賢者の儲けなんて、そう大したことはない。単価は高いが需要も少ない。延べてしまえば結構ギリギリなものだ。ポポと一緒に旅するようになってから、多少なりと金回りは良くなったんだが。でも最近、食い扶持が増えちまったからな。 「先輩、もう用事は済んだんじゃないんですか?」 「えっ? あ、バレてた?」 当たり前だ。先輩が面白そうってだけで、ついてくる訳ないじゃないか。大方、師匠が俺が暴走しないように、お目付けにしたんだろう。 「でもさ、実際、楽しいしね」 こっちはポポ一人でも憂鬱なのに、先輩までこの先まだ一緒に旅しようってのかぁ。 「賢者しゃま、いいやないれすか。稼ぎ手の多い方が収入らって安定するんれすから」 確かに賢者と魔女じゃ得意分野が異なるからなぁ。マフェールの道具も未だに使い方も判らないし。結局、ポポの術を解く方法も、親を探す手掛かりも、同じく判らないままだ。 「れも賢者しゃま。これから先ろうするんれすか?」 どうしようかねぇ。 「とりあえず、この森の先に村がある筈だ。そこで考えよう」 せめて、手掛かりでもあれば、俺の術で、捜しようもあるんだけどな。 「キャ〜ッ」 「どうしたポポッ…」 「あぅ、あぅ…」 何、腰抜かして…って?! 「しっかりしろっ! お〜い、生きてるか?」 慌てて来てみれば、何もここまで驚くほどのもんじゃない。 「どうしたの…? まぁ、ドラゴンじゃない。爪とか鱗とか、角とか翼とか、バラすと高く売れるわよ〜」 「バカ言ってないで、手を貸してくれませんかね」 「な〜んだ、知り合いなのか。儲け損なっちゃったな」 まったく、何考えてんだか。 「俺はてっきり、お前さんは姫さんと、仲良く暮らしてると思ったんだがな」 俺が、このドラゴンと出会ったのは、まだポポとも出逢う前だったっけな。 「えぇ。賢者様も随分と美しい奥さんと、お嬢さんに恵まれたようですねぇ」 「違〜うっ!」 誰が奥さんにお嬢さんだってんだ。 「美しいのは認めるけど、奥さんなんかじゃないわよ」 「しょうれしゅ。奥しゃんは、わらしの方れしゅ」 ヲイヲイ、誰がだ〜 「いいじゃないれしゅか。いじゅれ、しょうなるんれしゅかや〜」 「すると、そちらは小姑で?」 「だ〜れ〜が〜小姑ですって〜」 これじゃ、話が先に進まないじゃないか。 「みんな、いい加減にしてくれないか。それでドラゴン、お前さんこそ姫はどうしたんだ?」 「あれから暫くは平穏な日々が続いたのですが、世間はどうしても私が姫を力尽くで誘拐したとしか認識してもらえず…」 「勇者気取りの奴等が、押しかけて来たって訳か」 「はい…」 まったく、人間って奴等は。ドラゴンと姫が、お互い好きあって駆け落ちしたんだから、そっとしといてやりゃいいものを。そもそも勇者なんて代物は、今の時代じゃ賢者や魔女よりも役にも立たなきゃ需要もねぇ。それでドラゴンと聞いて色めきだったって訳か。 「だが、お前さんが勇者もどきを相手に梃子摺ることもなかっただろう?」 「えぇ、勇者もどきの方々は、ほんのちょっと、脅かしてやれば良かったのですが…」 「てことは、ドラゴンスレイヤーって奴か。滅多にドラゴンに出逢うこともないだろうに、まだ、そんな職業が残ってるとはな」 「賢者しゃま、一人れ、ろこ行くんれしゅか?」 「こいつは、お前と出会う前の仕事のアフターサービスって奴だ」 そう、アフターサービスだよ。まったく、ドラゴンスレイヤーなんて一種の商売敵だしな。 「彼は、狩龍人と名乗っておりました。姫を安全な場所に隠し私が囮となって、ここまで誘い出したので近くに居るとは思うのですが」 「なぁ、ドラゴン。お前さんの人間を傷つけたくないってのは判らなくもないけどな。でも、自分の守るべき人の為に耐えるには相手が悪すぎる」 「賢者さま…」 チッ、俺らしくもないかな。
‡‡‡‡‡
ふぅ。夜は出て来ないとは、お坊ちゃまかよ。 「ドラゴンスレイヤー、居るんなら出てきてくれないか」 「狩龍人と呼んで頂けませんかね」 なにが狩龍人だよ。格好つけたって同じじゃないか。 「その狩龍人さんとやら。お前さんの追っているドラゴンは悪いドラゴンじゃない。見逃してやってくれないか?」 「悪かろうが、悪くなかろうが、ドラゴンは、ドラゴンだ」 なんだ、こいつ。融通の利かない野郎だな。 「それで用は済んだのかな? これ以上は営業妨害だ」 「悪いが、お前さんこそ、俺の営業妨害してんだよ」 こっちだって信用商売なんだ。アフターサービスだってキッチリこなしていかないと次の仕事が来なくなっちまう。 「やるってのかい」 血の気の多い野郎だな。 「ちょっと、失礼します」 えっ? あ、姫… 「あなたですね、うちの主人を襲った犯人はっ!」 「は、犯人…? 痛ぇっ」 おいおい、ドラゴンスレイヤーにビンタかましちゃったよ。 「これ以上うちの主人を傷つけるようなら、私が許しません」 へぇ、あの、か弱かった姫が、こんなこと言うようになるとはね。 「しゅじぃん〜? あんたの旦那だってのか? てっきり、攫われたもんだと…」 「事実関係も調べずドラゴンだという先入観だけで悪者扱いするなんて、生物差別です。すぐさま、お引取りください」 「わ、判った…いや、判りました」 すっげぇ。あのお姫様がねぇ。逞しくなったもんだ。 「ふぅ、もう…あ、賢者様! 御無沙汰しております」 「あ、え、御無沙汰しております。お強くなられましたね」 「え、見てらしたんですか! お恥ずかしいところを…」 それって、今まで俺は眼中に無しだったてことか。 「あなた〜」 まったく、人騒がせな話だな。 「あ、賢者様の奥様とお嬢様ですね。私達、以前、とても賢者様には、お世話になりまして」 「だから、違うんだってば…」 はぁ、まったく、いつまでたっても、この勘違いは続くのかねぇ。とりあえずは、こっちの誤解を解いて、話はそれからだ。 「ところでドラゴン、間違った術の解き方って知らないか? 何かヒントでも構わないんだが」 「そうですねぇ。しかし、我々ドラゴンが操る能力といえば、習ったり教えたりするようなものではありませんからねぇ。むしろ、本能に近いようなものですから」 「そうか、そうだよなぁ。ドラゴンでも知らないとなると、マフェールを訊ねて、あの道具の使い方を聞くしかないか」 とは言っても、あのマフェールをもう一度捜す為には、また師匠の所に行かなきゃならないのか。それはそれで憂鬱な話だよなぁ。まぁ、そこで先輩を帰しちまえば差し引きしても、おつりは来るか。
‡‡‡‡‡
なんだか随分と久しぶりな気がするな。あれから大して経ってないってのに。 「賢者しゃま〜、ちゅかえた〜」 まったく世話がやける。まぁ、こんな小さい体で付いてくるんだから大変は大変だろうけどな。 「先輩〜」 「何よ。この子の保護者は、あんたでしょうが」 誰が保護者だよ。 「保護者れは、ありましぇん。配偶者れしゅよ」 どっちも、どっちだ。 「なんだ、お前等また来たのか? 随分と暇なんだな」 相変わらずだな。 「こっちだって何も来たくて、こんな所まで来た訳じゃないんですけどねぇ」 「こんな所で悪かったな。だったら来なければいいだろうが」 「師匠、その性格、何とかなりませんかねぇ」 「そう言う、お前もな」 俺の性格は、そこまで悪くはない…つもりだ。とにかく、これまでの経緯は説明しておかないとな。それから先輩を引き取ってもらって、マフェールの居場所を聞き出してと、色々とやらなきゃいけないことは沢山あるんだ。 「ほう、なるほど。ようは賢者の手に負えなくなったものだから、尋ねて来たということか」 なんだって〜? 「先輩〜」 「どっちが説明したって同じでしょ」 どうして先輩が説明するんだ? だいたい、きちんと正しく伝えてくれれば同じことかもしれないけど先輩の説明ってのが心配なんじゃないか。 「大丈夫れしゅよ、ちゃんろ監視ちてまちゅかや」 ポポの監視ってのも、何だか不安だよなぁ。 「まぁ、話は大体判った。要は、マフェールに使い方を聞き出したい訳だな?」 ふぅ、要点だけは、なんとか無事に通じているみたいだな。 「しかし、そいつは無理だな」 「何故です?」 そいつが無理? 何故だ? それってのは、とっても困った話なんだけどな。 「マフェールが、次に現れるのは…そうだなぁ、大体300年後くらいになるかなぁ」 げっ、300年後ってのは、痛いな。 「ねぇねぇ師匠ぉ、起こしゅって訳には、いかにゃいのぉ?」 「そんなことをしてみろ、妖精たちが我々人間の敵にまわるぞ」 そんなことになったら、かなりの同業者も敵に回すことになるな。 「それで師匠。他に何か手はないんですか?」 「そうだな、ないこともないかもしれないぞ」 って、その手は何なんだ。 「師匠しゃま、しょのれは、なんれしょうか〜」 「え、あ、いや」 相変わらず、師匠はポポに弱いんだなぁ。まるで…? まさかね。 「一体、なんだ、その疑うような眼差しは?」 そりゃ、疑いたくもなる。 「お前は、グノーメの方には会ったのか?」 「えっ」 あ、そうか。ポポを誰から預かったのか、グノーメに直接聞くってのも手ではあるよな。 「それを、いつから気付いていたんですか?」 「私は、賢くないからねぇ」 まったく〜っ。そいつは、嫌味ですか…って、言ってやりたいんだがな。本人だって賢いなんて思っちゃいない。まぁ、いいや。とりあえず、グノーメの行方を捜すなら、同じ妖精でもマフェールほど大変な作業じゃないしな。 結局、先輩を師匠に突っ返すことには失敗しちまった。 「ホントに、師匠一人で大丈夫なんですか?」 「もちろん。お前等が来るまでは、私一人だったんだから」 あれから、いったい何年経ってると、思ってるのかね。まぁ、この手の職業を生業としている人間に、年齢なんてものは大した意味もないかもしれないけどさ。 「あまりグズグズしていると、グノーメが移動してしまうかもしれないからね。さぁ、行きなさい」 や〜っぱり、なんか引っ掛かってるんだよなぁ。 「師匠、本当〜に、俺たちがグノーメに会っても、困るようなことは、ないんでしょうね?」 「ん? それは、どう云う意味なのかな?」 …何かある…。絶対に何かあるとしか思えない。その眼鏡を弄るあたりが怪しい。まぁ、こっちが聞き出そうとしても、素直に答えるような人じゃないしな。大人しくグノーメから聞き出した方が早そうだ。 「まぁ、とりあえずはグノーメ見つけたら出来るだけの情報を聞き出してしまえば、いいんでしょ? 簡単、簡単」 「ちぇんぱい、お手やわやかにね」 ポポのやつ、俺の言おうとしたことを。 「あ〜ぁ、まったくぅ。何で、あんたたちって、だんだん似てくるのよねぇ」 「いいやないれしゅか。こ〜ゆ〜のを似たもの夫婦っれ言うんれしゅよ」 一体、誰と誰が夫婦なんかになったってんだっ! そんな小さい姿で言われるとロリコンみたいじゃないか。 「や〜い、ロリコン賢者〜」 ムッ 「師匠、今、小声で何か、言ったでしょう〜?」 「いや、別に」 だ〜ったく、変な所で子供なんだからなぁ。何でこんな人を師匠に選んじまったのかなぁ。まぁ、他に俺の師匠が務まるとも、思えなかったしねぇ。ともかく、もう少し、この憂鬱が続くのか…。
|
|