「まったく、こんな所で日が沈んじまうとはな」 こんな時は、ポポば小さくて助かったと思う。もし、大きなポポを背負っていたんじゃ、この半分くらいの距離しか進んでいないだろうからな。 「天と地の狭間において、納まるべき器を持たぬものよ、温もりをもたらす熱きものよ、汝、枯れ木に宿りて炎とならん」 小さな火を灯すのに大袈裟な呪文な気はするが。まぁ、枯れ木同士を擦り合わせて火を起こすよりは、だいぶ早いからいいとしよう。 「ふぁ〜あえ? 賢者しゃま、ここは何処れしゅか?」 おいおい、こんな夜の帷が降りた時間に起きるなよなぁ。 「良い子は、もう寝てる時間だぞ」 「こんにゃしゅがたれも、ころもじゃありゅましぇん」 説得力ないんだよな、そんな姿で言われてもさ。そもそも、元は幾歳なんだかね。まぁ、ここでそう言ってしまっても、こちらも大人げないし、ポポだって、実も蓋も無いよな。 「ほら、お腹空いたろ?このくらいの辛さなら食べられるだろ? 温まるぞ」 「しゅみましぇんねぇ」 すいませんか、拍子抜けするよな、ポポに言われると。この俺が苦手な師匠でさえ、口で勝てないのに。 「それ食べたら寝るんだぞ」 「はぁ〜い」 それにしても賢者と云えども生身の人間、この寒さは少々きついものがある。このあどけない寝顔を見ていると、師匠をやり込める姿は想像し難いな。 「ハックション!」 ふぅ、風邪ひいたかな。ポポに伝染らないといいが…。ポポが先輩に薬草を貰っていたはずだ。 「ん、ん〜」 しまった。どうやら、起こしてしまったらしい。 「ふぁ〜…あぇ、賢者しゃま、もひかして一晩中、火の番をしていてくえていたんれすか?」 当たり前だろうが。こんな場所で俺が熟睡なんかしてみろ。何に襲われるか判ったもんじゃない。大体、元が大きいと判ってるとポポと一緒に毛布に包まる訳のも気が引けるしな。一枚しかないんじゃポポに掛けておくしかないじゃねぇか、まったく。 「賢者しゃま、風邪ひかれたんやないんれすか?」 「大丈夫だ」 「背中向けていないで、熱はないんれすか?」 「ないっ!」 「どぇどぇ…」 「うわっ!」 「キャッ…」 脅かしやがって… 「何しゅゆんれしゅかっ! びっくりすゆやないれしゅかっ!」 「ビックリするのはこっちだ。いきなりおでこを、くっつけて熱を計るな」 「昔は、しょうやっれ、計ってくえたやないれしゅか!」 それポポが元々は今より大きいなんて知らなかったからじゃないか。 「最近は手で計ってたろ? 本来はそんな小さい訳じゃないんだから」 「今は小しゃいれしゅけろね」 口の減らない奴だな。まったく誰に似たんだか。親の顔が見て見たいもんだな。おっと、親のことは覚えていないんだったっけ。
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「どちらさんだい?」 えっ? 牧場? それも目の前にあるって… 「ろうやら暗くれ、気じゅかにゃかっらみらいれしゅね」 言わんでも、判ってる。火の術じゃなくて、周りを明るくする術を使うんだった。くそぉ〜失敗した。 「こにょ牧場のかられしゅか?」 「んだよ。ここはおらの牧場だよ」 「こちやは有名な賢者しゃまにごじゃいましゅ。妖精にあってから帰りに風邪を召しゃれたごようしゅ。おしょれいりましゅが休ましぇて頂けましぇんれしょうか?」 「ええだが、賢者さまかいな。ならお願いがあるんだが」 「しょれは、賢者しゃまが回復しゃれましたや、このマネージメチョを受け持ちゅポポが承りましゅ」 うぅん、さすがに口の達者。元々、かなりの口達者だったんだろうな。 「んじゃ、ゆっくりしていっとくれ。おらは牛の世話が残っとるから」 「賢者しゃま、今晩は暖かくして眠れましゅよ。風邪が治ゆまで、ゆっくいしれくらしゃい」 何、張り切ってるんだ、こいつ。 「しょえに、どおやら、お仕事の匂いがしましゅしね。賢者しゃまの師匠の所まれ、旅費が掛かいましゅたし。少しは稼いれいたらかないと心もとないれしゅからね」 そういえば、暫く実入りが無いよなぁ。懐も淋しいことだし、世話になって仕事にもなれば一石二鳥ってなもんだ。だが、後々面倒になるのはゴメンだが。
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「それで、お願いって云うのは何なんでしょうか?」 「実は…おら、好きな娘っこがいるんだが…」 なんだぁ? 「俺は…」 痛っ! ポポのやつ、何で抓るんだよ。俺は恋愛相談なんてもんは、やってねぇぞ。 (駄目れしゅよ。やっと見ちゅけたお仕事なんれしゅかや) そ、そりゃ、そうかもしれないがな。そんなもん、どうしろって云うんだ? その人に、この人を好きになるようにしろとでも云うのか? 人の心を変えるような術だって禁忌なんだからな。そんなこと、たとえ出来たとしても、やる訳にはいかないんだぞ。 「しょれれ、その娘しゃんを見ちゅければ、いいんれしゅね?」 単なる人探しなら賢者の仕事じゃないだろうに。 「その娘っこってのが箒に乗ってあそこを通るんだよ」 なんだ? 箒に乗る? それに指差しているのは空じゃないか。それって… 「判りまちた。しょれれは賢者しゃまに探しれ貰いましゅ」 おい…相変わらず勝手に返事しやがって… (大丈夫れしょ。このあいら、お師匠しゃまの所に、居らしたやないれしゅか) こいつ…気付いていたのか…。まぁ、見た目は小っちゃくても、中身は成長したポポだもんな。
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「って訳なんだけどな。会うだけ、会ってやってもらえないか?」 「それで、私の取り分は?」 この辺はさすがに師匠の弟子だな。まった…く? 「しょうれしゅね、7、3でろうれしょう?」 「山分けじゃなきゃ、嫌だね」 「れは3半れ、ろうれしょう」 「4!」 「そうれしゅねぇ、れは3半に出来らかれ、ろうれしゅか?」 「出来高?」 「しょうれしゅ。前払い分の3半とれしゅね、御自分れ引き出しぇた分で」 「おやおや、賢者より賢いんじゃないの、あんた。判ったよ、それで手を打とうじゃないの」 確かに金銭計算じゃ俺より数段上かもしれないが…。 「だけど…それって、あの農夫に気の毒じゃないのか?」 (大丈夫れしゅよ。魔女らと判れば、目もしゃめましゅって) (…でも、先輩が術を使ったら骨の髄まで絞り取られかねないぞ) (しょれは、ありましぇん) (何でだ?) (らって、賢者しゃまのしぇん輩れしゅもの) なんて希薄な根拠なんだ…。
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「にしても、しけた額だねぇ」 先輩がぼやくのも無理はない。結局、稼ぎは二束三文だ。 「仕方ないだろ。そもそも先輩が、顔見た途端に逃げ出したりしなけりゃいいものを…」 「それこそ、仕方ないでしょ。私が面食いなのは、知ってるだろ? それをさ…」 先輩なら顔より、金を取ると踏んだんだがなぁ。付き合うとかなら、ともかくも会うだけだぜぇ。 「しょれで、魔女しゃん、今回の違約金をいたらきましゅ」 「あんだってぇ〜〜〜〜」 げっ…凄い剣幕… 「い、いぇ、今回らけはシャービシュしゃせていたらきましゅ」 そりゃポポだってビビるよな。 「ほらよ」 先輩が素直に金を出した? どれどれ、意外に重いぞ…って 「おい、ポポ!」 「駄目れしゅよ、賢者しゃまに、お金を持たせたや、何処れ無くしゅか、判いましぇんかやね」 「まったく、いい子を見つけたもんだねぇ。元に戻ったら、一緒になっちまえば?」 「ふちゅちゅかものれしゅが、よろしくお願い、いたちまちゅ」 「こ、こら!」 勝手に話を進めるなよな。確かにポポが居てくれるようになってから、物事が順調になってきたのは認めるけどな。でも、俺はこいつの両親を見つけて…いい人なら帰してやりたいんだ。 「しかし、先輩が簡単に違約金なんてもんを払うとは珍しいこともあったもんだ。食事代だって踏み倒す人がさぁ」 「その無銭飲食の常習者みたいな言い方は、やめてよね」 だって、そうじゃないか。 「あんたはどうでもいいんだけどね。この子がバカな弟弟子のおかげで、苦労してたら、気の毒だろ」 なるほど…俺はどうでもいい訳なんだな。そんなこったろうと思ってたよ。まぁ、理由はどうあれ、これで、当面の資金は出来たから、旅は続けられそうだな。 「結局、あのマフェールには会えたのかい?」 とりあえず先輩には、状況を教えておいた方がいいだろう。仮にも魔女なんだから、多少の助言は貰えるかもしれない。 「そおかぁ。マフェールが道具をくれたんだ。…これは魔術の道具とは違うみたいだね。余所の魔女たちのグループでも見かけたことのない道具だし」 期待はしていなかったけど、やはりな。この道具が教えてくれるって、どういう意味なんだか。 「きっと、その意味が判る頃には、この子も元に戻れるってことじゃないのかな」 そうかもしれないな。当分、俺とポポの旅は…ポポ? 「あらあら、眠っちゃったんだね。可愛い寝顔しちゃってさ。あんたも、昔は寝顔だけは可愛かったんだけどねぇ」 だけは余分だ、だけは。 「今晩は私の館に泊まっていきな」 「助かる…?」 まさか… 「安心しな、あんたから金を取るってのは、この子から取るのも同じだからね。ただでいいよ」 本当に大丈夫なのか? その言葉を信じていいのか? いやいや、まてよ…ただより高いものはないって言うからな。こんな心配をしながらも、ポポにあまり野宿もさせたくはないので世話になることにした。俺にとっては憂鬱な一夜だったが。
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