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雅覧堂 作者:凪沙 一人

最終回   3
 あたしはは別に絵が好きな訳じゃない。けど好きな画廊ってのがある。それが雅覧堂。最初は変な名前、とか思ってたんだけどね。別に中を見るのが好きってんじゃなくて雰囲気が好きだったんだ。そんな、あたしも結婚して1年半。久々に実家に帰ってきたから偶には覗いてみようかなと思ったんだ。
「おや、懐かしい顔だねぇ」
 いきなり店の叔父さんに声を掛けられた。
「え?あたし、ここに入るのは初めてですけど?」
「でも、よく覗いていたじゃないか」
 そう、確かにあたしは覗き込んでは飾られたキャンパスを眺めていた。今は何故か真っ白なキャンパスばかりが並んでるけど。あたしの様子を見ていた叔父さんは不意に潰れた絵の具チューブの蓋を開けた。すると、あっという間にチューブが膨れ上がった。
「おや・・・悩み事かね」
 一瞬あたしはドキッとした。なんで判ったんだろう・・・。叔父さんは手の中の「迷い」というラベルの貼られたチューブをしまい込んでいた。
「どうもスッキリしない色の絵の具だなぁ」

 気がつくとあたしは色々と叔父さんに話していた。昔のこと、結婚する頃のこと、今のこと・・・。その間にも何本かの絵の具が増えていった。その中で「想い出」という絵の具を手にした叔父さんはポツリと呟いた。
「とても優しい、綺麗な色だねぇ・・・でも…」
「でも?」
 叔父さんは何か引っ掛かるようだった。
「この色は・・・優しすぎるし美しすぎる」
「何かいけないんですか?」
「過ぎたるは及ばざるが如し・・・ここまで優しく綺麗だと人は『あの頃』に戻りたくなってしまう」
「あの頃に戻っちゃいけないんですかっ!」
 あたしは思わず叫んでいた。訳も判らず涙を流しながら。
「人は今という日を明るい日に向って生きてくもんだよ。偶にはいいが想い出に浸ってばかりはどうかねぇ」
「明日が明るいかなんて判らないじゃないですか」
 そう言って涙するあたしに、おじさんは一枚のキャンパスを差し出した。
「この絵を持っておいき。なぁに、お代はさっき貰った絵の具で充分さ」

 この日からあたしは過去の想い出に浸ることはなくなっていた。そりゃ、偶には思い出すこともあるけどね。戻りたいとは思わなくなっていた。そんなあたしが庭先を掃除していた時のことだった。
「雅覧堂の叔父さん?!」
 あたしの嫁いだ先は実家とは少々離れている。こんな所で叔父さんを見かけるとは思ってもいなかった。
「元気そうだね。あの絵は大事にしてくれてるようだな」
「えぇ、もちろん」
 そう、あのキャンパスは玄関に今も飾ってある。
「あの絵は夢と希望を混ぜて描いた絵でね。タイトル通りのいい出来だと思ってるよ。また近くに来たら、お寄りなさい。それじゃ、絵の具集めが忙しくてね」
 そう言って叔父さんは行ってしまった。そう言えばあの絵のタイトルって何だったんだろう。気になったあたしは何気無くキャンパスの裏を見てみた。するとそこには、ちゃんとタイトルが書かれていた。【明るい未来】と。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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