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賢者の憂鬱 作者:凪沙 一人

第10回   賢者のこと
 どうやら賢者より魔女の方が儲かるらしい。こんな大きな館だが掃除なんかは魔法で片付けているんだろうな。隅々まで、行き届いている。が、間違っても乗る時以外に箒を持つとは思えない。かと言って他に人の気配もしない。なんで、こんな大きな館が要るのかねぇ?


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「魔女しゃん、賢者しゃまのころ、聞いれもいいれしゅか?」
「あら、急にどうしたの?」
「魔女しゃんなら、いろいろと教えてくれしょうなのれ」
「…そうね、じゃぁ私が彼と初めて会った時ね」


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あれは私が師匠に弟子入りして3年くらいたった頃だったかな。彼がやって来たの。悲しそうな顔していたんだ。理由を聞いても、何も言ってくれないしね。口数の少ない子だったの。
「先輩、ここの師匠は、どんな方なのですか?」
 それが、彼から聞いた最初の言葉だった。自己紹介もしないで、いきなりよ。
「ど、どうして?」
「僕は術を教わりに此処へ来たんです。お金儲けを教わりに来た訳じゃありません!」
彼の言うのも、もっともだったのよね。私だって、最初はそう思って師匠の門を叩いたんだしね。でも、師匠の言うことも今では判らなくはないのよ。師匠はきっと、自分の若い頃の苦労を私たちには、させたくなかったのね。師匠もお金儲けが上手い方じゃなかったし。
「しょうれしゅね。あまり、お上手ゅれは、なしゃしょうれしゅよねぇ」
「うん」
彼が一体、何の目的で術を学ぼうとしていたのか…たぶん、それは、いつか彼の方からポポちゃんに話す日が来ると思うの。彼には大きな目標があったのね。
「目標れしゅか?」
「そう…彼にとっては、とても大きな…ね」
 師匠は何でも教えていたわ。錬金術、魔術、そして賢者や道士の術法なんかもね。一番、人気の講座は魔術。もちろん、悪いことに使うような人は師匠も弟子にしなかったしね。そして、一番不人気なのが賢者の講座。一番、難易度が高かったしね。卒業しても、あまり役に立つとも思えなかったの。でも、その修行を彼は開講以来、一番早く卒業したの。私の方が入ったの、3年も早いのに、彼ったら卒業したの、私と一緒なのよ。参っちゃうわよね。
「しょれは、賢者しゃまは超上級者れしゅからね」
そう…彼は冗談抜きで、本物の超上級者なのよ。天才と言ってもいいかもしれない。彼さえその気になれば、大賢者にだってなれるだけの力があるって云うのにね。でも彼には、賢者と云う肩書きさえあれば、大賢者なんかになる気持ちは、全然なかったのよ。誰もが惜しいと思っていたわ。

「大賢者? そんなものになって、どうするんですか? 僕には僕の道があります。あなた方が、どう思われようと、そんな時間は、ありませんから」

 そう言って彼は、師匠の元を旅立っていったわ。
「お師匠しゃまも、大賢者を出したとなりぇば、生徒も集ゅまったれしょうにねぇ」
「確かに、そうかもね」
でも…師匠の弟子は、私と彼が最後なのよ。もう、賢者とか魔法使いとかの時代じゃないってね。だから、世間でも、そう見かけなくなったでしょう? 魔法使いも…賢者も。私は、私の夢の為に魔法を学んでいたわ。それに、私は誰かを育てようなんて、これっぽっちも思っていないしね。だから、彼があなたを育てているのは、私にとっては、すっごく意外だったな。
「れも、時間がないっれ、ろう云う意味らったのかなぁ」
彼は最速で卒業して、賢者になったわ。そして彼は、ある場所を目指して旅立った…。でもね、間に合わなかったのよ。彼が戻ったその日の朝に、彼の目指した場所は無くなっていたの…。彼は師匠に負けないくらいの力を得ながら、その力は彼にとって、何の役にも立たなかったの。それからね、彼の表情が憂鬱になったのは。
「しょうれしゅか…。れも、無駄なんかや、ないろ思いましゅ」
「え?」
「らって、賢者しゃまが、賢者になっれ、なかっらら、あたちと出逢っれましぇんかや」
「…そうかもね」
そう、彼は、あの頃よりも明るくなった気がする。それは、この子のお陰なんだろうな。


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「こんな所に居たのか。二人で何を話していたんだ?」
「ひ・み・ちゅ!」
なんだ? 怪しいなぁ。先輩が変なことを、吹き込んでいなけりゃいいんだが…ん? 何だ、この嫌な気配は。
「…何か来るっ! 先輩、ポポを頼みます!」
この館は広すぎなんだよな。
「天と地の狭間において、納まるべき器を持たぬものよ、時と場所を司りしものよ、汝、我が前に新たなる道を開かん!」
とりあえず時間短縮には、なったかな。ともかく何なんだ、この気配は…


「ろうちたんれしょう?」
「気にしなくても大丈夫よ。この程度の気配の相手なら、彼が片手で捻り潰せるわ」
「そんなに小しゃいんれしゅか?」
「ものの例えよ」
「れも、賢者しゃまは、捻ぇり潰しらり、しましぇんよ」
「えっ?」
「あたちたちのお仕事は、モンチュタァを葬ゆことやなく安ゅらぎを与えゆころなのらそうれしゅ」
「あらあら、彼に聞かせてあげたいわね」
「賢者しゃまがおっしゃたのれす」
「彼が? …そう、彼がそんなこと言ったんだ…」


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「この世に、まだ賢者などと云うものが残っているとはな…」
姿がない…何処だ…何処に居る…
「そうか、あの日の賢者か。私があの場所を消し去った日の…」
「やはり貴様かっ!」
忘れはしない。俺を憂鬱にした最大の原因が貴様だっ!
「悪いが、今、貴様の相手をしている暇はない」
こいつを封じるには…先輩の館が近すぎるか。
「…この先の館には用はないよ。近道だったのだがね。迂回してやるとしよう」
…消えたか。こんな所に奴が現われるとはな…


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「あら、お早いお帰りね」
なんだ帰ってきちゃ悪かったみたいじゃないか…
「あの気配…なんか嫌な気配だったけど何だったの?」
「さぁね。勝手に向こうが退散してくれたよ」
先輩は例のことを知っているしな。
「さぁて、そろそろお別れね。ポポちゃん、記念にこれをあげるわ」
まるで手品のように手の中から小さな花を出した。まぁ、本当に種も仕掛けもないからな。
「あたちも出来ゆ!」
なんだぁ? 俺はそんな術を教えた覚えはないぞ?
「失敗したら、どうする気だ!」
「らいじょぶれしゅよ、ほやっ!」
ポポの手の中から、小さな火の玉が大空へと舞い上がると大きく開いていった。
「これって花は花でも…」
季節外れの花火だった。

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Novel Editor