隣近所の人に貰って財布に忍ばせていた華道の展覧会のチケット。特に興味も無かったが、半端な時間を持て余していた私は会場が近い事もあって気紛れに足を運んだ。 「よろしければご記帳、お願いいたします。」 受付係にそう言われ、少し躊躇いつつ名前を記入する。係の者は和紙で出来ているのであろう繊細な招待券の一角を切り取ると、 「ごゆっくりご鑑賞ください。」 そう言って私を中へと通した。 一定の間隔で置かれた大きな花瓶には色とりどりの花がバランスよく配置され、鑑賞する者を楽しませている。多くの専門家やその方面に興味を持つ人が立ち話をする中で、自分がとても浮いているのではないかと感じながら、私はメインであろう生け花へと進んだ。 少しずつ表情の違う少量の緑の中に、小さく・それでも十分な存在感で佇む椿がどこか神秘的。私のような素人にはただ“綺麗”としか評価のしようがないけれど、惜しみない華道家の思いが込められているのだろうと半ば無心で見つめていた。 「お気に召していただけましたか?」 「・・・えっ?」 気づくと傍に、スーツ姿の男性が立っている。慌てた私がどうすればいいのか困っていると、その男性は微笑んで言った。 「熱心にご覧になられていたので。」 「えっ・・あぁ・・あの・・・貴方は・・。」 「この展覧会を開かせていただきました、柳原(やなはら) 聡(さとる)と言います。本日はお越しいただき、ありがとうございます。」 「・・貴方が?・・すみません。・・そうとは知らず、ぼんやりしていて。」 「いえいえ。・・ところで・・・この生け花。貴方はどうご覧になられましたか?」 「えっ?あ・・でも・・・私、実は全く無知なもので・・。」 「それで構いません。率直に・・・素直な感想をお聞かせください。」 真摯に問うその表情を受け、私はもう一度花と向き合った。そして、拙くも率直な感想を躊躇いがちに述べた。 「神秘的・・だと思いました。花だけではなく・・器に映る花の表情も考えて生けられていて・・。生まれたばかりというか・・そういう印象を受けました。」 「・・・・・・そうですか。・・ありがとうございます。」 感想を耳にした彼は柔らかく微笑(わら)って。その笑みは何故か、綺麗だと思った。
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