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賢者の憂鬱 作者:凪沙 一人

第8回   妖精のこと
賢い者と書くのが賢者だが…自然の前では賢さなんて、あまり役には立たないもんだ。
「ポポ、大丈夫か?」
 困ったもので禁忌魔法によって小さくなったポポを戻す方法を探すために、よりによってマフェールを探さないといけないとはね。
「らいりょぉぶれしゅよぉ。しょれより、賢者しゃまも、足もろ、気をつけれくりゃしゃいねぇ」
まったく、何言ってんだか判りゃしない。でも、一所懸命歩いていることと、俺のことを心配してくれてるってことは判るけどね。
「ところで、ポポ。両親のことって、何か覚えてないか? 何でもいいんだが…」
「え? とちゅじぇん、ろうしらんれしゅか?」
「…いや、何でもない」
もし、元に戻ることが出来たなら両親を捜してやろうかとも思っている。会わせてやるかどうかは、見つけてから考えても遅くはないだろうしな。
「少し休むか?」
「らいりょうぶれしゅって。賢者しゃまこそ、らいろうぶれしゅか?おちゅかれなや、やしゅみましゅよ」
小さいなりに、気をつかうやつだな。すっかり舌も回らないってのに…。なんとしても元へ戻してやるからな。
「この洞窟だな、師匠が言っていたマフェールが出そうな場所ってのは」
あの気難し屋で有名なマフェールが、そう簡単に姿を現わすとも思えないがねぇ。
「賢者しゃま、呼びらす方法は?」
「…知らん」
 肝心なことは教えないのは昔のままだ。別料金ってやつだ。聞いたって請求されるのが判っていて誰が聞くかっ。
「え〜、お師匠しゃまに聞いてこなかったんれしゅか?」
「値切ったからな」
「そんらぁ〜オプション料金らったんれすかぁ」
「なんとかなるさ」
「賢者しゃまぁ〜」
嘆きたいのは、こっちの方だ。ここまで来て、ただ待つしかないってのも情けない話だしな。
「ともかく中に入ってみてからだ」
中に入ってマフェールが居なければ、呼び出す方法を知っていたところで意味はない。逆に居れば方法なんて知らなくとも俺がなんとかしてみせるさ。今はマフェールがここに居ることを祈りながら洞窟の奥へと進むしかないんだ。
「足元に気をつけろ」
 誰か人が訪れたことのあるような様子は何処にもない。足元も苔の生えた岩場で真っ暗だときてやがる。
「灯かりは灯さないんれしゅか?」
確かに、慣れてくれば外から差し込む薄明かりでも何とか見えてくるが、ポポには少し辛いかもしれない。
「マフェールが、この場所を選んでいるとすれば明るい場所を避けたってことだ。前の発見場所も洞窟だったそうだし。ここで機嫌を損ねたら無駄足になっちまうからな。そいつは避けたい」
 師匠に出来ないことが出来るかもしれないってことは、かなりの力を持っているらしい。だが、いまだに何の精か知られていないなんてな。せめて、それが判れば対策の立てようもあろうってもんなんだが。
「賢者しゃま、ありぇ!」
「マフェール殿?」
「お、冴えない賢者じゃねぇか」
冴えないは余計だ、まったく。
「何処かでお会いしましたかな?」
「ここで会った」
ん? 過去形? そうか。師匠もいい加減にマフェールの名を出した訳じゃないらしいな。
「時を司りし妖精殿ですか?」
「いんや、違うよ。だから、おいらにゃ、その娘は治せないぜ」
参ったな。先を見て来た相手ってのは思ったよりやり難い。
「だけど、その娘は、そのうち治るぜ。心配しなくて大丈夫だよ」
「確証の無い希望…ではないようですね」
少なくとも時の往来は出来るらしい。だが、そのうちっていつになることやら。
「…ほぉ、あんた…」
「そこまでで結構ですよ。未来なんて先に判っていたら面白くもないじゃありませんか」
そう、それこそ憂鬱な人生になっちまう。
「前言撤回だ。どうやら確かに賢者って奴は人間の中じゃ賢いらしい。冴えないってのは悪かったな」
 どうやら妖精ってのは人間よりは、ずっと素直なものらしいな。
「しかし、マフェール殿はかなり気難しい妖精だと聞いていたのですがねぁ」
「そりゃぁ人間共が、勝手に言ってるだけに過ぎねぇよ」
 確かにドラゴンにしても、ゴーレムにしても、伝承とはかなり異なっていたからな。
「人間は、自分たちと姿形の違うものや、考え方の違うものを敵だと思うことが多いようだしな」
「どういう意味だ?」
「言葉通りさ。あんたらの神さんだって、あんたらと同じ姿だと思ってんだろ」
 確かにマフェールの言う通りかもしれないな。だが…
「悪いが神なんてものを俺はあてにはしてないんでね」
「賢者が、そんなことを言っていいのかな?」
「…フッ…賢者は司祭や司教のような聖職じゃないからな」
「気にいったよ。あの娘を治すことは出来ないがヒントをやろう」
信じていいものだろうか。まぁ、人間なんかよりは余程信じられるかもしれないな。
「それで、ヒントと云うのは?」
はぁ…呑気に欠伸なんか、しやがって。こっちは、いつまでも小さい女の子の面倒を見るつもりなんてないんだ。そりゃ確かに稼ぎの面じゃかなり助かってるけどな。それでも、ずっとこのままなんて、たまったもんじゃない。養育費だって、それなりに掛っていくんだぞ。
「こいつの件は、一銭にもならないんだ。そんなことの為に、無駄に時間を掛けたくはないんだがな」
「どうして人間は、こうも、せっかちなんだかなぁ」
「それは、あんたら程、時間がないからさ」
何百年、何千年生きているかは知らないが、たかだか数十年の人間の時間はアッという間なんだ。
「そうか。それじゃぁ、こいつをやろう。きっと、こいつが教えてくれるはずだ。」
なんだ、こいつは? 見たこともない道具だな。まぁ、妖精が道具を使うなんて話も珍しいか。大体、人間と同じ道具を使うと思う方が変なのかもしれないな。
「早く戻らないと、その娘が風邪をひくぞ」
どうりで静かだと思ったら…可愛い寝顔をしてやがる。

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Novel Editor