世に賢者を名乗る者は多からず。とは云うものの、俺にも生活ってものが掛っているんでね。 魔法使いの奴等が隠れたのか、消えたのか、そんな事は俺にも判らない。騎士達は誇りなんてものを口にはするけれど、勇気を示す者などいやしない。だから、たとえ今回みたいにお姫さまが竜にさらわれたとしても、俺みたいな怪しげな賢者にでも頼るしかないんだろうな。自分で怪しげって言うのも変だけど。
「どうだろうね、賢者殿。もし、姫を取り戻す事が出きれば、この宮殿で召し抱えてさしあげても、よいと考えているのだが」 へぇ、今時、賢者を雇うだって? これは俺にも運が向いて来たって事かね。 「しかし王様、本当にこの者は賢者殿なのでしょうか?」 ちっ、余計な事を言う大臣だよなぁ。でも、俺が一睨みしたら、慌てて作り笑いを浮かべていやがる。 「い、いや、べ、別に…私は賢者殿を、疑っている訳ではございません。賞金だけが目当ての偽者が横行しておりまして」 見え見えなんだよな。今までも疑う奴はいたけれど、どうせ深くは突っ込んではこない。今どき竜と戦おうなんて奴が他に居る訳がない。俺を追い出せば自分が戦うことにならないとも限らない。そんなリスクを犯してまで疑うなんて事も出来ないらしい。 「では賢者殿、ここからドラゴンの住む祠までは一本道ですので後は宜しく頼みましたぞ」 って城のすぐ裏山じゃないか。こんなすぐ傍に攫われたってのに助ける事も出来ないってぇの? 困ったもんだねぇ。でも、お陰でこっちも仕事にありつけるってもんだけどね。山頂近くの祠まで本当に一本道で別にドラゴンが邪魔してくる訳でもない。 「お〜い、ドラゴンは居るかぁ? 居たら、おとなしくお姫さまを返せよなぁ〜っ!」 こっちも、法力には結構自信があったもんだから、大胆に声を掛けてみた。すると中からノッシ、ノッシと足音がする。どんな恐ろしい奴が出てくるのかと思えば、それは妙に澄んだ瞳のドラゴンだった。 「おやおや、このような所まで、ようこそいらっしゃいました。こんな山奥ですのでね、お客様がいらっしゃるのは珍しいのですよ。あぁ、姫を尋ねて参られたのですね? 奥に居りますので、遠慮なく御入り下さい。すぐに美味しいお茶を御入れ致しますので」 これにはさすがの俺も、少々拍子抜けしてしまった。どうやら、話しの通じそうなドラゴンが相手なので、とりあえずは俺も今までのいきさつ経緯を話してみることにした。
「なるほど、そうですか。それで、貴殿が私の所へ、お見えになられた、と云う訳なのですね?」 うぅ〜む、どうやら古文書に記録されているドラゴンとは、随分と様子が違うようだ。確か、古文書によるとドラゴンとは、とても獰猛で野蛮な怪物で、人を喰らい、英雄によって倒されるものだったと記憶していたのだがな。しかし、目の前にいるドラゴンはどうだろう。丁寧な言葉づかい。知的な振る舞い。あげくには、久しぶりの来客だからと言って俺にお茶まで出してくれた。御茶菓子などは、街なんかで売られている有名菓子店のものより数倍は旨いときている。 「そう云う事なんだ。それでなんですが、倒されてもらえないか?」 これにはドラゴンも困惑した表情を見せていた。こっちも、お茶菓子まで出されて倒されてくれと云うのも少々気が引けていたのだが。 「私達も本気で一緒になりたいと考えているのですよ。そう簡単に貴殿に都合よく倒されると云う訳にも参りません」 「?」 確かに倒される訳にいかないと云うのは判るけれど、一緒になりたいと云うのはどう云う訳だろう? そんな俺の疑問に答えるかのように奥からお姫さまが出てきた。 「私、ドラゴン殿を以前からずっとお慕いしておりました。でも、父上が…お許しくださるとは、とても思えませぬ」 「…それで、王様に話しちゃみたのかい?」 これには、小さく姫が肯いては見せたのだが、その表情から、王様の反応は容易に推して量れた。ともかく、姫の話を要約すると二人…と云うか、一人と一匹と云うか。ともかく、以前から出来ていたって事らしい。それを王様が許さないものだから…まぁ、普通はに考えれば、許さないだろうけど。とにかく、恋する二人が、手に手をとって駆け落ちをしたら、いつの間にやら、悪い竜が姫をさらった、と云う事になってしまったらしい。 「うぅん、仕方がないなぁ。それじゃぁ、こうしよう。俺が王様に伏命してやるから、お姫さまは一度城に戻るって云うのはどうだ?」 「どう云う意味ですか?」 どうやらお姫さまには俺の言う事が理解出来なかったらしい。 「俺にも生活と云うものが掛っているのでね。君たちだって一緒になれば、お金が要るだろう?」 「えっ…えぇ、まぁ。どうもドラゴンは、宝物を護っているものと、人間達は勝手に思い込んでいるようなのですが、私のような清貧なドラゴンには、姫と暮らすには多少のお金はあった方が助かります」 ラッキー! これは話しが運び易い。清貧なドラゴンってのもあまり聞かないが、倒してもお宝にはありつけないって事らしいのは確かなようだ。 「そこでだ。伏命をして一度、姫を返す。そうしたら、俺が貰った謝礼金は君たちにやろう。俺の方は城で雇ってもらう。これでどうだ?」 これにはドラゴンの方が、渋い顔を見せていた。 「しかし、それでは姫が、ここへは戻ってこられないのではないでしょうか?」 どうやら頭の良さは、古文書通りらしい。 「じゃぁ、あれだ。俺が、あんたを生け捕りにした事にして、金を受け取る。そして雇用契約を結んだ所であんたが姫をつれて、再び逃げるって筋書きはどうだ?」 今度はドラゴンに苦笑いされちまった。 「確かに賢者の法は、古文書によれば我々ドラゴンにとっては脅威。ですが…賢者殿とは古文書によれば、もっと高貴な聖人君子と書いてあった筈なのですが…」 これには俺の方が苦笑いだ。 「なぁに、古文書の時代と変わったのはドラゴンだけじゃないって事さ」
「王様、無事に姫を取り戻し、ドラゴンも捕らえて参りました」 俺が差し出したドラゴンに、大臣達は近づこうともしない。 「さて、姫をお返しする前に、私を召し抱えて下さると云う念書を頂きたいのですが」 「おぉ、そうであったな。筆を持て」 姫に会いたい一心か、そそくさと王様は、念書を書いてくれた。俺は、その念書を受け取ると同時に、誰にも気付かれないように、ドラゴンを縛ってあった縄の法力を解いた。それを合図にドラゴンは、お姫さまと、俺に渡すように用意してあった賞金を掴んで、今度は異国の空へと飛び去って行ってしまった。
こうしてドラゴンと姫は、俺の渡した金を持って逃げたと云う訳だ。
えっ、俺? いや、今回の一件、王様にバレちゃってさ。リストラされちまったって訳。まぁ、自業自得っちゃぁ、それまでなんだが、まいったね。今どき賢者なんて、採用してもらえるような技能でも職種でもないしなぁ。今度は魔法使いのくちでも探してみますか。
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