放たれた鉄の弾がめり込んでいた。
「もうちょっと粉を増やせば貫通するかな?」
 一同が呆然とする中レナードは生き生きとして結果を眺めていた。
「ま、待て!・・・・・・確かに威力が凄まじいことは認めよう。だがあれを射るまでに時間がかかりすぎておらぬか?それまでには騎馬隊に蹂躙されておるわ!」
 敗北寸前から一気に局面を逆転させる一策をひらめいたようにグレアスは気勢を戻しレナードへ反論を繰り出した。
 だがレナードはそれも予測していたようにくすりと笑うと、隊を10人ずつの2つに分けて射撃体勢に着かせた。
「ご心配なく。今からが見せ場だよ。1番隊用意――撃って」
 再び射撃位置に戻された鉄騎兵めがけて10の筒が咆哮をあげた。
「2番隊用意――撃てぇ」
 一瞬の静寂を破り後ろで控えていた残りの10の筒がこれでもかというほど咆哮した。
 鉄騎兵は無残に穴をあけられ、弾丸の雨をくらって踊るようにして崩れ去った。
 耳鳴りのような轟音がしだいに遠のき、筒の先からつんと目に染みる煙が立ち昇っていた。
 薄煙の中から笑みを浮かべたレナードが天幕の前にやってきた。
「いかが?これからの時代、1人の英雄豪傑はいらないでしょう?この鉄砲がすべてを征すんだよ」
 一同を見渡すレナ―ドの笑みは背筋を冷たくさせるものがあった。
「ったく!あれじゃあ俺達失業だぜ?」
「あぁ・・・・・・」
 無残な鉄騎兵の残骸から目を離せなくなったキリアは、らしくない歯切れの悪い頷きを返した。
「怖いね・・・・・・」
 ユンも珍しくレオンの軽口に乗らずに静かな声でポツリともらした。
 そのときユンの視線とレナードの視線が交錯し、レナードが意図的に薄らと微笑んだように見えた。
「あ!ごめーん。遅くなったけどこの武器を作ってくれたのは彼でーす。自己紹介する?」
 動揺が続く一同へ向かってレナードはマイペースで呼びかけた。レナードの横にはいつの間にか背の高い陰鬱そうな目をした綺麗な男が立っていた。
「もう!照れ屋だなぁ。彼はシュトラフ。腕のいい職人だよ」
 じっと沈黙を守る男――シュトラフに代わってレナードが言った。
「この武器はー鉄砲って言うんだよ。あの小さな鉄の弾が調合した黒い粉、火薬で爆発的な力を得て飛び出すんだ。凄いでしょ?」
「我が軍への配備はいつ頃になる?」
 レナードの説明を聞くうちに次第に落ち着きを取り戻してきた一同の中で、最も早く平静に戻ったフェリアスが言った。
「うーんと、まだ職人の方が追いついてこないからたくさん作れるのは3ヶ月くらいかかるかな。それから兵にも訓練が必要だから・・・・・・4ヶ月以内!」
「わかった。なるべく早めに頼む」
「へ、陛下・・・・・・」
 なおも納得いかない様子のグレアスが残念そうな声をあげた。
「ファンデーン卿。お気持ちはわかる。しかしこれかの時代、ラシエール卿の言う通り鉄砲が勝敗を左右する。必勝の条件をそろえて勝つというのが帝国の兵法であろう?」
「は・・・・・・仰せの通りでございます」
 正論を返されてグレアスは引き下がるしかなかった。
「でもね、必勝を打ち破るのがき――――」
「皆様!官位も至らぬのにお邪魔して申し訳ありませんでした!」
 キリアは何か言いかけたユンを引きずって逃げるように天幕を去った。
「じゃ、俺も失礼。おーい、置いていくなよ」
 1人残されたレオンも慌てて2人の後を追った。

「ユン!!」
「だってぇ・・・・・・じぃちゃんがかわいそうだよぉ」
「じぃちゃんじゃない!ファンデーン卿だ!」
 壁の隅に引っ張り込まれたユンはキリアにきつくしかられていた。
「おー、いたいた。置いてきぼりにされかかったぜ」
 2人を見つけほっとしたようにレオンがやってきた。
「キリア、そんなに怒るなよ。俺だってユンみたいに言ってみたいさ」
「レオン。余計な事を言わないでもらおうか?」
「な、何だよ・・・・・・そんな怖い目で睨むなよ。同じ見つめられるならデートのお誘いが――ぐわっ!」
 レオンが言い終わらない前にキリアは無言で剣帯から剣を鞘ごと外し、鞘の柄がレオンの足の小指を叩いた。
「ユン。私は何もいい子ぶれと言っているわけじゃない。お前のことが心配だから言うんだ。ただでさえ敵将として肩身が狭いのにこれ以上立場が悪くなると・・・・・・さすがに私だけでは庇いきれない」
 悶え苦しむレオンを尻目にキリアは神妙な顔で言った。
「・・・・・・わかってるよ姉さん」
 キリアの気持ちが通じたのかユンは素直に頷いた。
「ったく・・・・・・痛てて。俺もついてるって言ってるだろ?」
 足をさすりながらレオンが言った。
「兄さんもありがと」
「じゃ、これ以上ユンが何かしないうちに帰るとしよう」
 急に照れくさくなったようにキリアはさっと後ろを向いて歩き出した。
「姉さん、だーい好き!」
 何を思ったのか早足で追いついたユンはキリアの右腕にきゅっと抱きついた。
「こ、こら!ユン!」
 驚いたキリアは顔を真っ赤にしてユンを放そうとした。
「じゃあ俺は左かなぁ」
「レオン。私は左腕でも剣を抜けるぞ?」
「じょ、冗談に決まってるだろう?」
 ユンが右腕に抱きついたままでも十分な迫力のキリアにレオンは思わず1歩身を引いた。
「全く・・・・・・女は鉄砲よりも怖いねぇ。それを怖がらないユンは怖い物なんてないんだろうなぁ」
 1人後ろから追従するレオンは遠ざかっていく宮殿を背中にしてしみじみと呟いた

← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections