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賢者の憂鬱 作者:凪沙 一人

第4回   悪霊騎士のこと
 子供連れの賢者…様にならないよなぁ。あげくに変な噂まで、ついてまわってるみたいだ。つまり、妻に逃げられた冴えない賢者って噂だ。信用商売だってのに、これじゃ今迄みたいに旨い話しが来なくなっちまうんだよな。
「ろぉ〜したのよ?」
 どうしたも、こうしたもない。みんな、このポポの所為だ…だからって、犬猫じゃあるまいし、そこいらに棄てて行く訳にもいかないしな。あ、いや、犬猫を棄てていいって言っている訳でもないんだが。
「ねぇ、おじちゃぁん、ろぉ〜したのよぉ〜ってばぁ〜?」
「いいか、ポポ。俺は、おじちゃんなんて呼ばれるような、歳じゃないんだぞ」
「ろぉしてよっ!あたしより歳上れしょ?」
 それは、そうなんだけどね。でもポポより年下の賢者が居たら見てみたいもんだ。
「あのぉ〜賢者さま?」
「あのじゃないだろぅ、あのじゃ…あ?」
 ポポにしちゃ変な声だと思ったら見慣れない爺さんだな。
「あなた様が、数々のモンスターたちを退治なさっている賢者さまですか?」
「そ、そうだが、何の用だ?」
「ひょぉ〜っと、お待ちくだちゃいまちぇ。賢者しゃまに御用のばやいは、あたくちを通ちて頂かにゃいとこまりまちゅ」
な、なんなんだ?
「ポポ、遊びじゃないんだから…」
「だかられちゅ。賢者しゃまはマネージメンチョが、お下手れちゅからね」
 マ、マネージメンチョ…じゃない、マネージメントが下手って、一体こいつ?
「では小さなマネージャーさん。賢者さまに悪霊騎士の退治を、お願いしたいのですが、お引き受け頂けますかな?」
 あ、悪霊騎士だって? それって、今迄みたいに交渉して、どうにかなるような相手じゃないよな。こいつは断った方が…
「わかりまちた。お引き受けいたちまちゅ」
「なっ、なにぃ〜?」
「どうかなさいましたか? 何か不都合な事でも、ございますかな?」
「らいちょぉぶれちゅ。賢者しゃまに不都合なろ、ごじゃいましぇん」
「では、お願い致しましたぞ」


 な…なんで勝手に話しが進んで行くんだ〜っ? ポポを何とかしないと、本当に命がいくつあっても足りなくなるぞ。
「ポポ、悪霊騎士っていったら、上級者でないと、退治するのは難しいんだぞ」
「らいちょぉぶれちゅ。賢者しゃまは超〜上級ちゃれしゅから」
「そう、俺は超上級者…ってなぁ」
 まぁ、引き受けちまったもんは、仕方ないよなぁ。ここで契約を反故にしたら、信用に関わるからな。こっちも信用第一の商売だし。
「それではマネージャー殿、悪霊騎士の退治に参るとしましょうか」
「切り替えが早いれちゅね。いいことれちゅよ、賢者しゃま」
 こ…こいつ、絶対に引き取り先を見つけてやる。でないとこっちの身が持ちゃしない。



「ここか、悪霊騎士が現われるって云う館は。いかにも出ますって感じだな。とりあえずは御登場願うとしようか。悪霊騎士っ、居るんならとっとと出て来いっ!」
 呼びかけては見たものの、反応は無い。いや、別の奴が反応したか。
「幽霊甲冑…中身の騎士殿に用なんだがね。と言って通じる訳もないか」
 幽霊と言っても、甲冑の方には実体がある訳だから面倒臭い。
「な、なぁ、穏便に事を運びたいんだがな。悪霊騎士に会わせてもらえないか?」
「誰が、悪霊だと云うのだ?」
 やった、現われやがった。こうでないと、話しが先に進まないじゃないか。
「でも、世間では、そう云う事になっているようですがね」
「そもそも、この館はわしの物だ。そこにわしが居て何が悪い?」
 ははぁん、館の主が正体かよ。と言っても立派な霊のようだけど。
「自分が、この世のものじゃないって事は、自覚されているんですか?」
「無論だ。だが、跡継ぎがおらぬからと言って、あんな悪徳業者にこの館を明け渡すなど、もっての外だ」
 つまり、館に対する元主の未練が自縛霊になってるって事か。
「それで、どうすれば、この館からお引き取り願えるんでしょうか?」
「何故、自分の屋敷を引き払わねばならんのかね?」
 態度は紳士的だが簡単に納得しそうにないようだな。
「悪霊騎士、あんたはもう、この世のもんじゃないんだ。つまり、この世の館の所有権もあんたのものじゃないんだ」
 だいたい悪霊ってのも語弊があるよな。
「いいだろう、貴様が私を倒せたなら引き払ってやろう」
 はぁ〜なんで、そうなるかな。
「その姿で散るって事は、天国でも地獄でもなく、魂そのものが霧散しちゃうんだけどなぁ。それでもいいの?」
「この私を脅そうというのか? いい度胸だな。まぁ、そのくらいの度胸もなければ賢者など務まらんのだろうな」
 度胸ね、舐められたものだ。
「仕方ないな…。天と地の狭間に於いて納まるべき器を持たぬ者よ、転ずるを拒みて留まりし者よ。汝の魂は風の前の塵とならん」
 断末魔など、上げる暇もなかったな。だから言ったんだ。ドラゴンもゴーレムもゴブリンも、みんな人間なんかよりずっと命を大切にしているんだ。悪霊騎士っていったって、元は人間。往生際の悪さは、その所為かもしれない。
「ろぉしたの? 倒したんらから、帰よぉよ」
「…そうだな。帰ろう」
 憂鬱だ憂鬱だと思っていたけど、人間なんて奴が一番、憂鬱な存在なのかもしれないな。

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Novel Editor